第11話 二つの顔

一日の最後二つう終わりだなというまるで何もない真っ白な状態だったと思う。駐車場に止められていた車の横を歩きながら綾子さんが時折車の窓ガラスに映った自分の顔を覗き込みながらまったくの無感情、全くの無表情でいた。生まれながらの綺麗な顔立ちのせいで僕には綾子さんが綺麗な顔で済ましているように見えてしまった。だから綾子さんの表情の変化には全く驚いた。もしかしたら綾子さんはただ驚いただけのことだったのかも知れないが、綾子さんの内側からあふれ出ていた何か隠しきれない感情の高まりがあったのは感じた。しかし、残念なことに彼女の頬の色はきめ細かな象牙のように白いままで少しも赤くはならなかった。だからあの感情の変化には女から男への愛情とか性的な好意というようなものはなかったのだろう。性的な好意というような恥じらいのようなものは全くないってことだろう。全くの驚きとその後の親しみのような感情が現れただけのことなんだろう、それにしてもあまりの綾子さんの感情の変化の大きさにそれはそれ以上のことがあるように思わずにはいられなかった。無表情で感情というようなものは何もないような美しい顔から駐車中の車に乗っている僕に気が付いてからの驚きの表情から親しみの表情への変化、感情というものが何もないときは何時ものきれいな顔立ちで感情が生まれるや否やお父さんに似た人なつっこく人のよさそうな顔への変化。綾子さんはその二つの顔を持っている。ただ綾子さんが車の中に座っている僕に気が付いて驚いたところまではわかる。しかしそこからこんにちはというようないつもの挨拶の言葉にはならなかった。そこにはなにか綾子さんの胸の内に秘められた清水というようなものがあるのではないだろうか僕にとってはそれは一つのチャンス、希望なのかもしれない。

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