フォートバン王国

初戦闘

「う…ここはどこだ?」


 俺は目を覚ますと辺りを見渡した。しかし、まったく見慣れない風景だ。


「というかビルのひとつもねぇな。なんだこの田舎は?」


 近くをうろつくものの高い建物が見える気配はない。


「しょうがない。ちょっと丘に上がるか」


 こういう時は見晴らしのいいところに限る。そう思った俺は、森近くの丘を目指し歩いていった。


「しっかし、本当に辺鄙へんぴだよな。コンクリの道路もないし、電柱とかも建ってない。おまけにスマホの…あれ?スマホがねぇぞ!どこ行った!!」


 移動する前は触ってないし、服の中に手を入れても全く見当たらない。それどころか…。


「俺、いつ着替えたんだ?」


 スマホを探して気づいたのは自分の格好だ。なんか訳わからないブーツにズボン。上はシンプルな上着になぜか腰と胸には革製のアーマーが、腕には小手のようなものが付いている。


「いわゆる異世界って感じの格好だな。いや、異世界に行くって女神が言ってたか…だからってこんな格好になるなんて聞いてないぜ!」


 ぐるっと自分の格好を見回すがしっくりこない。


「あ~あ、せめて制服のままにしてくれりゃいいのによ。ああいうの高く売れそうだし」


 現代じゃ量産品だが、こういう世界じゃ高くなりそうなのにな。


「うわぁぁ~~~」


「なんだ?」


 丘に上がったところで大きな声が聞こえた。一体何なんだよ全く!


「なんだよ、いちいちうっせえ…な!?」


 ガァァァ


「で、でっけぇ熊かよ。本当に異世界なんだな、ここは」


 男が目の前を通り過ぎたかと思うと現れたのは、全高4メートルはあろうかというでかい熊だった。熊は急に現れた男を追いかけ少し丘を下った後、腕を振り下ろした。そして、今度は俺のところに向かってくるようだ。


「まあ、こんなやつもこのアラドヴァルにかかっちゃおしまいだよな」


 いくらでかいやつでも、この銃は特別製だ。そう思って俺はゆっくりと銃を取り出す。


 ガァ


「わっ!な、早い!うわぁぁぁ」


 ザシュ


 でかいだけの熊だと思っていたそいつは一気に俺に近づくと腕を振りぬいて来た。とっさに飛びのいたものの、かすっただけで俺の胸当ては引き裂かれた。


「いっ、いってぇ…。ち、血が出てる。こ、こいつ!」


 怒りに身を震わせて立ち上がろうとするが、痛みと出血でふらふらになる。


「なんだって俺がこんな目に!許さねぇ」


 再び俺はアラドヴァルを構えると、今度はすぐに奴の胸に狙いをつけて引き金を引く。


「シュートォォォオ――――!」


 キラン


 一瞬、銃口の先が光り輝くと熊に向かって弾丸が放たれた。


 ヒュン


「嘘だ…当たっただろ?」


 しかし、貫通したと見えたのに熊は何か起きたのかと周りをきょろきょろしている。


 ガァ?


 ドシーン


 その3秒後、熊は口から血を噴出した後、倒れた。どうやら心臓を撃ち抜いたことにも気づけなかったらしい。


「へんっ!見たか!!この俺の実力を。はぁはぁ…」


 とはいえ、奴の攻撃を受けて俺は出血している。どこかで治療をしないとな。


「っていうか、こんな辺鄙へんぴなところに治療ができるところがあるのかよ…」


辺鄙へんぴとは失礼な!ここはフォートバン王国の王都にほど近い場所じゃぞ!」


「は?なんだこのお子様は…」


「お子様とはなんじゃ!お前はわしを知らんのか?」


「知らん」


「わしはマリナ=フォートバン。このフォートバン王国の第2王女じゃ!」


「ほう、のじゃロリか。珍しいな」


「は?なんじゃその『のじゃロリ』とは?」


「お前みたいなやつのことだよ。あいてて…それよか治療できるところ知らないか?」


「本当に失礼なやつじゃ。助けてくれたからわざわざわし自ら礼を言いに来たというに」


「礼?」


「ほれ、そこに倒れておるヴァリアブルレッドベアーを倒してくれたじゃろ?」


「あん?こいつか。そういや、結構赤い毛してるよな」


「感心するところがそこか。まあよい、治療をしてやれ!」


「はっ!」


 偉そうな少女が指示すると女性と男性が一人ずつこちらに近寄ってくる。


「なあ、治療って言ったってあんたら何も持ってないんだが?」


「お前はどんな田舎から来たのだ?回復魔法に決まっているだろう」


「いや、ポーションとかないのか?」


「ポーションだと!あれはたちまち傷を癒す高級品だぞ!王族とておいそれと持ち歩けんのだ!全く、殿下を助けたからといってこのようなものを治療せねばならんとはな」


 女騎士の方はぶつくさ言いながら、もう一人の男は静かに何か呪文を唱えると俺の傷が癒えていく。


「すっげぇ~!あんだけの傷がたちまち…でも、服はそのままなのな」


「当たり前じゃろう!回復魔法をなんだと思っているのじゃ」


「いや、こんだけすげぇんだから傷と一緒に服とか胸当ても直してくれねぇかなって…」


「それができるとしたら伝説の時魔法じゃ!なんでお前にそんなものを使わないと行かんのか…」


 それにしてもポーションが高級品か…。まあ、ゲームとかでも飲むだけで完全回復とかそりゃあ現実なら異常だもんな。


「ん?なら、庶民とかは傷ついたらどうやって治すんだ?」


「その辺の治療院に行っておるわ!この国は治療院に出資もしておって安いんじゃぞ。父上の治政のたまものよ」


「ふ~ん。それは大事だよな」


「なんじゃ、急に物分かりが良くなって」


「いや~、保険って大事だぞ。俺の住んでたところも保険が利いて3000円なら元は10000円だからな」


「3000えん?10000えん?」


「う~ん、なんて言ったらいいんだろうな。とりあえず、うちで使っていた通貨のことだ。10000円あればいっぱい物が買えるんだぞ。肉とか塊で買えるし」


「そうなのか?まあ、肉は塊で買うものだと騎士連中は言っておったが…」


 そういやこいつ王女だっけ。いちいち食材で見ることないか。


「お子様には難しい問題だったな。んで、王都はどっちなんだ?」


「あっちじゃ」


 少女が指さした方向には確かに塔のようなものが見えた。


「あっちか、さて行くとするか…の前にこいつどうするか」


 目の前には俺の倒したヴァリアブルレッドベアー。ただし、体高4mだ。


「どう考えても運べないよなぁ~」


「その前にわしを送り届けんか!」


「は?なんで俺が」


「お前のぅ~。助けて貰ってはいるが、お前の放った光の魔法でわしの馬車が壊されたんじゃが…」


 お子様が指差した先には車輪の壊れた馬車があった。


「俺が何かしたのか?」


「じゃからお前の放った光がヴァリアブルレッドベアーを貫通してわしの馬車の車輪を撃ち抜いたんじゃ!全く、王家の防護魔法を施した馬車を簡単に破壊しおって…。そのせいでわしはここから歩きなんじゃぞ?護衛も必要じゃ。悪いと思わんのか!」


「悪いって言ったって助けたのも事実だろ?そんぐらい歩けよな」


「貴様!先程から聞いていれば何という無礼を…」


「無礼って言われても俺はここの国民じゃないしな」


「むむむ、ああいえばこう言いおって!よかろう!そのヴァリアブルレッドベアーはわしらが運ぼうではないか。その代わり、この先の護衛をせよ!」


「どうやってちびっこが運ぶんだよ。俺でも見ただけで重いってわかるぞ」


「ふふ~ん!それはじゃな…」


「あっ!ひょっとしてマジックバッグってやつか?ここにもあるんだな~」


「な、なな、何で知っておるんじゃ!機密じゃぞ?」


「機密ったってな。俺のいたところじゃ当たり前にあったぞ」


 まあ、あったのはゲームの世界だけで現実にはなかったがな。


「なんと!ひょっとして多くのものが持っておったのか?」


「あ、いや、流石に簡単に手には入らなかったぞ。枠を買わないといけないしな」


「枠?拡張機能まであったのか?」


「ま、まあな」


 やべぇ、この辺で切り上げとかないと面倒なことになりそうだ。


「そ、それより、早く仕舞って行こうぜ!こんなところに長居は無用だろ?」


「そうじゃな…しかし、馬はどうしたものかのう」


「馬?そんなの騎士が乗ればいいだろ?」


「姫様が歩かれるのに乗れるものか!」


「面倒なやつらだなぁ。それじゃあ、引くしかないだろ」


「ふむ、それ以外にないか。リタ、セドリック。さっさとこいつを仕舞って行くぞ」


「かしこまりました」


「はっ!」


 お子様がヴァリアブルレッドベアーに寄ってマジックバッグの口を開くと、たちまちその巨体が吸い込まれていく。


「本当にいつみてもすげ~な」


 実際は初めてみるけどな。


「まあわしらのような高貴な存在しか持てんからな」


「えっ!?それじゃあ、俺も持てないのか?」


「許可さえもらえば持てるぞ。めちゃくちゃ高いがな!」


「高いのは分かるが、許可ってなんでだ?」


「アホか!そんなもん簡単に町へ持ち込まれたら大変じゃろ!町にいる民に偽装した兵士に武器が行き渡るではないか」


「ああ、そういうやつか。それじゃあ、許可って取るの大変なのか?」


「当然じゃ。領主が信頼するものに渡すだけでも国王の許可がいるんじゃ。サラッとサインひとつで手に入るものではないんじゃ」


「なら俺は大丈夫かな?」


「は?なんでお主が持てるんじゃ?」


「いや、俺って王族助けただろ?流石に許可ぐらい…」


「お前はわしの馬車を代わりに壊したじゃろ!それでチャラじゃ。大体、このマジックバッグの中身も運んでやってるんじゃぞ。その売った金で我慢せい」


 そういうと、お子様たちは馬車にあるものをついでとばかりに集めてマジックバッグに入れていった。

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