第2話

ーーどこかに落とし穴でも待ってるのかなってこういう意味じゃないよ!!



……どうやら私は眠っていたらしい?

瞼を開けるけど、ぼーっとする頭が寝起きの時とそっくりで、ふかふかの寝具が気持ち良くてもう一回眠ってしまいたい。

部屋の中はいい香りがするし、足を滑らせると上質なシーツなのか肌触りが良すぎる。


「……どこ?」


自分の部屋とは異なることに気付いて飛び起きる。教室2つ分の広さはありそうな部屋の中で、キングサイズのベッドの上に寝ていたらしい。周りの調度品はヨーロッパ風のアンティークみたいな感じで、たぶん凄くお高いんじゃないかな……。

大きな窓があって、まだ明るい時間であることが分かる。


肌寒さを感じて下を見ると下着を付けていない薄着だった。小さな悲鳴を上げ、慌ててシーツを頭から被る。


え?なんで??

何も記憶がないことが怖い……。


近くに誰かがいる気配もなく、恐る恐るベッドから降りる。絨毯がふかふかで転んでも痛くなさそう。

そっと窓に近付くと、ここは高い階にあるらしく、見下ろせば手入れされた庭園が広がっている。噴水のようなものまであるし、スケッチしてみたい植物がいっぱいありそう。


窓をよく見たら鍵が見当たらない。

開けることが出来ない作りになっているようだった。触ってもびくともしない。


「うーん……」


扉が2つあるけど、どちらかを開ければ部屋の外に出られると思う。しかし、今の格好では安易に外に出たくはない。

どうしたものかと悩んでいると、カチャカチャと鍵を開ける音がした。どうやら鍵が掛けられていたらしい。

重厚感のあるドアが押し開けられる。

シーツを握りしめ、身構える私に聞こえてきたのはよく知る声だった。


「おはようございます、橙子さん」


優しい声色に緊張していた心か解れる。ほっと息を吐き出す。


「ハルくん」

「お腹空いてますよね? 軽く食べられるものを用意したので食べてください」

「ありがとう」


サンドウィッチと何やら見慣れぬ果物を見せられる。形は葡萄やら木苺に似ているけど、見たことがない色をしている。


「……」


いつもと変わらぬ態度のハルくんに安心してたけど、その身なりは違和感があった。

黒のケープの下に見え隠れしてるのはソードでは……?


「聞きたいことはあると思いますが、まずは着替えと食事を済ませてからにしましょう」


眉尻を下げて笑うハルくんに不安になる……ん? 着替え?


「きゃあああ!」


シーツで見えてはいないと思うけど、今の私ははしたない格好をしている。その事に気付いて大声を上げた。




用意してくれた服は淡いベージュのワンピースだった。デザインはシンプルだけど腰のところにベルトがあって可愛い。

あの見慣れぬ果物はとっても甘くて美味しかった。食後に温かい紅茶で一息ついた私は正面のソファーに座るハルくんに声をかけた。


「この状況について知りたい」


真っ直ぐこちらを見つめながら「どこまで覚えていますか」と聞いてきた。


「……公園で一緒にドーナツを食べて、穴に落ちたところ?」


落ちたというより吸い込まれたのかな?


「そこから橙子さんは3日間眠っていました」

「え!?」


身体には何も違和感がない。分からないけど、3日も寝ていたらおかしいところがありそうだ。


「ヒーラーに回復魔法を掛けさせていましたから不調はないはずです」

「そんなことしてくれたんだ、ありがとう。……ん? 魔法?」

「この世界には魔法が存在するので」


暫く口を開けて呆けてしまった。

当然のように語られることに理解が追い付かない。


「……この世界って?」


薄々おかしいことには気付いていた。しかし、頬をつねっても痛いだけだし、壮大なドッキリでも起きていると思いたかった。

心臓がバクバクと音を立てる。


「ここは燈子さんが知る世界ではありません」


私を落ち着かせるためなのか、ゆっくり優しく言われる。


「フィクションでよくある異世界転移というやつです」

「……へ?」

「ごめんなさい、橙子さんは俺の召喚に巻き込まれたんです」

「巻、きこ……?」

「少し長くなりますが聞いてくださいね」


ハルくんはここがどういう世界か、今まで隠していたという出自を話してくれた。

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