伯爵からの依頼

依頼の途

「な~にがきつく言わないだ!全然厳しいだろ!」


「何をそんなに怒っておるんじゃ?」


 今日も夕食後にマリナの部屋で話し相手をしているとマナーの話になったので思わず愚痴をこぼしていた。


「だってよ。厳しくしないって言ってたのに滅茶苦茶厳しかったんだぜ?」


「まあしょうがないじゃろ。今もそんな言葉づかいだしのう」


 そう言いながらマリナがこっちを見ながら笑ってくる。こいつめ…。


「殿下はそうおっしゃいますが、これでも今日の分に関しましては合格を頂きましたよ」


「だ、誰じゃお前は?ロウに取りついておるのか?」


「そこまで言うことないだろ?頑張ったんだぞ」


「冗談じゃ。しかし、気持ち悪いから2度と言うでないぞ」


「俺もお前に言ってて気持ち悪かったわ」


「ちょっと待てい!わしにはってなんじゃ」


「いや、陛下とかには流石に言えないだろ」


「そういう意味か…いや、しかしな。じゃが、さっきの言葉を聞くと寒気がするしのう…」


 何か気になるところがあるのかそれっきりマリナは自分の世界に入ってしまった。なんなんだこいつ。たまにこうなるよな。


「戻ったぞ」


「今日は少し早いのですね」


「ああ、マリナのやつなんか独り言言ってたから置いて来た。ああ、ちゃんとリタには話してきたから」


「そうですか。姫様が人前で独り言とは珍しいですね」


「そうなのか?まあ、内容も聞き取れなかったし問題ないだろ」


「リタ様に引き継いだのなら問題ありませんね。それでは浴室に案内いたします」


「お、おう」


 昨日の今日で人に洗われるのは慣れないので、返事もどもってしまう。いつか慣れる日が来るのだろうか。


「それはそれで怖いな」


「何が怖いのですか?」


「いや、何にも。それじゃあ向かうか」


 こうして、俺の礼儀作法と常識の勉強の日々は過ぎていき、なんとか4日間で身に付けることができた。


「はぁ~、なんとか合格したぞ」


「ご苦労じゃったな。それでは明日に出発じゃ!」


「へ?そんなにすぐに出発するのか?」


「当然じゃ、本来なら今日にでも出ておったからのう。伯爵からの頼み事じゃしな」


「そうか。なら、俺も準備しないとな」


「そうじゃ。ネリアに言ってお前用の鎧を届けさせておるからちゃんと着てみるんじゃぞ」


「おおっ!?本当か?今すぐ着てくる!」


「あっ、ちょっと待っ…いってしもうた。そんなにうれしいのかのう?」


「騎士にとって鎧は身を守るものでもあり、誇りですから」


「いや、絶対あ奴はそんなこと考えんじゃろ」


「そうですね。では、何でしょう?」


「鎧とはカッコ良いものだ」


「セドリックもそう思うのか?」


「ああ」


「う~む、これは男にしかわからんものなのかのう」


「しかし、単純なやつですね。悪いやつではないですが」


「そうじゃな。立派に護衛としては働いてくれるじゃろう」



 こうして新しい鎧に身を包んだ俺はすぐにマリナの元に戻った。


「どうだ!この、薄い青に包まれた胸当てに腰のガード。それに動きやすいブーツと小手だぞ」


「はいはい。分かったから落ち着け。大体、これはわしが選んだんじゃぞ?知っとるわ」


「ん?鍛冶屋が作ったんじゃないのか?」


「当たり前じゃ!そのデザインはわしが選んだんじゃ」


「え?そうなのか。ひょっとしてリタたちのも?」


「うん?いや、我々のものは既製品だ。そもそもお前と違って武器も普通の剣だからな」


 うんうんとセドリックもうなずいている。


「えっ?これって特注なのか?高かったんじゃ…」


「まあ、材料に関しては何も言うまい。それにどんなに高くてもわしを守れれば安いもんじゃ。期待しておるからな!」


「…おう!任せとけ」


 そんなことを言われたんじゃ、気合も入るってもんだ。明日からの護衛も頑張ってやってやるか!




「と思っていたのが昨日の話…」


「何を言っておるんじゃ、お前は…」


「ロウ、お前本当に無理なのか?」


「逆にリタたちはなんで乗れるんだよ」


「必修科目だ」


「そうなのか、俺のところじゃそもそも科目にもなかったな」


 今は騎士団を連れていよいよ伯爵領へと出発するところだ。しかし、ここで一つ問題が起きた。この騎士たち、全員馬に乗って移動すると言い出したのだ。


「この前は馬車の護衛は歩きだって言ってただろ?」


「バカもん!それは商人の話じゃ。貴族の場合は大体、馬に乗った騎士が護衛につくわ」


「初耳だぞ」


「お主が馬に乗れないことの方が初耳じゃ!」


「いや、乗る機会なんてないだろ?」


「わしでも乗れるんじゃが…」


「えっ!?嘘だろ?」


「嘘ではない。この依頼から帰ってきたら見せてやるわ」


「お、おう」


「しかし、殿下。どうなさいますか?ロウを連れていくのも陛下から言われていることですし」


 これまで幾度となく襲撃を受けてきたマリナに対して、凄腕の騎士が新たに護衛についた。今回の伯爵の依頼はそれを見せる舞台でもある。なので、俺の同行は陛下からも絶対だと言われていた。それが、馬に乗れないときたら…。


「こうなったらしょうがないのう。ロウ!」


「ん?」


「お前も馬車に乗れ」


「いいのか?」


「良いも何も、このままじゃとお前だけ歩きじゃぞ?ついてこれるのか?」


「絶対無理だ」


「ほれ見ろ。さっさと乗り込め。全く、面倒ごとを起こすやつじゃ」


「説明してくれたら乗る練習したって」


「それで乗れればいいんじゃがの」


「それは約束できない」


「正直なのは良いことなのかのう…ほれ、こっちじゃ」


「おう!」


 リタとセドリック以外は俺とマリナのやり取りをポカーンとしながら見ている。そんなに変か?馬車が出発したのでマリナに聞いてみた。


「なぁ、さっき騎士たちが俺たちを変な目で見ていたんだがなんだありゃ?」


「そりゃそうじゃろ。ぽっと出のわしの新しい護衛騎士がいきなり生意気な口を聞いとるんじゃぞ。みんな驚くに決まっておろう」


「その割には何も言ってこなかったけどな」


「陛下の手前、直接何か言うことはないじゃろ。裏では知らんがな」


「知らんがなって…」


「そう思うならもう少し大人しくするんじゃな。かっかっかっ」


「もう遅いだろ…」


 ため息をつきながら馬車に揺られ、伯爵領に向かう俺たち。



「休憩です」


「うむ」


「あ、あのさ、マリナ」


「なんじゃ?」


「揺れ、ひどくないか?」


「そうかのう?この前の馬車よりはいいじゃろ?」


「いや、あれは短時間だったろ?こんな長時間乗るのに揺れすぎだろ?」


「まあ、道の状況も違うしのう。じゃが、こんなもんじゃぞ?しかも、これは王都の近くじゃし、田舎はもっとひどいぞ」


「嘘だろ…。地獄だ…絶対馬に乗れるようになってやるからな!」


「はいはい。乗れるようになるとよいのう。ま、馬は馬で揺れるがな。あと、知っておると思うが、馬の後ろにはいくなよ?」


「へ?なんでだ?」


「見知らぬものや気に入らぬ者は蹴られるぞ」


「うげっ!それは嫌だな」


「慣れた頃に手を抜くと蹴られる騎士もおるぐらいじゃからの、馬にも乗れんお主は特に気を付けた方が良い」


「近寄らないでおくか。にしても…リタも堂々としたもんだな」


 あれだけ、俺に食って掛かっていたリタだが、今は馬に乗って立派な騎士に見える。もちろん他の騎士たちも馬に乗っているのだが、風格というか雰囲気がある。


「わしの護衛騎士何じゃから当たり前じゃ!」


「いやぁ、セドリックならわかるんだがな」


「何の話だ?」


「あ、いや、何でもない」


「ほう?お前の体に聞いてみるか…」


「ちょ、やめろって剣に手をかけるな!」


「冗談だ」


「お前だと冗談にならねぇんだよ」


「そうか?」


「全く。単純に騎士として雰囲気があるって思ってな」


「そ、そうか?それならそうと早く言え!そうはそうだろう。馬術も剣も得意だからな!」


「お、おう」


 あぶね~な。前半部分を聞かれなくてよかったぜ。その後も馬車は進んでいき今日の野営地に着いた。


「ん?村とかないのか?」


「あるぞ」


「じゃあなんで野営なんだ?」


「この近くの村は小さいからのう。わしが泊まると逆に迷惑じゃ。それに、伯爵領までできるだけ早く行きたいからの。この場所で野営をすれば、明日の夕刻には着くんじゃ」


「そういうことか。でも、マリナはそれでいいのか?大変だろ、野宿って」


「まあ、大変ではあるがわしは準備とかせんしのう。騎士たちに比べれば楽なもんじゃ」


「そりゃあそうだけど、いつもと環境がガラッと変わるだろ?」


「なんじゃ、心配してくれるのか?」


「ま、まあ、一応護衛だしな」


「一応とはなんじゃ!まあ、心配してくれたのはうれしいがの。安心せい、お主と出会う前から経験豊富じゃからの」


「そうか。なら、俺は初めてだからよろしくな、先輩」


「うむ。任せておけ!」


「ロウ」


「ん?リタかどうした?」


「お前、テント設営の経験はあるか?」


「ない!」


「威張っていうことか…。分かった、殿下を頼むぞ」


「え?手伝わなくていいのか?」


「慣れていないものが手伝うとかえって邪魔だからな。それより、周囲に気を配ってくれ」


「分かった」


 まあ気を配るっていっても、見ることぐらいしかできないんだけどな。


「でもまあ暇だし、ちょっと集中してみるか」


 俺は部活の時を思い出し、心を落ち着けて目を閉じる。そうすることで感覚が研ぎ澄まされて周囲の音を拾いやすくなるのだ。


「これは設営の音。こっちは指示を出すのと聞く側の声。これはいらないな」


 そして、どんどん不要な音を切っていく。


 ガサッ


「ん?」


 その時、馬車から離れたところで変な音がした。草むらを踏む音だ。

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