夕刻の彼方に、君を想う。
音央とお
第1話
ハルくんこと松永遥は私にとって初めての彼氏ではない。しかし、過去一番格好良くて、優しくて、好きでいてくれて、きっとこの先この人以上の人は現れないのではと思っている。
「意外だった」
幼馴染みの
お互いの手元には学食のAセットが置いてあり、天気の良い日はテラス席で食事をしながら会話を交わすのはいつものことだった。
今日のメインのアジフライにソースをかけるか醤油をかけるかで暫し悩みつつ、視線で真夏に話の続きを促す。
「もうすぐ半年だっけ? 松永くんってマメな付き合い方をするタイプだとは思わなかったよ。こんなに続いた彼氏は初めてだよね?」
「うん、過去最長」
「順調だね」
「喧嘩は一回もないし、不満もない。順調すぎて怖いくらい。どこかに落とし穴でも待ってるのかなって思う」
「惚気か」
ムッとした表情を作り「真夏も彼氏欲しいー!」と叫んだ。近くにいた人達が振り返ってますよ、真夏さん。
周りを見ていたら、こちらに歩いてくる男子を見つけた。赤身がかかった茶髪は地毛だというけど、集団の中にいると目立つ。
「
1年生を表す赤いネクタイを緩めがらハルくんは隣の椅子に座った。ビニール袋を掲げられる。
「購買のミルクプリン買ってきました。たまにしか入荷しないやつ、燈子さんが美味しいって言ってたの思い出して」
「え、嬉しい!」
「真夏先輩のものあります。どうぞ」
「真夏の分も? 松永くん男前~」
これ本当に美味しいんだよね。覚えてくれていたのも嬉しすぎる。
「ありがとう」
満面の笑みになっている自覚はあるけど、ハルくんが照れくさそうにして視線を外した。半年も付き合ってるのに初々しい反応だ。
「今日はもう1つ話があって」
「何でしょう?」
「駅前のドーナツ屋の半額券貰ったんですよ」
3つまで半額と書かれたチケットがテーブルの上に置かれる。人気店の周年イベントらしい。
「今週までの期限らしくて、放課後に行きませんか? 今日は部活も委員会もないですよね?」
「行く行く!ここのオールドファッション美味しいんだよね」
やり取りを見ていた真夏が「餌付けされまくってるじゃん」と笑った。……確かに。
付き合い初めてから2kgほど増えてしまったのは秘密だ。
「次は体育なので、俺はもう行きます。放課後迎えに行くので待っててくださいね」
「うん、待ってる」
手を振って背中を見送っていると、プリンを食べ終えた真夏が口を開いた。
「プリンと約束のためだけに橙子のこと探しに来たんだね。影で松永くんが何て言われてるか知ってる?」
「ん? 何か言われてるの?」
「橙子の犬って言われてるらしいよ」
「……犬?」
尻尾を振っているプードルやポメラニアンの姿が浮かぶ。思わず撫でたくなる可愛さは似てるかもしれない。
「……橙子が思ってるイメージとは違う気がする」
頭の中を見透かしたように言われるけど、何が違うというのか。
「2人とも目立つタイプだからね、良くも悪くも注目されるから気を付けてね」
「?」
「橙子って自分が他人からどう見られてるか無関心よね」
「意味分かんないんだけど」
説明はしてくれないらしい。すぐに別の話題に変えられて、有耶無耶になってしまった。
ーー放課後。
ハルくんと向かったドーナツ屋のイートインは混んでいて、テイクアウトすることになった。近くの公園でゆっくり食べることにする。大きな池もあって安らげる場所だ。
「はい、燈子さんはレモンティーですよね」
「ありがとう」
コンビニまでひとっ走りしてくれたハルくんにお礼を言う。一緒に行くと言ったのに、すぐに戻ってくるからと行かせてくれなかったのだ。至れり尽くせりである。
ベンチに座って並んでドーナツを頬張っていると、緊張した面持ちのハルくんに名前を呼ばれた。
「ん? どうした?」
「あの……、もうすぐ付き合って半年ですよね。良かったら今度の休みに指輪を買いに行きませんか?」
「指輪?」
「虫除けにもなると思うので」
「虫って……」
右手の薬指を撫でられる。
そこに指輪をつけたことはない。
「高いのは買えないんですけど、バイト代を貯めたのでプレゼントさせてください」
懇願するように見つめてくる双眸に自然と頷く。ハルくんのたれ目って魅力的で、その目に見つめられると弱いんだけど、本人にもバレているかも。
「やった! 見せつけてやりましょうね」
「誰に?」
ハルくんの言う虫?なんて何処にいるんだろうか。
「橙子さんって彼氏いたのにモテる自覚ないですよね」
「えっ、モテないよー。付き合ってもいつもすぐフラれちゃうし」
「……あー、それは」
「ん?」
口元を覆ったかと思えば、小首を傾げて笑っている。その反応は何?
真夏もハルくんも誤魔化して話してくれないこと多すぎない?
唇を突き出して拗ねていると、残っていたドーナツを差し出された。
「残りの1個、橙子さんの分です」
「……餌付けで誤魔化されてる」
ぶつぶつ言いつつも喜んで食べてしまう。また太っちゃうけど、ここのドーナツは美味しすぎるんだもの。
「うーん、満足!」
とても穏やかな時間だと思う。夕日に照らされたハルくんの横顔が綺麗で、空がまるで彼の髪の色のようだと思う。
ずっと見ていたいけど、暗くなる前に帰らなくちゃ。
「そろそろ帰ろっか!」
立ち上がり、一歩踏み出した私にハルくんの焦った大きな声がかかる。
「橙子さん! 下!」
「ん?」
ベンチを囲むように大きな穴が開いている。グラッとバランスを崩せば、力強い腕に引き寄せられる。
ハルくんに抱き締められたまま、私達は真っ逆さまに終わりのない闇の中へと落ちていく。
「え? ええええ!?」
静かな闇に私の声だけが響いた。
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