第19話 7月9日月曜日

今日は春日台の迎えに行った。相手は綾子さんだ。たしか先週の月曜日にも綾子さんと一緒に春日台の迎えに行ったのにまた今日も一緒とはびっくりした。今日はものすごい雨だったので僕も綾子さんも驚いていた。あまりにも激しく吹きつける雨に綾子さんは何度も怖いと言っていた。僕は運転代わりましょうかと言ってあげたかったけど、運転はルーツの人がすることになっていたので黙っていた。

男の僕でも怖かった。視界が悪いしゆっくり走らせて迎えに行くしか方法はなかった。春日台の駐車場について少し待ってみたが雨は一向に止まなかった。もう時間になりましたからといって綾子さんが出ようと言うので、僕たちはえいやと覚悟を決めて外に出た。車に乗せる子供達が5人いたのに傘は一人分足りなかった、綾子さんはなんとこの雨を予想していたのかカッパの上下を着ていた。

「用意がいいですね。」

と僕が言うと

「でしょう。」と言って笑っていた。砂利道の駐車場を上がってきて学校の入り口に続くスロープのところに出るとすごいことになっていた。雨が強すぎて雨が土の中に染み込むより早く次の雨が降るので水が溢れてまるで川のようになっていた。僕たちはその泥水の中に足を入れて靴を水に浸しながら子どもたちが出てくる学校の玄関まで歩いて迎えに行くしかなかった。僕が躊躇していると綾子さんは全く躊躇せずに泥水の中に足を突っ込んだ。僕はついて行くしかなかった。大したもんだな綾子さんはと思った。この雨でも平気なんだ全く迷いというものがない。朝出てくる時からカッパまで用意して、心構えが違うなと思った。この人は本気で支援学級の先生になろうと思っているんだそう思った。子供たちはなんとか傘をもらって駐車場まで歩いた。傘のない一人は僕の体に巻きついて僕の傘の中で歩いた。次の試練は駐車場手前のおーきな水たまりだったそこには先生たちがざら板を敷いてなんとか渡れるようにしてくれていた。僕たちは何とか子どもたちを渡して車に乗り込んだ。これでやっと帰れる。僕たちはお互いに顔を見合わせた。綾子さんもほっとした顔だった。なんだか今度は綾子さんの好きな白身魚でも食べに行きましょうかと言ってしまいたくなった。しかし、言えなかった。綾子さんは僕の気持ちを知らない。言ったとしても信じてもらえないだろう。60過ぎのおっさんが23歳の自分に好意を持っているなんて想像もできないだろう。思いっきり引かれるに決まっている。今更だが綾子さんはやっぱり可愛いな。笑顔はちょっとしたグラビアアイドルみたいに可愛いし、黙っている時の顔もやっぱり綺麗だ。あの時どうしてこの顔がきれいでもかわいくなくも見えたのか自分でも不思議だ。顔の事ばかり言ってるみたいだけど顔ばかりじゃなくて綾子さんは性格も良かった。さっぱりしている。子供たちを叱ったりする時は時々男っぽくなったりもするけどそれもなよなよしているよりはずっと良かった。

帰る時ルーツの人たちとすれ違った。綾子さんたちはお客さんと何か話していたが僕は軽く会釈だけしてその前を通り過ぎた。綾子さんはみんなが見ている前で今度は僕に向かってはっきりと笑いかけてくれた。それは今までのどの笑顔をより親しみのこもった笑顔だった。それは友達の笑顔でもなく、60歳の老人へのねぎらいの笑顔でもなく、今日は一日大変だったけど頑張りましたねと言う同僚への笑顔だった。僕は綾子さんとの距離が一歩近づいたように思った。全く知らない同士が同僚にまで近づいたんだ、次はどこまで行けるだろう。

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