怪物とリタとアラドヴァル

「どうだった?」


「あ、あぅ…うっ!」


「リタ!?」


 戻ってきた騎士たちはみな気分が悪いのか、リタのように嘔吐をし始めた。


「どうした?」


「あ、あっちに…」


「分かった」


 他の騎士にも聞こうとしたが、会話が出来そうになかった。俺は無理に聞き出すことは諦めて集中する。


「ふぅ~…」


 ピクッ


 わずかに反応がある。しかも…。


「どうしたんじゃ?」


「マリナこっちに来るな!セドリック、騎士数人を連れて戻ってくれ!」


「いいのか?」


「ああ、必ず戻る!」


「分かった。そこの小隊、姫様の護衛だ。ついてこい」


「はっ!」


「お前たちは体調を崩した騎士を介抱しろ」


「了解です」


「リタ、立てるか?」


「あ、す、済まない」


「気にするな。奥に何があったんだ?すごい殺気だが…」


「そ、それも分かるのか?あそこには地獄がある。戦場の地獄が…」


「戦場の地獄?」


「行かなければ…殿下をお守りするのだ」


「む、無茶するな」


「触るな!」


 ビクッ


「私は護衛騎士だ。これしき、何とも…ない!」


 気力を振り絞るようにリタは立ち上がった。足取りは少し重いものの、動けはするようだ。


「助ける余裕はないかもしれないぞ」


「そんなものは不要だ」


「それだけ言えりゃ十分だな。動けないやつはセドリックたちと一緒に戻ってくれ。護衛にひとり騎士をつけてな」


「し、しかし…」


「これは護衛騎士としての命令だ。そいつらは今のままじゃ戦えないが、少し時間が経てばまた戦えるだろう?」


「りょ、了解であります!」


「いいのか?この状態では一人でも戦力は必要だぞ?」


「だけど、警戒していたお前でもあれだけ気分が悪くなったんだ。人数がいても変わらないかもしれないだろ?」


「それは…」


「!」


「どうした?」


「近づいてくる!」


「総員!構え!!」


「「はっ!」」


 俺たちについて来た14人の騎士が一斉に構える。そこから現れたのは…。


「なんだあいつ…」


 6本の腕にそれぞれ剣・斧・槍・鞭・ハンマー・鎌を持った異形の顔を持つ魔物だった。しかもそれぞれの武器には魔物の血と思われるものがおびただしく付いており、今も地面に流れている。


「こ、これが、大熊か?」


「そんな訳あるか馬鹿者!行くぞ!!」


「お、おう!」


 気後れしながらも俺もアラドヴァルを構えようとする。


 ブゥン


「何っ!」


 奴がゆっくり武器を振るう。嫌な予感がした俺はすぐに横へ飛びのいた。


 ズバッ


「うっ、ぐぅ…」


「な、なにっ!?今どうやって…」


「よ、避けて正解だったな。こりゃあ、目的を聞くこともできねぇな。くたばれ!」


 バァン


 相手の気迫に押され、及び腰ながらも俺は引き金を引き、アラドヴァルが火を噴く。そして一直線におぞましい魔物へ向かっていく。


「よ、避けた?どうして…」


 アラドヴァルは弾数制だが、実弾ではない。あれだけ速い弾をどうやって避けた?


「くそっ!もう一度…」


 バァン


 再び、アラドヴァルが火を噴く。しかし、またしても避けられる。


「なんでだ?どうして…」


「危ない!」


 当たらないことに気を取られていた俺は眼前に迫ってくる槍に気が付かなかった。


 ザシュ


「リ、リタッ!」


「だ、大丈夫か?」


「なんで!?」


「こ、この場で…あいつを倒せる、のは…アラドヴァルだけ…そうだろう?」


「だからって…」


「殿下を…マリナ様を頼むぞ…」


「リタ――――!てめぇ!許さねぇぞ。アラドヴァル!奴の核を狙う!」


 ヒュイーン


 俺の言葉を合図に今までブローハイパワーの外見をしていたアラドヴァルが姿を変える。


「こ、こいつはスモルソン!?何でもいい、やってやるぜ!」


 俺は改めて魔物に銃を向けるとためらうことなく引き金を引く。


 ガン


「な、なんだこの感覚!?もう一度引けってのか!」


 ガァン


 引き金を一度引くと、まるで周囲の風景が止まったように感じる。そしてもう一度引くと、最初に発射した弾丸に後で発射した弾丸がぶつかって、新たな弾丸が生まれた。


「ガァァァァ!」


「しまった!?また避けられる?」


 しかし、俺も魔物もかわしたと思った弾は軌道を変え、再び魔物の頭へ到達し撃ち抜いたのだった。脳天を撃ち抜かれ魔物の動きが止まる。


「こ、これが、アラドヴァルの真の姿か?そうだ!リタ!!」


 今はそんなことよりリタだ。頼む、生きていてくれ!


「息は…ある!これなら何とか!けが人をセドリックたちの元に運ぶんだ。リタは俺が運ぶ!もう一人手伝ってくれ」


「はいっ!」


 流石に一人では重たいし、時間がないので2人掛かりでリタを運ぶ。


「頼む…死ぬなよ」


 そしてなんとか森の入り口まで戻った。



「ロウ!無事じゃったか?」


「ああ、それよりリタを診てくれ」


「こ、これは、どうしてじゃ!お、お前のアラドヴァルはどうした!!」


「済まない。あまりに魔物が強くて当たらなかった…」


「そ、そんなことはいい!なんでリタを…リタを守ってくれんかったんじゃ!」


「姫様、今はリタを…」


「す、済まぬ。頼むセドリック。他に回復魔法が使える騎士は?」


「私が!」


「急いでくれ!」


「はっ!」


 もっとも重症のリタから回復魔法が得意な騎士がついて癒しの呪文を掛ける。他に傷を負った騎士も順次回復魔法で傷を癒していく。


「ど、どうじゃ?」


「な、なんとか、命は繋ぎ止めましたが、急ぎませんと…」


「そ、そんな!セドリック!」


「はっ!」


「ここから伯爵の邸と王都。どちらが近いか?」


「道の安全と距離を考えれば王都かと」


「全員に次ぐ、今すぐ王都に帰還する!」


「よ、よろしいのですか?我々の調査は…」


「調査などいつでも良い!急げ!!」


「はっ!」


 負傷者も騎士団の回復魔法によって、傷は癒えた。ただし、2人を除いては…。


「このものたちは?」


「運ぶ時にはすでに…。あの魔物は非常に強力でした」


「そうか。すぐにマジックバッグに入れる。必ず届けねばならん」


「はっ!」


「マジックバッグに人が入るのか?」


「死者ならな」


「それなら、少しだけ森へ入ってくれ」


「今はそんな時では!」


「あいつのお陰で倒せた魔物の死体があるんだ。あいつは普通じゃない…」


「姫様、どの道近くは通ります。何卒」


「…分かった」


 俺たちは急いで魔物の死骸を回収するとそのままリタを乗せた馬車は王都へと急いだ。


「それで、どうしてリタがこんな怪我を?」


「完全に俺のせいだ。俺が、アラドヴァルが当たらないことに気を取られて…それで、あの魔物の攻撃からリタがかばってくれた…」


「な、何じゃと…本当にお前は何をしておるんじゃ!リ、リタにこんな怪我を…」


「謝って済むとは思ってない。だけど、ごめん」


「…いや、わしも言い過ぎた。リタも護衛騎士、こうなる可能性もあったんじゃ」


「でもっ!」


「良い。リタもただお前をかばった訳ではあるまい?」


「ああ、俺の…アラドヴァルなら倒せるといってくれた」


「ちゃんとお前は倒した。リタもお前を守って敵を倒した。そうじゃな…」


「あ、ああ…」


「済まん。わしがどうかしておった。お前に当たることではなかったのにのう。主として失格じゃな」


「そ、そんなことはない!マリナは立派な王女だ」


「そうか?こんな嫌な女じゃぞ?」


「それなら…それなら、リタがあんなに頑張ることはなかった。気分が悪くなった後も、誰よりも強く、誰よりも気を吐いて、立ち上がったんだ。俺は最初にあの魔物を見た時、正直逃げ出したかった。でも、リタが、こいつが勇気をくれたんだ」


「ロウ…」


「絶対、絶対助けるぞ」


「当たり前じゃ!」


 リタの外傷こそ治ったもののまだ意識は戻らない。なんとか持ちこたえてくれと俺とマリナはずっと手を握ったまま王都への道を進んでいった。


 ガタン


「なんじゃ!揺れておるぞ」


「申し訳ありません。その先に大岩が…」


「岩だと!?こんなもん、行くぜ!」


 俺は再びアラドヴァルを構えて弾丸を連射する。


「よしっ!あとは風か土の魔法で!」


「はっ!」


 道をふさいでいた大岩を土の魔法でさらに破壊すると、馬車は王都への道を駆けていく。


「ここまでくれば十分じゃろう。風の魔法使いとセドリックだけついてこい。悪いが残りのものは置いていくぞ!」


「分かりました。リタ様を必ず!」


「当然じゃ!」


 御者役をセドリックが変わり、軽量化のために騎士が降りる。


「お、俺も降りた方がいいか?」


「何を言っておる。お前がいないとリタが起きた時、安心できんじゃろ?」


「そ、そうか?」


「全くお前は…急げセドリック!」


「かしこまりました」


 そして、15分後。馬車は王都へとたどり着いた。

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