第6話 対策を立てよう
「店が客を呼び出すって何なんだよ……。俺が酒飲む前で良かったな」
テーブル席に座るのは先日莉乃の後ろでケーキを食べていたよれたコートの中年男。以前見た姿よりも髪がまとまっておらずウエイターが携帯で呼び出した後すぐに来てくれたことが分かる。
莉乃が謝ると男は違う違うと首を振った。
「呼び出したのはそっちだろ?」
気怠げに指さしたのはテーブルの向かい側で莉乃の隣に当たり前のように座るウエイター。でも原因は自分にあるからと莉乃が必死に伝えようとする。
先程まで何があったかを全く知らない男は首を傾げマスターの入れた紅茶に手を伸ばした。何があったんだ。男の言葉に答えようとするウエイターの手を莉乃は掴んで止めた。迷惑をかけ続けているのだからせめて説明だけは自分でする。無理はしないよう心配そうにするウエイターに笑いかけ莉乃は正面に向き直る。
正面で向かい合う男は甘味好きな男の人。そして、昼間は「警察」として働く人。
腕を掴んできた男たちとは違う恐ろしさはあるが隣にはウエイターが居てカウンターの向こうにはマスターもパティシエも居る。
一度息をついて頭を仕事モードに切り替える。
喫茶店へ向かう途中、恐らく飲み屋の客引きに会った。自分では男二人を避け切れずパティシエさんに助けてもらい喫茶店に来た。そして対策を立てるために呼んでもらったのが警察さん。
迷惑をかけてます。
凛とそこまで話すと正面の男は面食らった表情を一瞬見せるがすぐ真剣な表情になり頷く。
「で、俺を呼んだ理由は? ウエイターさん?」
「アンタが職務怠慢してるから莉乃ちゃんが怖い目に遭ったんでしょ。対策立てるかなんとかしなさいよ」
「いや、それは通報してくれよ」
「警察の電話口なんて雑過ぎるし莉乃ちゃんの話どこまでまともに聞くか分かったものじゃないわ」
「……俺もその一員だし何なら下っ端なんだけど」
長くため息を吐くと莉乃が目に見えて落ち込みウエイターが男を叱る。
叱られても状況は変わらないと男が上げた視線の中でウエイターは隣に座る莉乃を間違いなく覆い隠すように抱き締めていた。
客引きの男に手を掴まれたと聞いたが。男の問いにウエイターの腕の中から思うよりも元気のいい声で、はい、と返事がある。同じ性別であるはずの男に抱き込まれてるのは問題ないのか。そんな言葉を飲み込んで再度ため息を吐くと珍しくマスター自身からケーキの乗った皿が差し出される。礼もそこそこにフォークを刺していつもより大口でケーキを口に運ぶ。
客引きは物によっては警察で対応が出来る。ただし警察が動くのに「知り合い一人、二人」の証言だけではあまりに弱い。現場を警察官が見られれば話は違うが何の立場もない自分一人では同僚たちの巡回ルートも変えられない。
「悪いんだけど心配なら莉乃さん、だっけ。莉乃さんを駅とかに迎えに行くか、夕方ここに来ないくらいしか思いつかねえな」
「そうですよね。迷惑をおかけするのは――」
「来ないって言うくらいならあたしが送迎するわ」
「……いやもうそれで良いんじゃねえのか」
迷惑はかけたくないと言う莉乃と夕方に来なくなるくらいなら送迎するというウエイター。全く埒が空かない。
「じゃあ来週の対策だけして今日は解散なんじゃないか? 言い争えばそれだけ莉乃さん帰るの遅くなるだろ」
男の提案を二人はそれもそうだと揃って頷いた。
先程の客引きの話とは別に問題がありそうだ。男はため息を吐いて言葉を捨てた。
「俺帰るわ。マスター、今日の勘定は無しで良いか? 多少だが手伝っただろ」
「構いませんよ。出来れば解決したかったですが」
笑いながらなんてこと言うんだ。
マスターと警察の男が口喧嘩を始める頃、莉乃とウエイターもまた小さな言い争いをしていた。今日は家の近くまでウエイターに送られることは前提として、来週どうするのかが論点だ。
莉乃は夕方でなくても日が出ている昼に来ようと提案し、ウエイターが送迎するから夕方に来たら良いと否定する。
「じゃあ、僕が見てる」
延々続きかけた言い争いに割って入ったのはパティシエだった。変わらず甘い匂いを漂わせた彼はケーキの入っていたトレイを抱えている。
「来週、同じ時間。莉乃さんのことは覚えたから」
それはそれでパティシエさんに迷惑がかかる。莉乃が首を振るもパティシエは言葉を続けた。土曜日は試作を持ってくるから同じ時間同じ場所に居る。それにケーキの試作を食べてくれる人が減るのは悲しい。
テーブルの上には空のケーキ皿がある。
莉乃は小さく唸るように声を漏らした。店に並ばないケーキを食べられるのも夕方の喫茶店の大きな魅力。何より自分にとって週に一度最大の楽しみ。
「今度は手、掴まれる前に助けるよ」
「じゃあ決まりね! さ、今日はもう帰りましょ。マスター! あたし莉乃ちゃん送ってそのまま帰るわ」
「あっ、ちょっとウエイターさん」
呼び止める声を聞かず、店で待っているように告げたウエイターは店の奥へと駆け込んでいった。
待っている間に、とマスターから出された紅茶は変わらず美味しい。
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