騎士として

「ん~!昨日は疲れたし、今日はゆっくりするか」


「ロウ様、今日は予定が入っておりますが?」


「予定?何かあったか?マリナは別にどこかに行くなんて言ってなかったが」


「はい。特に護衛の仕事に関しては予定はありません。しかし、馬術訓練が入っております」


「あっ、忘れてた。馬に乗れるようにならないと騎士になれないんだっけ?」


「そうですね。普通は必須科目で騎士学校の間に誰もが乗れるようになっておりますので。ロウ様は今どの程度乗れるのですか?」


「俺か?乗った記憶は一度だけだ。それも子供時代に馬を引いてもらいながらな」


「全くの素人ですね。馬車の方も?」


「ああ。馬車に至ってはここに来るまで乗ったこともなかったな」


「それは大変かもしれませんね。大人になればなるほど難しいとも聞きますし」


「大人の方が簡単じゃないか?背も高いしな」


「ですが、子どもであれば馬への興味が勝って、恐怖心が抑えられうまく乗れる場合が多いと聞きます。対して大人はどういうことが起きるか先に予想がついてしまうので、その恐れが馬に伝わってしまうのだとか」


「ん~、まあなんとかなるだろ。無理ならまた馬車に乗せてもらえばいいしな」


「それでは式典の時はどうされるのですか?」


「うっ、やっぱり乗れないとだめか?」


「ダメです。汚れてもまた洗って差し上げますから」


「わかった。行ってくるよ」


「行ってらっしゃいませ」


 ネリアに見送られ、馬術を習うため厩舎の前まで向かう。


「来たな」


「セドリックが俺に教えてくれるのか?」


「ああ。他のものは恐縮してしまってな」


「恐縮?」


「考えても見ろ。護衛騎士になった経緯が姫様の命を救って、謎の魔物を倒し、神官たちでも解けなかった呪いを説いたんだぞ?普通の騎士は簡単に近寄れんだろう」


「そういうもんか?別に助けたのは成り行きだし、呪いに関しては説いたんじゃなくて壊したんだけどな」


「結果だけ見ればそういう訳にはいかない。それで、俺が派遣されたのだ」


「まあ、ある意味気を使わなくていいし、よろしく頼むぜ!」


「承知した。では、まず馬を選ぼう」


「おおっ!?いきなり選ばしてくれんのか?」


「選ばせるというか、馬にも好みがあるからな」


「好みかぁ。でも、大人しい馬もいるんだろ?」


「居るには居るが、それでも本人と会ってみないとな。それに、そういう馬は戦闘に向いていない」


「あ~、そっか。体験乗馬じゃなくて実際戦いに出るんだもんな」


「そういうことだ。命をお互いに預けるのだ。だから、騎士にとって馬は重要だ」


「分かった。そんじゃ、見せてくれ」


「ああ」


 そういうとセドリックは目の前にある厩舎を通り過ぎて行く。


「あれ?こっちじゃないのか?」


「こっちはもう乗り手の決まった馬の厩舎だ。まだの馬はあっちの厩舎だな」


「それならなんでこっちの厩舎で待ち合わせだったんだ?」


「その方が分かりやすいだろう?奥の厩舎で分かったか?」


「うっ、分かんねぇな」


「そういうことだ、行くぞ」


 奥の厩舎に着くと馬の匂いというか、動物を飼っている匂いがした。


「大丈夫か?かなり匂いがきついから最初は近寄れないやつもいるが」


「あ、大丈夫だ。一応、馬場には言ったこともあるしな」


「そうか」


「セドリック様!いらしたんですね。今日は新しい乗り手の人を連れてきてくださったとか」


「うむ。ロウという」


「よろしくな」


「あっ、こちらこそよろしくお願いします。えっと、あまり乗馬が得意ではないと伺っているのですが…」


「あ、ああ、苦手というか自分で乗ったことがないんだ」


「ええっ!?騎士の方じゃないんですか?」


「騎士は騎士なんだが…」


「ロウは少し特殊でな。新たにマリナ様の護衛騎士になったのだが、他国の出身で元は騎士ではなかったんだ」


「ひょっとして今噂の方ですか?すごいです!そんな方の馬選びにご一緒させていただけるなんて!」


「えらく感動してくれてるみたいだけど、そんなすごくないから」


「いいえ。色々話は騎士から聞いてますから!」


 プライバシーの権利とかないのか?ないんだろうな。


「では、馬の方を見せてもらおう」


「はいっ!」


 案内され実際に厩舎に入っていく。


「それにしても女性の厩務員って珍しいな」


「そうなんですか?こちらでは一般的ですね。馬も気性の荒い子や穏やかな子がいますし、子供みたいな感じですよ」


「へ~」


 ブルルル


「おっ、こいつとか元気だな」


「あっ、あまり近づいては…」


 ブルン


 俺が近づくとブンッと首を振ってくる葦毛の馬。


「わっ!?」


「馬は気性の激しいものもいる。それに好みの激しいやつは特に難しいぞ」


「びっくりした~。でも、こいつの毛並み綺麗だな」


「その子が気に入りました?」


「ん。色々な馬がいるけど、今のところ一番気になるかな?」


「それじゃあ、一度乗ってみます?」


「いいのか?」


「はい!ただ、ちょっと気性が荒い子なので注意してくださいね」


「げっ!まあ、一回ぐらいいいか」


「それじゃあ、お外に行きましょう!」


 とりあえず、一頭目に選んだのは葦毛の馬だった。


「なあ、え~っと…」


「あっ、名前言ってませんでしたね。私はキャロルです」


「俺はロウだ。改めてよろしくな。それでさ、さっきキャロルはこいつ気性が荒いって言ってたよな?」


「はい」


「なのに暴れてないのはどうしてだ?」


「これでも厩務員ですからね。毎日お世話してると、どの子も懐いてくれますよ。たまにけんかになりますけどね」


「喧嘩?馬とか?」


「そういうこともありますし、ご飯とかお世話の順番で馬同士がけんかすることがほとんどですね」


「ちょっとはあるのかよ…」


「それより、鞍とかも付けたので一度乗ってみて下さい」


「早いな」


「慣れてますから」


「それじゃあ、早速」


 俺があぶみに足をかけようとすると、急に馬が動き出した。


「う、うわっ!」


「危ないです!手綱から手を放してください!」


「い、いや、そしたら落っこちるだろ!」


「その方が安全ですよ」


「本当か?うわっ」


 手を放せとキャロルに言われたものの、ぶんぶんと体を振られているのに手綱を放す方が怖い。


「とはいっても、いてっ!体は地面に当たってるんだよな」


 ただ、俺も昔の俺じゃない。このぐらいの痛みだと、ヴァリアブルレッドベアーの爪よりましだ。


「比べるところがどうかと思うがな」


「ロウ!」


「セドリック、心配すんなって!」


 体をぶらんぶらんとゆすられているが、少し楽しくなってきた。なんていうかクレーンゲームをやり始めた時を思い出す。理不尽な設定の中で少しずつものを動かしてゲットするあの感じに。


「よ~し!今だ!」


 もう一度馬が上下に体を振った時に俺は宙に浮き、そのまま鞍に乗る。


「よっしゃ、後は足をかけてと…」


 体を固定さえすればあとはこいつとの戦いだ。だけど、こっちもさっきの動きで揺れには慣れている。


「後は手綱をうまく使って」


 揺れてどうしても体が動く時はうまく手綱で衝撃を和らげる。そしてしばらくすると馬の方も疲れたのか大人しくなった。


「だ、大丈夫ですか?」


「ああ、ちょっと草まみれになったけどな」


「中々やるな。だが、そんな乗り方をしていては騎士学校では単位がもらえんぞ」


「はははっ、そりゃあ悪いな。俺はもう騎士だからな!」


「ふっ、そうだな」


「それにしても、まさかこの子に乗れるとは思いませんでした」


「えっ、キャロルはちょっと気性が荒いって言ってただろ?そこまで大変な馬だったのか?」


「あっ、いえ~。そんなことは…」


「ロウ。厩務員がちょっととか少しというのは信用するな。馬と毎日一緒にいて難しいのだ。俺たちからすればまず無理だということだ。特に、ろくに乗り方を知らないお前はな」


「そういうことかよ…。まあ、そのおかげでこいつに乗れたんだし、よしとするか!」


「ありがとうございます」


「ところで、こいつの名前は何て言うんだ?」


「ありませんよ?」


「えっ、普通馬って名前があるんじゃないのか?」


「そうですね。でも、それは乗り手になった人が決めるんですよ。だから、私たちは呼ばないですし、名付けません。便宜上、この子だったら葦毛ちゃんとかですね」


「それはめんどくさそうだな」


「でも、私たちはお世話はしますけど、ほとんど乗ったりはしませんからね。やっぱり、パートナーになる方にこの子たちも付けてもらいたいって思ってるはずですよ」


「そういわれるとプレッシャーだな。いい名前が思いついたらいいんだけどなぁ」


 それから少しの間、馬にまたがったまま頭の中に思い付いた名前を評価する。


「馬、馬だろ。ユニコーンは名前じゃないし、スレイプニル?う~ん、なんかなぁ」


 悩みに40分ほど悩んだ挙句俺が思いついたのは…。


「フェンネ!フェンネはどうだ?」


 ブルル


 俺が名前を呼ぶと嬉しいのか首をこっちに向けてくる。

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