道中

「お~い!リタ」


「どうした?」


「誰か草むらに入ってるか?」


「いや、馬に薪も括り付けているから、誰も木を探しに行ったりはしていないぞ」


「あっちの草むらで音がしたんだ」


「何っ!ヘルスマン!」


「はっ!」


「部下を連れてあそこの草むらを調べろ!」


「テントの設営は?」


「そんなものは後回しでいい」


「了解です!」


 リタの指示を受けて、3人の騎士が草むらに入ろうとする。


「うわっ!隊長!オークがいます!」


「なんだと!総員、迎撃用意!!」


「魔物か!助かった、ロウ」


「いや、俺はどうすればいい?」


「殿下についていてくれ。私もここにいる」


「分かった」


 馬車を背にマリナが、その横に俺。そしてさらに外側にリタだ。馬車の反対側にはセドリックが回り込んでいる。



「攻撃やめっ!残りは?」


「いません」


「確認だ」


 騎士も人数がいたためか戦闘はすぐに終わり戻ってくる。


「リタ様。6匹のオークがいましたが、すべて倒しました」


「そうか。ご苦労だったな。安全が確認出来たらテントの設営に戻ってくれ」


「はっ!」


「なんか慣れてるな」


「こういうことはしょっちゅうだからな。外はだいたいそうだ」


「ひょっとして一人旅って危険なのか?」


「毎日、寝ないで動ける自信があるなら安全だな」


「絶対無理だろそれ」


「そういうことだ」


 それからテントの設営も完了して、いよいよ食事の時間だ。


「今日の飯って何なんだ?」


「予定では運んできた野菜と肉が少しだったが、さっきのオークのお陰で肉が大量だぞ」


 そう嬉しそうに言うリタ。こいつ肉好きだったのか…。


「オーク食べるのか?」


「お前の住んでいた地域は食べなかったのか?」


「あ、いや、見たことはあったが食べなかったな」


「なら、お前の分も私が…」


「待て!食べないとは言っていない」


「ちっ、分かった。お前の分も私がよそってやろう」


「いいのか?」


「殿下の護衛をしてくれている礼だ」


「わりぃな」


 そう感謝したのもつかの間。なぜか俺の器に入っている肉はマリナのよりもかなり少なかった。最初は王族との差だと思っていたが、飯が終わると唐突にマリナが言ってきた。


「それにしてもお前は野菜が好きなんじゃな。肉がほとんど入っておらんかったが…」


「そんなことはないぞ。俺の分は騎士扱いだから少ないんだろ?」


「は?いやいや、別に野営の食べ物が身分でそこまで露骨に変わったりせんわい。どうせ、用意されるものも限られるじゃし」


「じゃあ…」


「ああ、リタは肉が好きじゃからのう…」


「くそう!一杯食わされたぜ…」


「一杯しか食えんがの」


「そういうことじゃねぇよ」


 よほどのことがない限り、これからは自分で食事は取りに行こうと決心した俺だった。



「さて、そろそろ寝る時間じゃのう…」


「早いな」


「まあ、明日も早いし起きておってもすることがないしの」


「そりゃそうだ。じゃあ、俺も…」


「お主は見張りがあるじゃろ?」


「えっ、ああ、野営か。俺はいつ寝ればいいんだ?」


「さてのう。リタに聞いてみればいいじゃろ。ではな」


 それだけ言うとマリナは馬車に入ってしまった。いいご身分だぜ。


「リタ」


「うん?殿下は」


「寝た。それより、俺の見張りの時間ってどうなってるんだ?」


「ああ、そういえば決めていなかったな。ロウは寝起きがいい方か?」


「そんなに良くないかもな」


「なら、最初に見張りをして起こしてくれ。その方がいいだろう」


「いいのか?最初の方が楽そうだけど…」


「見張りの経験もないんだ。構わん。一度王都に帰ったら見張りの仕方も教えてやる」


「そうか。なら、最初は俺だな」


「それと…」


「どうした?」


「さっきは助かった。まさかあそこまで近くに魔物が来ているとは気づけなかった」


「こんな森みたいな場所だししょうがないさ」


「さっき見張りの仕方を教えるといったが、王都に戻ったらどうやって見つけたか教えてもらってもいいか?」


「いや、あんなの…いいぜ。ただし、ちゃんと帰っててからな」


 あんなの適当にと言おうとしたが、リタの目が本気だったので言うのをやめた。こいつはマリナのことが本当に大事で守るために必要なことは、何でも知りたいんだろう。


「恩に着る。では、交代の時間になったら騎士が旗の色を交換するからそれに合わせて起こしてくれ」


「ん?俺の次はリタか?」


「ああ。そこのテントで寝ているからな」


 リタがさした先には一人では少し大きいテントが張られていた。今回の騎士団の副隊長も務めているためらしい。


「分かった。じゃあな」


 こうして、俺は見様見真似で見張りを行う。


「何もしないでずっといるのって大変だな。でも、見張りは欠かせないし…」


 こういう時、魔物を感知する魔道具とかあったらいいのにな。そんなことを考えながら、時間が過ぎていった。



「おっ!騎士が旗を変え始めたな。そろそろ時間か」


 俺もリタのテントに入って交代の準備をする。


「お~い、リタ起きろ~」


「うん…分かった…」


「な、何だよ。おかしな返事すんなよ…」


「ん…ん!?ロウ!」


「でかい声も出すな…」


「す、済まない」


「実はリタも寝起き弱いのか?」


「ん~、ちょっとな。だが、もう大丈夫だ。起きる…」


 そう言いながら少しおぼつかない足取りでテントを出るリタ。しかし、グイ~ッと伸びをすると目が覚めたようでそこからはいつものリタだ。


「ふぅ、手間をかけたな」


「いや」


「お前のテントはないから私のを使え」


「いいのか?」


「ああ、別に広いから構わん」


「じゃあ、遠慮なく使うぞ」


 しかし、この時まだリタは完全に目が覚めていなかった。それを俺は朝、知ることになる。




「な、な、な、なにやっとるんじゃ~~~!!」


「わっ!なんだ…ああ、マリナか」


「マリナか。じゃないわい!お前なにしとるんじゃ!」


「何って、見張りが終わって寝てたんだが?」


「そっちに居るのは誰じゃ?」


「は?え、リタ?」


 俺の横にはリタが寝ていた。いや、確かに考えてみれば、このテントが広いといってもしょせん一人で寝るにはだ。2人寝ようと思ったらそれはこうなるわけで…。


「殿下…どうなさったので…あ」


「リタ、お前も何やっておるんじゃ、全く」


「で、殿下これには訳が…」


「なんじゃ」


「その…昨日寝ぼけてロウに私のテントを使って良いといったのですが、自分がもう一度寝ることを忘れておりまして…」


「はぁ、今までそんなことなかったじゃろ?」


「今まではセドリックと交代でしたので、次に寝ることがなかったのです」


「そう言えば、大体護衛は2人だけじゃったな。それにしてもよくこやつと寝れたのぅ」


「ひどい言い草だな」


「まあ、悪いやつではないですし、見張り交代の後に自分のテントに戻らないのもおかしいと思いまして…」


「そういうことならわかったのじゃ。ただし、今度からはもう少し大きいテントを用意するか、こやつ用のも用意するのじゃ。びっくりしたぞ全く…」


「申し訳ございません」


「いや、わしも騒いでしまったの。それはそうと朝食の時間じゃぞ」


「もうそんな時間ですか、すぐに参ります」


 こうしてのちに影で『親衛隊同衾事件』と呼ばれる出来事は幕を閉じた。まあ、大袈裟に広められなかったのが救いだな。



「ふわぁ~」


「なんじゃ、昨日も良く寝ておったじゃろ?」


「いや、マリナと違って俺は最初見張りしてたからな」


「見張りと言っても4時間程度じゃろ?」


「慣れてないから疲れたんだよ」


「そうか。そのおかげでわしが良く寝れたんじゃから感謝じゃな」


「おう」


「そう偉そうにされると感謝する気になれんのう」


「まあ、護衛の仕事だしな」


「仕事のぅ」


「何か気になることでもあるのか?」


「いや、それより伯爵の依頼の方が気になるの。騎士団の派遣依頼なんぞ滅多に来んからな」


「そうなのか?そういえば、今回も騎士団長は来てないよな」


 今回マリナに付いてきているのは第1騎士団所属の騎士たちだ。しかし、騎士団長どころか副騎士団長も来ていない。


「第一騎士団の役目は王宮の警備じゃからな。流石に騎士団長はこれぬよ」


「王女の護衛にもか?」


「それで父上に何かあったらどうするんじゃ?それこそ騎士団長の責任問題になるじゃろ?」


「騎士団って不便なんだな」


「大事なものが順序付けられておるだけじゃ」


「めんどくさいな、それ」


「だからこそ自由に動けることもある。わしも第二王女でなければここまで自由にさせてもらえんからの。何かあっても代わりがいるからこそ、できることもあるんじゃ」


「マリナの代わりはいないと思うぞ、俺は」


「そうか。覚えておく」


 それっきり、1時間ほど俺たちの会話は途切れ、次の休憩まで無言で馬車は進んでいった。

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