三頁
「……うん、蜂蜜入りの血糊だね、これは」
福田達に案内された学校の入口、そこから曲がってすぐの理科室前の床。そこに滴っていた赤黒い、粘性のある液体を指で掬った八重代は、まじまじとそれを見て頷いた。
「ほのかに甘い香りがする。それに鉄の匂いがしないね」
「……よく触れるね、八重代氏」
静川が最もなことで感心していると、解良は当たり前のように懐からハンカチを取り出し、八重代に渡す。八重代も当たり前のように受け取り、指の汚れを拭い取る。その時だった。
ガシャン!
と大きな音が学校内で響き渡った。悲鳴をあげる福田達三人。動じなかった八重代と解良は、殆ど同時に理科室への出入口を開け放った。
暗くてよく判らないが、大きな机と椅子の並べてある教室。黒板の隣には、骨格模型が何故か倒れている。音の正体は恐らくこれだろう。
そして。
……コツ、コツ、コツ、コツ…………
廊下から聞こえる定期的なリズムで鳴る、硬い音。再び悲鳴をあげそうになる三人の声は、解良の黙れの合図で音にならなかった。
「……あ、足音だよな、さっきの?」
「どういう事? 何かいるの?」
「……いるね」
福田と松井の怯える声に、八重代が応える。ぎょっと二人は彼女を見た。
「いるって、お化けが!?」
「違うよ。人が、だよ」
呆れるように八重代が言う。ぽかんとする三人に、解良が補足説明した。
「この件は俺達以外の第三者、人間が関与しているという事です。そうだよな、やえか?」
「うん」
八重代は平然と頷く。三人は面食らったように、彼女を凝視した。
静川がおずおずと挙手をして訊ねる。
「……八重代氏、足音は兎も角、模型はどうして倒れたの?」
「これだよ」
八重代は骨格模型の元から何かを摘み上げた。それは糸だった。それも、長く、足音のした廊下の先へと繋がっている。
「先程の人物が、引っ張るかなにかして模型を倒したんだろうね」
「成程……」
感心する静川。八重代は糸をぽいと放ると、解良に目配せしてから、静川達の方を見た。
「真犯人を見つけにいくよ」
ーー
足音のした廊下の先へと進むと、赤黒い血糊が点々と、所々に落ちている。まるで導くかのように、罠かのように。それを警戒もせず、八重代はすたすたと廊下を歩く。怯えながらも福田達三人が続き、殿は解良が歩く。
進んだ先の廊下は曲がり角になっており、その先は食堂へと繋がっている。その先に、白いワンピースを来ていると思われる、血まみれの少女が立っている。髪をおさげにした、年端もいかない少女が。
「やあ」
八重代は躊躇いもなく声を掛けた。それに驚くのは福田達三人だ。その様子を見て、解良は三人に告げる。
「福田さん、松井さん、静川さん。此処までありがとうございました。後は俺達がなんとかするので、このまま気を付けて帰ってください」
「えっ?」
「いいのか?」
「解良氏?」
きょとんとする福田。首を傾げる松井。不思議そうに見つめる静川を宥め、解良は三人を半ば強引に説得した。
「"犯人"が見つかりました。後は警察を呼んだり対応があるので」
「おー、凄いな、二人共!」
妙に納得して、三人は八重代と解良に手を振り、元の道へ戻っていく。それを見届けた解良は、一息つくと八重代へと視線を向けた。
「……お目当てを見つけたな」
「うん、そうだね」
八重代やえかは、何処か寂しそうに笑った。そして、少女へと手を伸ばす。
「迎えに来たよ、還ろう」
ーー
「いやー、にしても本当に凄いな、八重代と解良は」
「でも大丈夫なのか? ふたりだけに任せて」
福田達アホ面三人組は、呑気に帰宅の道を歩きながら呑気な会話をしていた。
「大丈夫でしょ、解良氏はしっかり者だし」
「八重代も恰好良かったな」
「でも、不思議な事もあるもんだね」
「そうだね、学校の夜に人がいるなんて」
「僕達が言えた柄じゃないじゃん?」
「それな」
「にしても、真犯人って結局誰だったんだ?」
「食堂でお別れしたけど、誰もいなかったよね?」
不思議そうに顔を合わせる三人は、まあいいか、と特に考える事なく、夜の帰り道を歩き、無事に帰宅したようだった。
ーー
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