はなさないで、ね

金魚術

村尾タケルの独り言

 17時になり、今日のゲームの終わりを告げるチャイムが鳴った。体育館に駆け込む。おれはアワサの手を離した。

 体育館を見渡す。今朝の三分の二くらいか?残ったのは。

 マユはすぐに見つかった。だいたいの野郎どもが集まっていく方向にあいつはいる。

 おれは野郎どもをかき分けてマユのもとに走る。無事だ。傷ひとつない。たぶん、彼女を庇って傷ついた奴や、もしかしたら死んだ奴もいるかもしれない。

 そいつらはまあ、そいつらなりの幸運だった。マユからいたわりの声をかけてもらえただろう。それくらいが身の丈にあった幸せってもんだ。

 おれは違う。

 高校一の有名人の1人、尾坂東おばんどうマユ。成績も普通。部活は帰宅部。無断欠席の常習で生活態度は✖️。性格も実はあまりよくない。

 ただひとつ、大の大人でも尻込みする美貌ってことだけで、学校一の有名人。読モしてる女は何人かいるけどそいつらとも比較にならない。なんつうか、オーラが違う。

 こんな訳の分からんことに巻き込まれさえしなければ、おれは学校一マユと親しい男として、いずれは告って、付き合っていたはずなんだ。


「マユ、無事だったか」

 おれは声をかけた。マユは気怠く髪をかきあげ、まあね、と答えた。

「代わりに、野辺くんと秋田くんがやられちゃったね。ああ、そんで上木戸かみきどくんも左腕怪我しちゃったよ」

 上木戸はマユのパートナーだ。ゲームマスターとかいう奴が勝手にコンビを作った。ほんとうならマユを他人になど任せたくなどないのだけど、ゲームマスターの意に反したらどうなるか分からない。

 上木戸は少し離れたところで、体育館の壇上に積まれた救護セットを一つ持ち出し、自分で治療していた。誰も─特に男子は─上木戸に声をかけたり治療を手伝ったりしようとはしなかった。おれもだ。むしろ羨ましかった。マユを守っての負傷など、心暖まる名誉でしかない。


 さて。ゲームはよくあるデスゲームだ。

 おれたち鎌原かんばら高校二年生は修学旅行に向かっていたが、いつのまにかこの島に連れてこられた。おれたちは体育館で目覚めた。ゲームマスターがスピーカーから伝える内容は、マスターが決めたコンビで島中に散らばり、一日のノルマ分、ゾンビ(倒した時に確認したが、実はゾンビの皮を被ったロボット?アンドロイド?だった)を倒せというありふれたものだった。

 同級生と互いに殺し合わなくて良い分ヌルゲーだったが、毎日ノルマは増えていき、四日目の今日、腕時計の日付表示が間違ってなければ3月17日、ノルマは初日の8倍になっていた。

 おれたちはゲーム初日から、3組の委員長の提案で、攻撃班と守備班に分かれてゾンビ狩りを始めた。戦うのが苦手な連中はおれたちの拠点である体育館の防御を、運動や攻撃が得意な奴らはゾンビを探し回って倒す役だ。ほんとにこの役割分担が正しいのかはおれの頭じゃわからない。一番大事な体育館防御こそ戦いが得意な奴が務めるべきじゃないのか?わからんが。

 ゲーム時間は朝の8時30分から17時まで。その時間内にノルマを果たせなければ全員死亡(爆弾付き首輪に触る。冷たくてゾッとする感覚)。初日こそ、比較的肝は据わっている自負のあるおれでさえゾンビにびくびくしていたが、今日くらいのノルマ数になるとビビってる余裕さえなかった。手当たり次第探しまくり、参加者全員でノルマ達成を目指した。今日も無事達成できた。


 とはいえ、すでに死んだ奴も多い。

 大半は、ゾンビと遭遇したけどビビって上手く武器を扱えなかったからだ。支給された武器は体育館壇上に山と積まれた刀、剣、ナタ、斧、弓、などなど。剣道部と弓道部以外の高校生がこれらを上手く扱えるわけもない。

 おれも同じだ。だがおれは学年でもそこそこ運動神経が良い方だ。それに親父に付き合ってキャンプが趣味だったのでナタは使い慣れていた。短いから近距離での戦いになるが、手に馴染み取り回しが楽だ。下手に格好つけて刀なんか持ち出しても上手く切れるわけがない。

 そんなおれなので当然攻撃班にされた。マユは─女子からは文句が出たが─、比較的安全と思われた防御班にされた。始まってみれば、体育館守備班とはいいながら、ほとんど実質的にはマユ防衛班になっていた。


 しかし今日はそんなおれでも危ない場面もあった。数をこなさないとならなかったので、どうしても深追いせざるを得なかったからだ。

 ペアを組んでる二階堂アワサは鈍臭い。正直言って足手纏いだ。初日もこいつのミスでゾンビに見つかったし、今日も三匹のゾンビと戦ってたら勝手にこけて、あやうくやられそうになってた。自分の生存のためにはこいつはやられたほうがおれにとって良いんじゃないかと思いつつも、流石に目の前でクラスメイトの女が殺されるのが平気なほど冷血感でもない。

「おら、しっかりしろよ」

 三匹のゾンビを片付けた後、おれは地面にぶっ倒れて頭を抱えているアワサに手を伸ばした。あいつは震えながら顔を上げておそるおそるおれの手を握った。その手は震えていた。

「こええのか?」

 おれは訊いた。アワサは音を立てて生唾を飲み込み、小さく頷いた。

 仕方ないからおれはそれから、あいつの手をずっと握っていてやった。右手にナタ、左手にあいつの手、という体勢は危険でもあったが、離れたところで勝手にあいつが危機に陥るのを助けるよりは楽だった気がする。


 一夜明けた。3月18日。7時に告げられたノルマは初日の16倍だった。嘘だろ。

 委員長で構成されたチームリーダーは打ち合わせを始めた。攻撃班リーダーの2組委員長は、昨日までの攻撃班人数で今日のノルマ達成は難しいと主張し、守備班リーダーはそんなに攻撃に人数を持って行かれたら体育館の全方位警戒ができなくなると難渋を示した。

 おれはマユと、ぼんやりリーダー会議の行方を耳にしながら開け放たれた体育館脇の通風扉から外を眺めていた。右手のナタの重さは心強いが、今日のノルマをこなすためには昨日以上に駆け回る必要があり、果たしてそこまで体力が持つだろうかと考えていた。

「天気、いいねえ」

 マユは空を見上げて呟いた。呑気なもんだ。とはいえ、マユのために男子全員が必死になっていることは分かっているのだろう、その為の余裕なのだ。

 マユはこんな訳の分からない島に来てからも美しかった。むしろ異常環境のためか、一層凄みがある気がする。ふと気がつくと、彼女はチームリーダーでもなんでもないが、女王であり、おれたちは、チームリーダーも含めて、マユを生かすための働きアリにすぎない、そんな考えが浮かんでいた。

「うまくやってる?アワサと」

 マユは言った。

「鈍臭いんだよ二階堂。文芸部だかなんだか知らんけど、もたもたしててよ。今日も足引っ張られないことを祈るしかないぜ」

 マユは小さく笑った。

「そう言わないで。あの子はあの子なりに頑張ろうとしてるのよ。わたしと生き残りたいからね。あんたゾンビ退治の稼ぎ頭なんでしょ?今日も期待してるから」

 マユにそう言われて張り切らない奴はいない。幼馴染のおれでさえそうなのだ。上木戸なんて、こう言われたらマジで命を賭けるだろう、誇張なしで。


 8時15分、チームリーダー会議は終わった。守備班はかなり人数を減らして、体育館周りを巡回する防御法で行くことになった。おれはアワサのもとに行った。あいつは、ろくに振るえないくせに斧を手にしていた。

「あ、あの、む、村尾、さん」

 あいつは言った。もごもごして聞き取りづらいいつもの話し方だ。

「なんだよ」

「え、その、あの、マユさんと、仲、良いんですね」

「まあ幼馴染だしな。他の奴よりは親しいかもな」

 おれは右手のナタを試し振りしながら答えた。

「そ、そうですね、でもあの、羨ましいです、やっぱり」

 同じクラスだけどろくに口をきいたこともなかった女が、急に口数が多くなった。マユがおれと仲が良くて、マユが羨ましいのか?あれか。昨日おれがずっと手を握ってやってたから、好感度が上がってしまったか。

 いっとくが、おれはマユとはまだ付き合ってないが、そこそこモテる。とはいえ、こんな陰気女からの好感度が上がっても困る。特にこういう奴は変に妄想膨らませて絡んでくることがあるからだ。

 だが今日を生き残りたい思いは強い。どう対応するのが一番生還に繋がるか考えてしまう。

「あのですね。とても勝手な話なんですけど」

 アワサはなにか決意したように言った。

「攻撃班、準備ー」

 チームリーダーが告げた。同時にアワサも何か言った。

「なに。なんだって?」

「え、えっと、だから、もう、はなさないで欲しいんです」

 どうやら昨日、途中からずっと手を握って離さなかったことがこいつを誤解させてるようだった。まずい、誤解を解くには時間がないし、変に臍を曲げたりされたら足を引っ張られかねない。

 おれは一番生存に繋がるのは何かを考え、結局今日のところはアワサの望みを叶えてやるのが穏当だと判断した。

「仕方ねえな。わかったよ。んじゃ離さないからお前も足引っ張るなよ」

 おれはアワサの左手を握った。ところで、アワサの手はとても小さくて、手を「繋ぐ」というよりも「握ってやる」という方が合ってる。

 アワサは少し不思議そうな顔をして、

「いいんですね、約束ですよ?」

 と言った。わかったと頷いた時、ゲーム開始のチャイムが鳴った。


 五日目の17時が来た。

 ノルマはギリギリで達成されていた。ほんとにギリギリだ。おれとアワサはほとんど休む間もなくゾンビを探して回り、狩りに狩った。ナタの刃には血ではなくオイルまみれになっていた。

 おれは体育館に飛び込んだ。さすがに今日はきつかった。マユのとこに真っ先に向かいたかったが、まず手持ちのおにぎりで腹を膨らます必要があった。

 ゲーム時間は終わったが、おれはまだマユの手を握っていた。おれはいつまで手を握っていればいいんだろう?アワサがもう良いと言うまでか?

 おにぎりを頬張りながらも、男子連中が集まってる先にマユがいるのは確実だ。そして無事だろう。マユが怪我したり死んだらしてたら大騒ぎになるはずだから。そう考えていた。体育館にいる同級生は、見る限り最初の半分くらいになっていた。今日も犠牲は出たのだ。おれも危うい場面が二回はあった。

 おれはおにぎりの最後のかけらを頬張ると、アワサの手を握ったまま、マユの元に向かった。

「今日も無事だったな」

 おれは言った。

「そうね。上木戸くんは死んじゃったけど」

 マジでか。

「まじか。あいつあんま喋らないけど、運動神経悪くない方だったろ」

「そうね、今日も頑張ってくれてたけどね。やっぱ守備班の人数が減ったし、もう四日目で疲れもあったんじゃない?あれアワサ─」

 突然の衝撃が背中を襲った。誰かにぶつかられた感じだった。続いて背中が熱くなった─痛み?

 立ってられなくなったおれは床に倒れた。誰かの悲鳴が上がる。続けて背中に衝撃。重い。痛い。

 意識が遠のいていくのがわかった。おれは霞んだ視界の隅に、斧を振り上げるアワサを見た。


〈続〉

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