「前世、ですか?」

 通いのカフェからの帰り道。明日会う友人へのお土産のケーキを片手に歩いていたら知らない男に声をかけられた。

「そう前世。」

「信じないですね⋯。」

 なぜか彼の視線から逃げられず、困惑しながらも答えた。

「君は夢がないね。」

「はあ?」

 やれやれ、と肩をすくめられる。

 急に話かけて来て、その上馴れ馴れしい態度に少しイラついた。夢がないのなんか知ってるから放っておいてくれよ。

「でもさ、ちょっと知りたくない?」

「知らなくていいですけど。」

「そう言わないでさ!」

 さっさとこの場から立ち去ろうとする僕とは対照的に、僕を引き止める彼。過去のことをどうのこうの言ったって何にもならないのだし、前世だなんて非科学的なものを僕は信じていない。

「ねぇねぇ、お願い!話だけでも!」

「分かりました!聞きます、聞きますから!」

 体を掴まれて揺さぶられたらたまったもんじゃない。仕方がなしに話を聞くことにした。

 彼は満足した笑顔で僕の手を引っ張り、先程、僕が出たばかりのカフェへ入って行く。僕らは誰もいないテラス席の一つに向かい合って座った。

「せっかくだしケーキでも頼もうか!」

「僕は結構です。」

「いいじゃん、奢るよ?」

「じゃあこのチーズケーキで。」

「うわ、高いやつ⋯」

 どうせなら普段なら頼まないような高いケーキを注文しようと思う。貴重な休日の時間を取られているのだ。これくらいならバチも当たらないだろう。

 彼は嫌そうな物言いをしながらも、笑顔で店員さんを呼んでいた。ちゃっかり自分も高めのフルーツタルトを頼んでいるあたり、お金には困っていなさそうだ。

 つい勢いに負けてケーキまで頼んでしまったが、本心としては早く帰りたい。適当に話を合わせてさっさと終わらせてしまおう。

「それで?前世ってなんです?」

「あれ、結構乗り気な感じ?」

 ここで本当のこと言ったらまたうるさくなりそうだから、とりあえず興味があることにしておく。

「ま、そんなとこですね。さっきはああ言いましたけど、自分の前世なんてそうそう知れる機会ないですし。今急ぎの用事があるわけでもないので聞いてみようかなと。」

「そっかぁ!興味持ってくれたみたいでよかったよ!」

 僕の言葉を聞いた途端、彼は顔いっぱいに『嬉しい』と書いて目を輝かせた。もしかしたら選択肢を間違えたかもしれない。

「あー、でも明日は用事あるんでそんな遅くまでは…」

「それは大丈夫、そんな長引かないからさ。」

 そう言いながら、彼は自身の上着のポケットから本らしきものを取り出した。手に収まるくらいの、薄い…手帳?

 ここまで来ていて今更だが、こんな怪しい奴、変な勧誘してきそうだな。なんかダサいネックレスとか、意味無くデカい石のついた指輪とか、借金するくらい高いツボとか買わされるんだ。それであの手帳には、売り物の説明とか値段が書いてあるんだ、きっとそうだ。

「あれ、急に警戒してどうしたの?」

「へぁ?いや、そんなことないですけど…」

「眉間に皺が寄ってる。」

 彼は自分の眉間を指差す。僕はとっさにおでこを両手で覆った。

「…なんで笑うんですか。」

「子供みたい。」

 彼は目を細め、ニヤニヤと口角を上げている。

「嫌な表情ですね。」

「そう怒らないでよ。てか敬語外さない?こっちばっか馴れ馴れしいじゃん。」

「自分が馴れ馴れしいっていう自覚はあるんだな。」

「わあ、思ってたより口調キツい。」

「僕の君の印象は会った時から変わらず失礼な男だけど。」

 何が面白いのか、彼はケラケラと笑っている。ちょうどその頃、頼んでいたケーキが届いた。

 小さなフォークでケーキを掬う。僕が二口三口食べてるいと、彼は持っていた手帳を見せてきた。

「…何、これ」

「今から君の前世を探すんだよ。」

「は?」

 手帳には各国あらゆる人種、役職、人柄が書かれていた。探すということは、この中から前世を探すということか?

 まじまじと手帳を見ていたら、彼はパタンと手帳を閉じてテーブルに置いた。

「君はどんな前世でありたい?」

 言ったところで前世は過去のことなので変わらないとは思うが、聞かれたからにはとりあえず答える。ケーキを食べ始めた彼に向かって僕は話し始めた。

「そうだな、まず君みたいな人とは友達じゃないといいな。」

「え、なにそれひどい。」

 手に負えないというか、ノリが合わないというか。とにかく友達にはなれない人種だ。

「それで…まぁそこそこ幸せがいい。あと大冒険とか、今じゃ考えられないことをしていて欲しい。」

「前世に夢見てるね〜!」

「見たっていいだろ。」

 前世という考え自体が夢みたいなものなんだし。人のことを馬鹿にする彼は、どんな立派な前世を持っているのだろうか。

「お前はどんな前世なんだ?」

「うーん…多分、商人とかじゃないかな。」

 てっきり彼はもう自分の前世を見つけているものだと思っていたから、「多分」なんて曖昧に答えれ、少し驚いた。

「多分って…自分の前世は見つけてないの?」

「まあ…。前世は自分の考えを知らなきゃだからさ。ほら、自問自答するより人に自分のこと話す方が素直になれるっていうじゃん。」

 そうなのか。でもそうすると、僕のことを彼に一方的に知られることになるわけで…あまりいい気分はしない。

「じゃあ僕が君ことについて聞いてあげるよ。」

「…君の前世が見つかってからね。」

 間があったが、とりあえず承諾は得た。

「そろそろ君の前世を探そうか。」

 手帳を開くでもなんでもなく、話の流れを変えるようにただ彼は言った。

「てか、その"探す"ってなに?この中にいますよーってこと?」

「さ、どうだろね?じゃ、はい質問!小さい頃はどんな人物だった?」

 小さい頃か…。元気な子…つまり騒がしく落ち着きがない子だとは言われていたけれど、実際どうなのだろうか。僕の子供時代を話す親の表情から見て、世話が大変だったのはよく分かる。

「覚えてないな。騒がしい子供だったかな、多分。…あと、みんなのヒーローになりたかった覚えはある。」

「ヒーロー?」

「自分は特別なんだって、そう思いたかったんだ。中学上がる頃にはさすがに目が覚めてたけどね。」

 僕は自傷気味に笑った。そういえば、これを人に話すのは初めてだ。

「ふーん⋯」

 半分気のない返事をする彼。こんなので何がわかるんだか。

 彼の顔を見ていると、前世というものが本当にあるんじゃないかと錯覚してしまう。それ程にまで、その顔は真剣そのものだった。

「どんなヒーローになりたかった?」

 どんな…


「ヒーローになりたいよね。」

「え?」

「小さい頃からの夢だった。人を助けられるようになりたいって。今この世界にたくさんの困っている人がいるのに、ここみたいな先進国の人間は楽をしているんだ。その幸せを享受しておきながら、不平等だなんて思ってる。」

「君の話?」

「さぁ。そうかもしれないしそうじゃないかもしれない。だって、君もそう思っているんでしょ?」

 その訊き方はずるい。僕だって思うけど、ここで同意したらこの先一生悩みそうだ。

 僕はもう、平凡なサラリーマンとして生きていく。世界を、人を救おうなんか思っちゃいない。

「…前世って、信じる?」

「信じないって。」

「前世と同じような人間になるんじゃないかなって、思うんだ。」

「何が言いたい?」

 なぜ言い切れるのだ、と顔に出ていたのだろう。少し口角を上げた後、彼は続けた。

「君が人を助けたかったのは⋯ヒーローになりたかったのは、誰のため?」

 …誰のため。人のためだと答えるのは簡単だ。実の所、僕は人のためなんかじゃなく自分のためになろうとしていた。

「一種の心理テストみたいなものだよ。」

 彼は自分の欲求を満たすために人を助けるのもいいと思うけど、と呟いた。

 こんな雰囲気になるなら、話を聞くだなんて言わなきゃ良かった。高いケーキをもそもそと食べながら、僕は話題を変えようと考えを巡らせた。

「今もヒーローになりたい?」

「…ヒーローになりたい夢は捨てたよ。」

「そっかぁ…。」

 彼は少し残念そうな声で言った。

 とにかく早く帰りたくて、食べかけのケーキを一気に口に入れた。その時ふと、自分の前世が明らかになっていないということを思い出した。

「ねぇ、僕の前世って、結局何?」

「ん?あぁ、そうだね。先導者みたいな、人を惹きつける様な人だったんじゃないかな。小さな組織の中で、とても支持を得ていたような。」

「根拠は?」

「教えない。強いて言うなら、さっきの話でなんとなくってだけさ。」

 よく分からないけど、彼は満足したらしく、すでにケーキを食べていることに夢中になっていた。

「…僕もう帰るよ。」

「うん、いいよ。じゃあね。」

 僕は自分の荷物を持ってそのまま店を後にした。

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