CHAPTER 5
「トモエさん。君は、もう家に帰りなさい」
医務室に連れてこられたトモエは、サクマの声に小さく顔を上げた。
「皆さんは…どうするんですか…」
「私は離れる訳にはいかない。アモウさんはまだ昏睡状態ですし、件のラボは…お分かりでしょう?」
「うっ…」
「…犠牲になった方々を、警察に引き渡さねばなりません。あのままにしておく訳には…」
「しかし、今回の事件…警察は信じてくれるんでしょうか?」
トモエの傍らに寄り添うエツコが、不安げに口を開いた。
「簡単ではないでしょう…場合によっては、我々が疑われる覚悟もせねばならない。それだけ、実験がもたらした被害は大きいのです」
「だったら…」
「しかし、アモウさんを放っておくことも私には出来ません。彼のご家族にもまだ連絡はしていないのですから」
「奥さんとお子さんには、気の毒な話ね」
「エツコさん。貴女も帰って頂いて大丈夫です。秋津理化学研究所で生き残ったのは、どうやら我々だけらしい。もうここにいても、意味はないでしょう」
「イズミさんはどうするの…」
「わたしは残るわ。やらなきゃならないこと、まだあるから」
「それって…」
「…このままゴンダ君を野放しにしておくわけにはいかないわ。事実、蝶々の化物とアキノさんも逃走しているし、やつらを放っておくわけにもいかないでしょ」
何処と無く含みのある言い方で、眠っているアモウを見下ろしているイズミ。アモウの身体は、白衣を脱がされ幾重にもベルトの巻き付いたインナースーツが着せられていた。素材は、なんとなくレザーのように見える。
「…アンチセルゲノムを打ったことで、彼の容態は比較的安定しているわ。でも、セルアウトの進行を抑えるだけで、完全な抑止にはならない」
トモエやエツコにも、合流した段階でアモウが置かれた状況は説明されていた。
「だから、わたしは逆に賭けてみたい。アモウ君が、非力な者達を守る為の存在になることを」
驚く二人を尻目に、サクマは苦い顔を決め込んだ。おおよその話は、聞いていたからである。
「賭けてみたいって…」
「覚醒した被験者…スプライトに対抗出来るのは、スプライトだけよ」
「そうかもしれないけど、その子の人権はどうするの!?」
「もう遅いわよ」
「遅い…!?」
エツコを前に、イズミは悲しそうな顔でアモウの方を見る。
彼の瞼が開いていた。
「アモウさん…」
「…何なんだこの感覚…」
「え?」
開眼一番にアモウが口走った言葉は、意外なものだった。
「…ザワザワするような…この感覚は…」
「敵は…もうここに来ているようね」
「イズミさん!分かるように説明してちょうだい!!」
「サクマ君。例の物を持ってきてもらえる?」
「…分かりました」
完全にエツコを無視する形で、イズミとサクマはテキパキと動き始める。
そして、トモエは変わらずも不安げにアモウの横顔を見つめた。
「アモウさん…無事…?」
「トモエさん…帰れよ」
「アモウさん…」
「僕自身よくわかっていないけど…貴女の言う通り、僕は化物だ。もう、関わらん方がいい」
冷たく呟くと、アモウは自身に着せられた見慣れない服に気付いた。
「…これは?」
「アモウ君。説明している暇はないわ…あなたには戦ってもらわなくちゃならないの」
「戦う?僕が?誰と…」
「頭の中がざわついているでしょう?それはきっと、敵が近づいてきている証拠…」
「敵って…まさか…」
「被験者よ」
「ふざけるな…」
「え…」
急にドスを利かせるアモウに、イズミは少々驚いた。
「今度は…僕に何をしたんですか」
「説明している暇はないと言ったでしょう」
「納得できるか!!話せ!!」
その怒号に、イズミはもとよりトモエもまた震え上がってしまう。
「…あなたのセルアウトの進行を抑える薬を、投薬したわ。少なくとも、あなたがあいつらみたいに直ぐ様変異してしまうことはないはずよ…」
「…揃いも揃って、人の身体を好き勝手に弄びやがる…」
アモウは、悪態をつくように笑った。
「いいんだよ、もう。どうせ僕はもう元には戻れないのでしょう?余計なことをしてくれるな」
「元に戻れるかもしれない。でも、そのためにはあなたの身体から蟷螂の遺伝子を取り除かないといけないわ。その治療薬も、いずれわたしが…」
「無理だろう?こんな半壊した研究所の設備で、何ができるって言うんですか…」
アモウは鼻で笑い、さらに続ける。
「それでいて、僕には戦えとも言う。矛盾していますよ…だいたい、この服もあなたが用意したんでしょう…?」
「CELL(セル)スーツ…元は医療機器としてのパワードスーツだけど、応急処置で改修を施して用意したわ。アンチセルゲノムで内側から、それで外側から、それぞれあなたの身体に起きているセルアウトの進行を抑えてくれる…戦闘用強化拘束具」
「進行を抑えるだの、戦闘用だの…しまいには拘束具?まるで僕がまんま化物だと言ってるようなもんじゃねえか…」
「アモウさん…」
「もう、いい加減にしてくれよ!!ゴンダさんもあんたらも…どうして俺をそうやって弄ぶんだ!!」
ベッドから起き上がったアモウを、エツコが止めに入る。
「待ちなさいアモウさん!変な気を起こさないでちょうだい!」
「変!?変だと!?これだけ好き勝手にされて…あんたらのせいで…俺の身体はボロボロだ!!」
眉間のあたりが、ピシリとひび割れを起こす。
その形相に、トモエはまた泣き出してしまった。
「それを、わたし達が治す為に動くって言ってるの!」
「うるせぇ!!あんたらを信じて馬鹿を見たよ!!馬鹿なことをやろうとしてる馬鹿を信じて、こんな馬鹿なことになったんだ!!どいつもこいつも、ろくでなしの馬鹿ばっかりじゃねえか!!」
小柄なイズミの胸ぐらを掴み上げ、アモウは瞳を充血させるように赤く染め上げていく。その傍らで、トモエが髪を振り乱しながら震える声を上げた。
「もう無理…わたしには無理!!」
「!トモエちゃん!!」
医務室を飛び出した彼女を、エツコが追う。
それと入れ替わるようにして再度現れたサクマは、苦々しい顔しかできなかった。
「…アモウさん。君がそうなったのは…私にも責任があります。ですが、今一度私達を信用してくれませんか…」
「信じていたよ…少なくともゴンダさんのことは…。だが、そうして馬鹿を見た…その結果がこれだろうが!!!」
「アモウ君…苦しいわ…」
「ああ、そうかい…俺の苦しみに比べりゃ、何てこと無いと思うがな!!」
「そうやって…あなたも変わってしまうの…?」
「何…?」
「どうしてあなたがあの時…あいつらのように暴走しなかったのか…それは、わたしにも分からない。でも、わたしが知ってるあなたは、とても優しい人…例え見た目が変わっても、あなたの心までは…」
「ここに来て機嫌取りか?俺がそんな善人に見えるのか?」
「だったら、どうしてわたしを絞め殺さないの?今のあなたは…あの百足の化物を殺せるだけの腕力があるはずじゃないの…」
「っ……」
「知ってる?蟷螂の握力はね…人間換算で3トンもあるのよ…」
「ここにきて、何故そのような蘊蓄を垂れる…?」
「…お願い。ほんの少しでいいから…わたし達に貸してほしいの。あなたが今持っているその力と、優しい心を…人間としての心を」
「人間…っ…」
「アモウさん。私からもお願い致します…確かに君は普通の人間ではなくなったよかもしれない…私も、君のことを生物兵器のように扱うことには抵抗があった…しかし、ゴンダを…覚醒した被験者…スプライト共を放っておけば、必ず良からぬこととなってしまう…」
「……」
「君にも家族がいるでしょう…それならば、私達のことは最悪、放っておいてもらっても構わない。だが、君の家族を守ることだけはして差し上げてほしい。君の今の力を、正しき方へ…」
「…敵が来ていると、そう言いましたね」
「アモウ君…」
「イズミさん。僕の頭の中のざわめき…それが敵の接近の合図。そういうことですか…」
「…ありがとう。サクマ君、アモウ君にそれを」
サクマは、やたらめったら大きいアタッシュケースを床に起き、イズミと同じようにただ
「申し訳ありません」
と頭を下げた。だが
「勘違いしないでください」
アモウは視線を逸らせると
「僕の本当の目的は…ゴンダさんに復讐することです。人助けなぞするほど僕は高潔な人間じゃありません…あまり期待しないでください。今まで通り…」
と、小声で吐き捨てるように言った。
Akitsu RIKEN Staff Profile File 5
Name:Satoru Sakuma
ID No:03409963
Age:50
Birthday:3/8
Height:170cm
Weight:58kg
Blood type:A
Affiliation:Akitsu RIKEN Director
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