森の番人と異常

「さて、俺も仕事するかな。アラドヴァル」


 ヒュン


 手元にアラドヴァルを出して警戒する。


「あっ、ちょっとそこの空いてる椅子借りるぞ」


「はい」


 俺は椅子を借りると、目を閉じて少しだけ頭を下げる。


「気配はと、特に…ん?」


 端にあるテントの奥から変な気配がするな。一応行ってみるか…。


「どちらへ?」


「ああ、ちょっとトイレにな」


「気を付けてください。この辺りは魔物もいますので」


「分かった」


 アラドヴァルを左手に持ちながら俺は進んでいく。


「なんだ?人じゃない…!」


 人とは違う何かを見た俺はすぐに構えて一発放つ。


 バァン


「な、なんだ!」


「あっちだ」


「護衛騎士様何が…」


「明かりはあるか?」


「こちらに」


 見張り中の騎士に明かりを貸してもらい、撃ったところを照らしてもらう。そこにいたのは…。


「と、トロール…」


「あんな魔物をまさか一撃で…」


「流石は殿下の選ばれた騎士だ」


 おいおい、俺の株急上昇かよ。


「誰かこれをセドリックに知らせてきてくれ。それとこいつのことが分かるやつはいるか?」


「は、はい。こいつは森の番人と言われるトロールです。大柄な体格とすさまじい再生能力で立ち向かってくる手ごわい魔物なんです」


「ふ~ん。力もあるのか?」


「はい。常人の何倍もの力を持っています。オーガでもこいつとは戦いを避けるほどです」


 オーガか、基礎知識で教えてもらったが、王都周辺じゃ数は少ないが皮膚が硬く力強い魔物だったな。それが逃げ出すってことはかなりの魔物だろう。


「どうしたロウ?」


「セドリック、こいつを見てくれ。どう思う?」


「これはトロールだな。ここにいたのか?」


「ああ、変な気配を感じたから来てみたんだ。人じゃなさそうだから思わず撃っちまったが」


「正しい判断だ。こいつに近づかれたら命はない。高い再生能力を生かして突撃してくるからな」


「そりゃあよかった。んで、この辺に住む魔物なのか?」


「いや、こいつは森の番人。森の奥深くにいて、たまに浅いところに出てくるだけのはずだ」


「なんかキナ臭そうだな」


「ああ。片づけは他の騎士に任せて我々は戻ろう。姫様が心配だ」


「そうだな」


 その後は夜襲ということもあり、一度すべての騎士を起こし安全を確認する。


「すまない。すっかり寝入ってしまった」


「いや、俺も無理しないようにセドリックしか起こさなかったしな」


「なぁ、私も副隊長だ。今後は遠慮なく起こしてくれ」


「…そうだな。悪かった」


「いや、気遣いを無駄にして済まない」


「いいさ、その方がリタが納得できるんならな」


「ありがとう。それで魔物は?」


「もう倒したが、トロールってやつらしい」


「トロール!?あいつがか…」


「やっぱ有名なやつなのか?」


「ああ。騎士の剣もあいつには効かない。正確には斬ってもすぐに再生されてしまうんだ。魔法使いも殲滅力のあるやつでなければ太刀打ちできん。よく倒せたな」


「まあな。再生っていっても心臓とか脳は無理なんだろ?」


「一応はな。しかし、肉は油も多く、中心に近いところは筋肉質だ。剣では到底そこまで刺せない」


「そりゃあ、トロールには災難だったな。俺の武器はそういうの関係ないからな」


「ふっ、そうだな。改めて礼を言う。殿下の護衛騎士になってくれてありがとう」


「よせよ。別に俺にも理由があってやってるわけだしな」


「それでも一言言っておきたかった」


「そうか、まあ感謝を言われるのは悪くないな」


「ん~、何かあったのか?」


「はい。ですが、問題は片付きました。また、朝にご報告いたします」


「そうか。頼むぞ~」


 そういうとマリナは再び寝てしまった。まあ、お子様はこうしてるのが一番だな。


「調べ終わった」


「どうだセドリック?」


「異常な点はない。だが…」


「だが?」


「おかしな傷があった」


「傷?俺のアラドヴァルでなくてか?」


「ああ。トロールの再生力なら消えるはずだが、残ったままだった。それだけの攻撃を直前に受けたか、何か特殊な攻撃なのか…」


「あの後、調べても周囲に魔物はいなかったんだろ?なら…」


「ああ、陛下に伝えないといけない」


「弱ったぜ。こうも問題続きじゃな」


「しかし、昨日と言い今日と言い、ロウは良く気づいたな。やっぱり何かコツがあるんだろう?」


「う~ん、それが俺も不思議ではあるんだよな。これまでは気配なんて探れなかったんだが、一応それっぽい事をやってると気づけてるんだよ」


「理由が分からんのか、いい加減だな」


「だが、実際に役に立っている。これからも頼む」


「ああ、任せてくれ!」


 こうして、危険な夜は過ぎていき朝を迎えた。



「ん~、よく寝たわい。途中何かあったようじゃがの」


「おう!おはよう」


「うむ。して、なにがあったんじゃ?」


「トロールっていう魔物が出たんだよ」


「トロール!?なんであいつがこんなところに出たんじゃ?」


「それを調べてもらったが、ちょっと訳ありでな。死体は王都まで運ぶことになった」


「ふむ。報告書が出来たら読むとするか。けが人は?」


「いない。たまたま俺が見つけたからな」


「アラドヴァルを使ったのか?」


「ああ、俺って今はそれしか持ってないからな」


「それはトロールも災難じゃったな」


「俺もそう思うぜ」


「しかし、こんな岩肌のところに森の番人がな…調査は急がねばならんな」


「あんまり焦るなよ。こっちだって数は限られてるし、戦力も有限なんだからな」


「分かっておる。ロウに言われるとはわしもまだまだじゃな」


「なんだよそれ」


「お主は戦争に興味がないんじゃろ?これは戦争の領分になるやもしれんからな」


「マジかよ」


「トロールの調査結果次第じゃな」


「はぁ、朝から気が滅入るぜ」


「なら、そんな気分を吹き飛ばすためにこれでも食え」


「おっ、リタ。食事はできたのか?」


「ああ。殿下もこちらを」


「済まんのう。では…」


 ずずっ


 俺たちが仲良く朝食を食べていると、ずっとその光景をリタが見ている。


「ん?どうしたんじゃ、お主も食え」


「しかし…」


「リタ、ひょっとして昨日の事を気にしてんのか?あれなら、魔物の襲撃でチャラだ。どうせ起きることになったからな」


「そ、そうか!では行ってくる!!」


「何かしておったのか?」


「いいや、何でもない」


「そうか」


 マリナはそれ以上深く突っ込むこともなく朝飯を食べた。危なかった、流石にマリナの前で賭け云々は不味いよな。


「お子様が非行に走るところだったぜ」


「誰がお子様じゃ!」


「わっ、つい心の声が…」


「なんじゃと!貴様というやつは素直にほめさせられんのか!」


「わざとじゃない。ただの本心だ」


「なお悪いわ!」


 その後、朝食を終えた俺たちはぷんすかと怒るマリナを馬車に押し込めて森へと向かっていった。



「なんか、思ってたより平和だな」


「ああ、森の番人ですら外に出たからと身構えていたが…」


「どうだロウ?」


「ん?ああ、ちょっと待ってくれ」


 セドリックが進軍を止めて、俺の動きを待ってくれる。


「集中して…ん、反応はないな」


「そうか」


「本当にこのやり方で行くのか?時間がかかりすぎるのでは?」


「だが、トロールが森の外に出たんだ。中にはそれ以上がいるかもしれん」


「うっ、そう言われるとしょうがない。私も同じことが出来ればな…」


「早くそうして欲しいぜ。これ、結構集中力使うからな」


「そうなのか?ただ、目を閉じているだけではないのか?」


「んな訳ね~だろ」


「それにしてもこれだけ何も出ないと不気味だよな」


「ああ、少し右を見てくる」


「気をつけろよ」


「分かっている」


 あまりにも魔物が出てこないので騎士4人で右の道に入り、状況を確認する。数分後、リタたちが戻ってきた。

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