ロウとネリア

「ふむ、こちらの服よりこちらの方が似合いますね。お好きな色はございますか?」


「いや、特にないぞ。グレーとかでいい」


「かしこまりました。こちらのデザインのものをご用意させていただきますね」


 そう言いながらネリアに見せられた服はグレーのスラックスにわずかに青みがかかったカッターシャツ。それに同じくグレーのジャケットだ。


「なんか高級そうな生地だな」


「こちらのスラックスとジャケットはフォートサンという蚕から作った糸を使っております。貴族でも中々着ることのできない最高級の生地になります」


「そんな貴重なものを俺が来ても構わないのか?」


「もちろんでございます。ロウ様は姫様の命の恩人。むしろ、この生地以外ありえません!」


「お、おう、そうか」


 滅茶苦茶感謝されているんだが、ひょっとしてマリナって王宮のアイドル的存在なのか?


「そしてこちらのカッターシャツですが、友好国である隣国のドリスデン王国のフォクシー草原にて栽培されたフォクシーコットンを使用しております。こちらに関しましても色味・肌ざわり共に最高級品になります」


「お、おう」


 さっきからこのネリアの言葉に圧倒されるばかりだ。なにしろ、現代でも別に裕福とは言わなかった俺だ。お高い服なんて着たことなかったからな。


「では、袖を通していただけますか?」


「おっ、おお~~~!するりと入っていくな!」


「サイズも合ったみたいで安心いたしました」


「ん?そういや、よくサイズなんてわかったな」


「ヴェルデ様より一応お聞きしておりましたので」


「お聞きしてって俺聞かれてないんだけど…」


「メイドであれば体格は見れば大体わかりますから。それにその…」


 なぜかネリアは恥ずかしそうに一度口を噤む。なんだ一体?


「ロウ様は前がはだけておりましたので、分かりやすかったかと…」


「そ、それはその…べ、別にはだけてたわけじゃ…」


「も、申し訳ございません。失礼いたしました。姫様をお救い下さったお傷ですのに…」


「いや、そこはいいんだけどさ」


「と、とにかく、あれだけ胸元が空いていれば、よほどのことがなければサイズは分かります」


「そうなんだな。プロ意識高いんだなぁ」


「仮にも姫様に仕えさせていただいているメイドですので」


「やっぱり競争率とか高いのか?」


 着替えを手伝ってもらいながら俺はそう尋ねる。


「もちろんです!姫様の人となりは勿論のこと、王族であられますので」


 あ~、権力とかそっちの話もあるのか。言われてみれば第2王女とはいえ、色んな地域を回っているなら、知り合いの貴族も多そうだしなぁ。


「ネリアはどうやってなったんだ?」


「私でございますか?私は何というか拾っていただいた感じです」


「拾う?家を追い出されでもしたのか?」


「そういう訳ではありません。ただ、私は男爵家の3女でして今年20歳になるのですが、中々婚約者も決まらずというところ、こちらで働かせていただけることになりました」


「ん?でも、メイドとして働いていたら余計に相手が見つからないんじゃないのか?」


「いいえ、王宮勤めのメイドともなればそれなりの扱いになります。姫様とも面識ができますし、その実績があれば何とか婚約相手も捜せるかと」


 なるほど、ネリアは婚活の条件をよくするために雇ってもらえたってことか。マリナのやつやるなぁ。


「でも、いくら三女だっていっても男爵ならそれなりの地位なんじゃないのか?」


「いいえ、私の家は王都に邸を持つだけの男爵家ですので…」


「ん?貴族って土地があるんじゃないのか?」


「もちろん、領地を持っておられる方もおりますが…」


 ネリアに説明を頼むと、貴族にも領地を持つ貴族と王宮などで働く時に爵位をもらう貴族の2種類の貴族がいるらしい。前者は同じ爵位でも偉くて、後者は代替わりすると貴族でなくなることもザラだとか。


「それじゃあ、ネリアは3女だから相手も見つからないってことか?」


「はい。父の身分を継いで王宮で務められることができるのも長男の兄ひとりだけですし、上の姉2人も騎士と商人にそれぞれ嫁いでおります。私はその先の縁が見つからずといったところでして…すみません、このようなお話を聞かせてしまい」


「いや、聞いたのは俺だし。でも、貴族ってもっと楽な生活かと思ってたけど、色々あるんだな。爵位って言うのはいくつぐらいに分かれてるんだ?」


「一般的には騎士、男爵、子爵、伯爵、侯爵、公爵。そして、王族の皆様ですね」


「ふ~ん。結構あるかと思ったけどそうでもないんだな。一般的にはって他にもあるのか?」


「一応は。よく知られているものでは他国との国境を接する要衝を任される辺境伯がありますね。単独でかなりの軍事力を持つので、伯の名がついておりますが通常の伯爵とは扱いも異なります。その重要性から王都にもあまり来られることはありませんね」


「非常事態に備えて動けないってことか。それはそれで大変そうだな」


「そうですね。私も少しだけ地方に行ったことがありますが、やはり地方は不便なことも多いですから。それに、他国だけでなく辺境伯様の領地は魔物が多い地域でもありますし」


「散々だな。でも、ネリアは色んなことをよく知ってるんだな。なんでそれだけ知識があって貰い手がないんだ?」


「…こういう知識があっても役には立ちませんから。それに本来こういう知識も私たち下級の貴族は学ばないんです」


「あれ?じゃあ、ネリアはどうして知ってるんだ?」


「その、本を読むのが好きでして。学園に通っていた時代に端から読んでいたらいつの間にか…」


「へぇ~、文学少女って訳だな。可愛いところがあるんだな」


「そんな…」


 ネリアは20歳ということもあるのか少し切れ目がちで勝気な印象がある。話してみるとそうではないんだが、これは相手が損してるだろうなぁ。


「それだけ勉強熱心だから、きっといい相手が見つかるさ」


「ありがとうございます。ですが、そうなると少し寂しいですね」


「そうか?いいことだろ?」


「家にとってはそうですが、姫様にお仕えすることは難しくなりますから」


「結婚してそのままってのは難しいのか?」


「相手にもよりますが、政略的なことも新たに発生しますし、子を産むことになれば長期お傍を離れなければいけませんから」


「あ~、そうか。でも、ネリアが幸せな方がマリナは喜ぶと思うけどな。おっと、殿下って言わないとだめか」


「姫様がお許しになられているのであれば構わないかと」


「なら大丈夫だな」


 マリナって呼べって言ったのは向こうからだし。俺がお子様とか言ってたからだけどな。


「さて、着替え終わりましたし、鏡で確認いたしましょう」


「おう!って、これ本当に俺か?」


 鏡の前に立つと髪はそのままだが、きりっとした格好の俺がいた。なんか変な気分だな。


「後は御髪を整えさせていただきますので、こちらにお座りください」


「分かった」


 俺が座るとネリアが髪を梳かし、セットしていってくれる。


「分け方はこれでよろしいですか?」


「ああ」


「では、後は整髪料を塗らせていただきますね」


 やや右寄りのセンターに分けると、ネリアが整髪料を塗っていってくれる。いい匂いだし、気持ちいいな、これ。


「ネリアってマリナ付きだから女性だけかと思ってたけど、男性の髪のセットもできるんだな?」


「はい。メイドは様々な状況を想定した訓練を致しますから」


「練習は誰でしたんだ?」


「恐れながらセドリック様に」


「セドリックに?大変じゃなかったか?あいつ、いいやつだけど口数が少ないだろ?」


「そうですね。口数は少ない方ですが、重要なことに関してはきちんと言っていただけましたので問題ありませんでした」


「う~ん、それにしてもセドリックとネリアか」


「どうかなさいましたか?」


「いや、あいつも堅物だしでかいだろ?ネリアと並んでも違和感ないな~って思ってさ」


「そ、そうですか。そう言っていただけると光栄ですね。相手は親衛隊の騎士様ですし」


「やっぱり、親衛隊の騎士ってえらいのか?」


「もちろんです。精鋭ぞろいで王家に忠誠を誓った方々の集まりですから」


「そういや、リタの奴も騎士学校の首席卒業とか言ってたな。エリートばっかりならそりゃそうか」


「リタ様は今や女性騎士のあこがれですよ。間近で姫様をお守りされておりますし、視察の際もついて行かれますから」


「そうなんだな。別に見た感じ普通なのにな」


「きっとそれはロウ様が特別だからですよ。男性の騎士でも中々リタ様には近づけませんから」


「なんだよ。騎士ってのは案外ヘタレてんだな」


「ふふふっ、王宮の騎士たちもロウ様にかかればかたなしですね。ですが、あまり外では…」


「そうだな。気を付けるよ」


「さあ、これでセットの方は完了です。お飲み物はよろしいですか?」


「そう言われるとのどが渇いた気がするな。頼むよ」


「かしこまりました。少々お待ちください」


 ネリアは余った服を片付けて部屋を出ていくと少しして戻ってきた。

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