そこは僕のポジション

丸山 令

ポジションは僕っ娘


 放課後。


 図書室で参考書を探しながら、僕、宇都宮 初花ういかは、窓際の学習席に目を向けた。


 部活動が終わった頃からここ最近までずっと、その場所は二人の指定席になっている。


 高見澤 太朗と鮎川 あいりは、今日も向かい合って、そこで勉強していた。


 二人は幼馴染みだそうで、よく一緒にいるのを見かける。

 幼馴染みの男女って、ある一定の時期にいつの間にか疎遠になりがちだと思うんだけど、よく飽きずにくっついているものだと感心する。


 ま、二人ともさっぱりした性格の持ち主だから、お互い居心地が良いんだろうな。

 

 特に会話もなく、黙々とシャーペンを走らせる二人の横顔を見て、少し微笑ましく思っていたら、後輩の女の子がパタパタと二人の元に走りより、太朗の横の席を陣取った。


 二年の一ノ瀬 伊万里だ。

 

「太朗せんぱい。大学アメリカ行っちゃうって、本当ですかぁ?」


 突拍子もない質問に、一瞬の沈黙。

 固まる太郎の目の前で、何故かあいりは口を押さえて、笑いを堪えている。


 これは多分、あいりがついた嘘だな。

 瞬時に理解し、半眼になる。


「何の話だ?」


 答える太朗に、伊万里は口の下に拳を二つのぶりっ子ポーズで、上目遣いに話を続ける。


「太朗先輩の将来の夢は宇宙飛行士だから、一杯勉強してNASAに入るんだって、鮎川先輩が」


NASAしょ。俺、文系だし。そもそも、宇宙飛行士になりたかったのって、保育園の時の話だぞ?」


 太郎は素でツッコミを入れている。


 ま、あいりの気持ちは理解できないでもないかな。太朗を狙っている後輩の伊万里に、太朗の志望校を聞かれて、冗談を言ってはぐらかしたに違いない。


「鮎川先輩ひどーい。何でいつも、そう言う意地悪するんですかぁ?」


「ちょっと揶揄っただけだ。ゆるせ」


 謝るあいりに、両手を振り上げ可愛くぷんすこ怒っている伊万里。

 見ていて砂を吐きそうになる。


 伊万里には、二人を引きはなさないで欲しい。

 割って入るのは、君ではなくて……。


 僕が考えていると、今度は別の邪魔が入った。

 自称太朗の親友、榎本瑛人えのもと えいとだ。


「こんのぉっ。今日も羨ましいことになってるな。俺が歯痛で辛い思いをしているって言うのに、ちょっと向こうで、爆発してきてくれないか?」


 相変わらず、意味不明な言いがかりをつけて、しれっとあいりの横の席に座る。

 太朗の眉が、微かに動くのが分かった。


「歯痛なら、さっさと歯医者に行けば良いだろ」


 答える太朗に、瑛人は残念そうに言う。


「ところが、行きつけの歯医者が最近潰れた」


「それは残念だったな」


「まぁ。おじいちゃん先生で引退だから、仕方ない。お前ら、どっか良いとこ知らん?」


 太朗とあいりは、少し考えるように視線を上向けた。

 伊万里は興味がないのか、自分の髪の毛を弄っている。


……真井さないンタルクリニックはどうよ。駅近に新しくできた」


「あぁ。あそこは結構、評判が良いと聞く」


 くだらないやっかみに、ちゃんと答えてやる太朗は、良い奴だと思う。情報を提供してくれるあいりも良い奴だけど。


「あー。キレイそうだし、行ってみるか」


「そうと決まったら、急いだ方が良いんじゃないか? 」


「そうやって、すぐ追い出そうとする……」


 瑛人はぶちぶち言い出したし、伊万里は伊万里で、太朗に話しかけ始めた。


 全く迷惑な奴ら。

 そのポジションは、僕の……。


 僕は、ふぅっと息を吐く。


 ま、箱推しだから、諦めて見守っていたんだけど。


 最初は、付き合いやすいあいりと仲良くなった。そのうちに、あいりと仲の良い太朗とも親しくなった。


 あいりは太朗の何が良いのかと思って見ているうちに、いつの間にか意識していた。


 その二人の邪魔をされるのは、正直気に入らないんだよね?


 邪魔して良いのは、僕だけだよ?


 僕は四人に歩み寄って、キッパリと言ってやった。


「あのさ。図書館では、はなさないでよね? うるさいから。で、瑛人お前は、さっさと歯医者にいって馬に蹴られろ」


「初花ちゃん、僕に辛辣じゃない?」


 瑛人がぶごぶご言っているけど、無視だ。無視。


「ってか、そろそろ下校時刻だし、コンビニで中華まん食べて帰ろうよ。あいり」


 あいりにバックハグすると、あいりは僕の頭をなでなでして、綺麗に笑った。


「良いな。そうしよう」


「伊万里も行くーっ」


「俺もーっ!」


「いや。瑛人、お前は歯医者に行けったら」


 太朗は苦笑いでそう言ったけど、面倒見が良いから、結局一緒に連れて行くのだろう。


 学校を出て、五人でコンビニまで歩く。


 卒業式まで一ヶ月をきった。


 何とも甘酸っぱくて、ふわふわしたこの時間が、少しでも長く続いたら良いのに。


 そう思いながら、僕は並んで歩く二人の後ろに付いて歩いた。

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そこは僕のポジション 丸山 令 @Raym

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