終頁
八重代やえかは、血塗れの少女に手を伸ばす。
それが、解良には見えていない。否。見えないのだ。
少女は"フクジンカク"という存在だ。
ある日、八重代やえかは高熱を出して死にかけた。そうして意識が戻った時、別人格が現れ、交代するようになり、医師から解離性同一性障害と診断された。
ただ、それだけではない。
八重代やえかは、そういった解離性同一性障害で人格交代する副人格が目視出来るようになったのだ。
それこそ、行き場をなくした、今回のようなフクジンカクを。
「……あたしが、見えるの?」
「うん、見えるよ。きちんとね」
八重代は"独り言"を言う。解良には、フクジンカクは見えもしなければ、声も聞こえない。福田達もそうだろう。無理矢理帰らせたのも、この為だ。
「さあ、還ろう。元の主の場所へ」
「もう、死んじゃったの」
「……成程。置き去りにされて、こんな悪戯をしたのか」
ふむと八重代は考える。考えているように見えて、解良には彼女が何を決めているか、大体想像がつく。それは溜め息が出るようなものだ。
「なら、オレの"所"に"来る"かい?」
解良は溜め息をついた。恐らく還る場所のなくしたこのフクジンカクを、受け入れるつもりなのだと、予想は出来ていた。
受け入れるというのは、そのままの意味。
このフクジンカクを、八重代やえかの副人格、新たな人格へとするつもりなのだ。
「……いいの? いたずらしたのに」
「還る場所がないのだろう? ならオレの所で、もう少し余生を楽しむといい」
八重代やえかは手を伸ばすのを辞めない。まるで全てを受け止めると言わんばかりに、優しく微笑む。
少女は戸惑う。血糊だらけのスカートをぎゅっと握り締めて、そしてそっと離して、ゆっくり八重代の元へと向かい、そして走り出す。
抱き付いてきた少女をぎゅっと抱き締めて、八重代は優しく囁いた。
「……"ミオ"。それが君の新しい名前だよ」
「ミオ……」
「そう。おかえり、ミオ」
ミオは、大きく泣きじゃくった。寂しかった。苦しかった。そう喚いてずっと泣いて、暫くすると、八重代に浸透するように溶けて見えなくなった。
解良はその一部始終のごく一部しか認識出来ていない。だが、何度も同じ場面を見てきたから、何となくだが理解した。
「……やえか。また受け入れたのか」
「…………うーん?」
ぽやんとした返答がくる。不思議そうに此方を見て、八重代はこてん、と首を傾げた。
「智じゃん」
「……しとり……、やえかはどうしてる?」
「ミオちゃんと遊んでるー」
「そうか、ならいい。帰るぞ」
「はーい」
八重代は解良の元に向かいながら「何これ血?」と自分の服にこびり付いたミオの返り血(糊)を見て驚く。解良は此れ等の現象の一部を八重代に説明しながら、帰路に着いた。
「所でしとり、反省文な」
「えー!?」
ーー
「智おにいちゃん、あそぼー!」
「……ミオ、俺は勉強中だ……」
自室の勉強机に向かっていると、八重代がノックもせずに部屋に入ってきた。駆け寄ってきては服の裾を掴んで引っ張ってくるので、解良は面倒くさそうにあしらうが、ミオは執拗い性格のようだ。
「遊びたい! たくさん遊びたい!」
「後でな、後で」
「やだ! 今!」
死にかけた事により発症した八重代やえかの多重人格。それは特殊なもので、フクジンカクを見たり、取り込んだり、元の主へと還す事が出来る。
だから彼女は探偵と嘯き、フクジンカク達を救う為に行動している。
解良はこれでも八重代を尊敬している。彼女の覚悟がどのくらいのものか、どれだけ酷か、誰よりも判っているつもりだから。
そして、八重代やえかもまた、待っている。
八重代自身のフクジンカクが、皆還ってくるのを待っている。
「……ところでミオ、反省文って知ってるか?」
「はんせいぶん?」
八重代やえかは自分の為に、これからも探し続けていく。
ーー
八重代やえかはDID探偵 あはの のちまき @mado63_ize
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