CHAPTER 9

「…以上が、我々が遭遇した事故の全てです」


警察署の中で、サクマが対面のツジムラへ静かに告げた。


取り調べを受けてはいるものの、ここは応接室であって取り調べ室ではなかった。


一通りの話を聞いたツジムラは、剥げた頭を押さえる。


「どえらい…たまげましたなあ」


「奇天烈な話をすることにはなる…私は、初めからそうお話していましたが」


「いやいや、奇天烈の度合いが想像以上ですねえん。誰が、んなこと想像できますう?」


「まあ、無理でしょうな」


ツジムラの顔に、最早敵意はなかった。


ゼフィリティス・スプライトを屠った後、秋津理化学研究所の生存者達はこの生田警察署に連行された。正しくは保護といったほうが的確か。

警察としても、あのような怪物に遭遇した以上、彼らの主張を信じざるを得ない状況になってしまったし、何より命を救われた形になってもいる。


つまるところ、ツジムラにはもう彼らを疑う必要はなかったと言える。


「せやけどお…さっきはホンマに助かりましたわあ。我々としても、おたくらの見方は変えんといけまへん」


「信じて頂けたのなら、それで構いません。しかし、我々の事故で多数の死者が出たことも事実です。責任は、私にあります」


「まあ…その辺は…おいおいにしましょかあ。とりあえず、あの怪物みたいなもんはあ、まだいてるゆうことでんなあ?」


「確認している限りでは、あと一体。ですが、真偽は分かりません。記録から抹消された被験者がいることも仄めかされているし、油断はならないといったところですよ」


「…あのアモウさんとかいう人…大丈夫なんです?」


「今のところは。彼も被害者の一人ですし、本当に辛い思いをさせてしまっている…。しかし、だからこそ人の心の痛みが解るのでしょう。あなたがたを助けることを、躊躇しなかった」


「ん〜、ちょいとやり方は乱暴な気もしますけどねえ」


痛む頭を、ツジムラがまた押さえる。


「禿げてるんやさかい、直に踏まれると痛いですねん」


「ははっ」


「…まあ、ともかくですわ。上には全部を大っぴらに話すわけにはいきまへんけど、我々はおたくらに協力しようかなと思てますねん。市民の安全、守らなあかんのはあたしらも同じですねんから」


「気持ちは大変に有難いのですが、危険ですよ」


「でも、何かの形で支援は出来るかもしれません」


「あっ、あなたは…」


「ナエクサです。先程はありがとうございました。それから、幾重にも重ねた無礼をお詫び申し上げます」


肥えた首にコルセットを巻いたナエクサが、相変わらずにこやかな表情で部屋に入ってきた。


「ナエクサくん、あんた大丈夫かあ?」


「お陰様で。掴める首もないことが幸いしましたよ。あははっ」


「な〜にが、あはは、やあ。呑気に構えおってからに」


そうは言いつつも、ツジムラは苦笑いしてソファーにもたれかかった。








「なあ、あんた…」


「?」


廊下の自販機からコーヒーを取り出したアモウは、声の主へ顔を向けた。


「…何だよ。まだ俺に何か言いたいことでもあるのか」


「いや…」


警官‐オオムラが、気まずそうな顔をする。


「はっきりしねえ人だな、何なんだ一体」


「いや、悪かったな…って思ってさ。さっきは」


「そうだな。いきなり銃をぶっ放すなんてのは、いくらなんでもやり過ぎだ」


「本当に申し訳ない。それなのに、あんたはおれを助けてくれた。もう、感謝しか無いよ」


「俺は別にあんたを助けた訳じゃない。たまたま、そうなっただけだよ」


「…話は聞いたよ。あんた、相当酷い目に遭ったんだってな」


「遭った、じゃない。遭っているんだ、現在進行形でな。パトカーにまで追い掛けられる羽目になったし、今はこうやって警察署にいる。今朝家を出た時には夢にも思わなかったよ」


「…横、座ってもいいか」


「座っていいとは言ってないだろうが」


「別にいいだろ…」


アモウが返答するよりも早く、オオムラは彼の座ったベンチへ腰掛けた。

歳は、同じか少し下くらいに思えた。


抗議するのも面倒だし、アモウは意に介すことはせずに話を聞くことにした。


「本当に…信じられん話だった。驚いたよ」


「だから関わるなと言ったんだ。これで多分7回目だぞ」


「分かってるさ。けど、ツジムラさんはあんたらに全面協力するって言ってるんだ」


「あのな…八回目まで言わせるつもりか?いい加減、しつこいぞ」


「分かってる。でも、ほっとけないじゃないか。あんた一人、苦しんでるのを」


「さっきまで散々苦しめといて、よくそんなことが言えるな」


「悪かった、って言ってるじゃないか。あんた、口が悪いぞ」


「だったら放っといてくれ」


「そうはいかないさ。あんた…子供もいるんだろう?」


「…何でそんなことを知ってる?」


「さっき所長さんに聞いたんだ。まだ小さい女の子なんだって話を」


「あの人…本当に余計なことを…」


「身体は大丈夫なのか?ちゃんと、奥さんやお子さんにまた会えるのか?」

 

「質問ばっかりだな。何故そんなに俺を気に掛ける?」


「なんとなく…かな」


オオムラは、天井を見上げた。


「…実はおれの奥さんも妊娠していてさ。来月が予定日なんだよ」


「それはめでたい話だな。だが、それが俺とどう関係ある?」


「あんたは、おれを守ってくれた。だから、おれが今度はあんたを守りたいんだ。おれと同じように、あんたにも大切な家族がいるんだし、過酷な戦いに一人で身を投じることもないよ」   


「さっきまでのキャラは何処に行ったんだ…?」  


「…ともかく、さ。なんかあったら、話してほしいんだ。力になれる部分は少ないだろうが、おれはあんたを守りたい。この気持ちに、偽りはないよ」


「警察官としての矜持、か?」


「いや。おれ個人の気持ちだ」


「……」


「迷惑なのか?それとも、まだ怒っているのか?なら、許してくれるまで謝るよ」


「…別にそういうわけじゃない。だが、根負けしたよ。どれだけ釘を刺しても、あんたは首を突っ込んでくる。…あんた、名前は?」


「オオムラ・オキトだ。あんたは」


「アカツキ・アモウ…別に覚えなくていいが、あんたのことは覚えとく」


立ち上がったアモウが、開栓しないままでいた缶コーヒーを、オオムラの横に置く。


「温(ぬる)くなっちまった。あんたにやるよ」


「アカツキ・アモウか…」


去りゆく背中に、オオムラは小さく笑みを浮かべた。






「大変でしたね。今日はここでゆっくり休んでください!」


明るい声で、女性警官がトモエ、イズミ、エツコを部屋に招き入れる。深夜らしかぬテンションの高さに、3人は些か面食らった。


「あ、私ですか?生田警察署のカルマといいます!あなたは??」


「はあ…トモエです。トキワ・トモエ」


「トモエさんね!疲れた顔してるし、今日はゆっくり!ね?」


「ちょ、ちょっと待ってください…」


一方的な会話に、エツコが横槍を入れる。


「わたし達、べつにここに泊まるとは…」


「あ!さっき所長さんが泊めてやってくれって言ってましたよ!」


「サクマさんが?また勝手なこと…」


「泊まるかどうかはともかく、休ませてもらいましょ?私も滅茶苦茶な運転させられて…もうクタクタなのよ」


案内された仮眠室で、そそくさとソファーに腰掛けたイズミが、煙草を咥えながらぼやいた。


「…それに落ち着いた場所がないと、彼のセルアウトを止める術が思いつかないわ」


「セルアウトお?」


「い、いや。こっちの話よ」


慌ててエツコが手を振る。


このカルマ某には、事のあらましは伏せてあるのだ。


単に、トラブルに見舞われて連行された後、誤認逮捕だったということにしてある。


だいいち、話したところで信じてはもらえないだろう。


「朝までここは使って頂いて結構です。すみませんね、ホテルでも手配出来ればよかったんですけど!」


「いいのよ、気にしないで」


「じゃあ、何かあればそこの内線から繋いでください!私、今日は夜勤なので!では!」  

 

ドアが開き、カルマがそそくさと落ち着かない動作で去っていく。


どうにも、疲れるテンションである。


「警官にも色んなタイプがいるってことね」


二人が疲れた顔をしていた為か。


イズミが、煙を吐き出しながらボソッと呟く。心の内を代弁された二人は、呆れるように溜息をついた。










「…で?奴らの足取りは掴めた?」


《生田警察署に保護される形となっているようですね》


「警察?逃げ込んだのか…」


《色々とあったようですが、ゼフィリティス・スプライトが警察車両を襲撃したようです。そこに居合わせたものかと》


「あー…そういうこと。で?アモウさんはまだ覚醒していないのか?彼は確かに覚醒まで時間が掛かる方だけど」


《分かりません。ですが、妙な装備を得ているようでして…》


「妙な装備?」


《恐らくはイズミの手引です。詳しくは分かりませんが…セル・プロジェクトの最中に、何らかの措置をアモウへ施した可能性があります》


「色々と面倒な事、しちゃってくれてるなー」  


《動きますか》


「アモウさんの覚醒が最優先だ。先ずは、彼を取り巻く余計な奴を始末しろ」


《余計な奴?》


「イズミだよ。そいつがいると、おれの計画も狂ってしまいそうだ。だが、トモエは生かしておけ。あの女はいざという時の人質にできるからな」


《分かりました。では》


「頼りにしてるよ」


通話ボタンを切る。


廃れた、ラボの跡地。


そこに置かれたソファにだらしなく腰掛けていたのは、ゴンダだった。


彼は欠伸すると、腕組みしたまま眠りに入ろうとする。


「先行試作型を使うのですか」


「…眠いんだ。話しかけるなよ」


「ゴンダさん。私ならもっと早く仕事ができますよ」


「眠いっつってんだろ。話しかけるなトウコ」


「何故私を重用してくださらないのです?私は最強の昆虫…雀蜂と適合しているのですよ?なのに、何故あのような先行試作型に仕事を与えるんですか」


「…不満でもあるのかい、おれに」


「不安定なスプライトを仕向けるより、私のほうが確実に仕事が出来ます。それに…アモウが覚醒したとしても、所詮は蟷螂。覚醒したところで対した戦力にはならないでしょう?あなたにとっての最強のスプライトは、この私…」


「過信はよくないなあ」


「過信?」


「蟷螂だって立派な捕食者だ。ましてや、大蟷螂は昆虫ヒエラルキーにおいても上位の存在…その凶暴性たるや、雀蜂に勝るとも劣らない。昆虫の世界を甘く見ちゃ駄目だよ。彼らの闘争には、常に確約された結末が用意されているわけじゃあない」


「…」


「トウコ。お前はどうやら、アモウさんを倒したがっているようだが、おれは違う」


「…」


「おれは引き入れたいんだ。覚醒し、強い力を得た彼を」


「どうしてあの男に、そこまで気を掛けるのですか。私より劣る、あの男を」


「劣る劣らないの話じゃない。考えてみろよ?その足りねえ頭でよ」


「…では、私も行きます。アナタの言葉の意味を探るために。よろしいですね?」


「頭が足りねえことは認めるのか?」


「っ…心配しないでください…アモウには手出ししませんよ。ただ、そこまでアナタが言うんなら…先行試作型の仕事っぷりでも見てあげようと思いまして…」


「えらく反抗的だね。喧嘩なぞする気じゃあ、ないだろうな?」


「しませんよ…ええ…」

 

「理由がどうであれ、お前には雀蜂の遺伝子を移植した…お前が、アモウさんに張り合おうとして、雀蜂の遺伝子を移植しろだのなんだのと駄々をこねたから。分かるか?他の奴らより、時間と労力を掛けて、お前にはそれなりのものを注ぎ込んでやってるんだ。完成型に極めて近い存在になるようにな。さっきお前が言った通り、スプライトの中でも上位種であることに違いはないだろう。所詮はカタログスペックに過ぎんが、その力をつまらんことに使おうだなんて、思うなよ?」


「つまらないことってなんですか…っ」


「おれの意に背くような真似だよ」


「…ご心配無く…!」


苛立ちを隠せぬまま、トウコは姿を消した。


「やれやれ。考えの浅い女をってのはどうにも苦手だね。どいつもこいつも、頭の足りねえ馬鹿ばっか。おれの言うことを理解出来ねえくせに、おれについて来ようと躍起になりやがる。違うんだよ。おれがアモウさんを欲しがるのは、彼が誰にも媚びずに自分をしっかり持っているからなんだ。アモウさんは確かに目立たない存在かもしれない。いや、むしろ目立つことを嫌っている。だからこそ、彼はスプライトとなっても自分をしっかりと持ち、誰にも媚びること無く行動を起こす。おれを倒そうとして、何れはおれの前に現れるだろう。そして、その一直線な思いは彼が捕食者側のラインに立った時、より発揮されることだろう。おれが求める世界に、彼は必要なんだ。…お前を、守るという意味でもな」

 

誰もいない空間。


ゴンダはそう独り言を喋り終わると、眠りに就いた。








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