二階堂アワサの告白

 ペア相手は村尾でした。

 これは天の恵みだったに違いありません。村尾にはっきり言ってやらなくてはとずっと思っていたのです、ただどうしても村尾に話しかけるきっかけが掴めませんでした。

 村尾はどうしようもない男です。顔立ちが良いのは認めます。運動もできるそうなので、女子の人気は高いようです。

 でもからっぽな男です。授業中の発言で頭が悪いのは周知の事実でしたが、勉強以外でもまるっきりの子供なのです。

 ゾンビ退治だって、皆は生き残るための作業として頑張っているのに、村尾はまるでゲームとしか思ってません。無謀にゾンビの群れに突っ込んでいってこちらまで危険な目に合わせているくせに、まるでこちらが足を引っ張っているかのような顔をしてきます。

 もともとそんな奴なのです。

 幼馴染だからとの理由だけで、マユさんに馴れ馴れしくしていますが、マユさんが迷惑してるのは皆んなが気づいています。マユさんは優しいので、村尾に言ってやれないだけなのです、それに気づいてもいない無神経さ。

 それに四日目。転んだ私を起こそうと手を差し出してきました。私は嫌だったのですが、あからさまに避けて村尾の心証を害すればゾンビ退治に悪影響かと考え、その手を取りました。何を勘違いしたのか、それからゲーム終了のチャイムが鳴るまであいつはわたしの手を離しませんでした。気持ち悪い。


 マユさんの側をうろうろするには相応しくない人間なのです。誰かがこいつを彼女の周りから排除するべきでした。ずっとそれが出来なかった私。マユさんはさぞかし私に失望したことでしょう。

 五日目のゲーム開始前、村尾はいつものようにマユさんに絡んでました。私は意を決しました。このゲームが終われば村尾と話す機会は二度とないかもしれないのです。

「マユさんと仲良いんですね」

 こちらにやってきた村尾に私が言うと、彼は下品な顔をさらに歪めて「幼馴染だからな」と得意げに言います。それしかない男。幼馴染だから馴れ馴れしくしても良いとか勘違いしてるだけで、マユさんに相応しくあろうと努力もしてない男。ほんとにどうしようもない。

「あのですね。とても勝手な話なんですけど」

 私はもう、この機会しかないと自分に言い聞かせながら口にしました。

「マユさんと話すのやめてもらえませんか」

 村尾はどこか見ていた顔をこちらに向けて、

「なに。なんだって?」

 と聞き返してきました。私がこんなことを言うのが信じられなかったのでしょう。私は問い返しに少しひるみしたが、もう言い切るしかありませんでした。

「だから、もう、話さないで欲しいんです」

 私は言いました。

 村尾はしばらく、何か信じられないような顔をしていました。言い返そう、怒鳴り返そうと考えていたのかもしれません。何を急にこの女は。そう思ったことでしょう。

 しかし返答は意外なほどあっさりしたものでした。

「仕方ねえな。わかったよ。んじゃ話さないからお前も足引っ張るなよ」

 そういうと彼は私の手を掴みました。気持ち悪い。でも確かに村尾は答えたのです。

「いいですね、約束ですよ?」

 私が念を押すと彼は頷きました。


 五日目はハードでした。

 私も村尾も、昼休憩さえせずにゾンビ狩りに明け暮れました。疲れはしましたが心は晴れ晴れしていました。とうとう村尾からマユさんを解放できたので心がけて昂っていました。村尾はなぜか終日私の手を離しませんでしたが、それも些細なことでした。

 しかしなんということでしょう。

 村尾は、今朝約束したにも関わらず、私の手を握ったままマユさんの元に行き、相変わらず馴れ馴れしく話しかけたのです。

 私は何かが堰を切って行くのを感じました。頭が熱くなり、胸の鼓動が高まっていました。

 私は大嘘つきの村尾の背に、手にした斧を力一杯叩きつけていました。倒れた奴にさらに追い打ちをかけます。誰かが

「嘘つき!嘘つき!嘘つき!」

 と喚いていましたが、それは私の声でした。

 気がつくと村尾の背中は血塗れのザクザクになり、その四肢はだらしなく床に伸びていました。

 武器を手にした同級生が私を取り囲んでいます。私は握った右手の指を左手でこじ開け、手にした斧を取り落としました。私は目でマユさんを、探しました。マユさんは私を見て微笑んでいました。


〈完〉



 



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