第79話 謁見
突然、帝国皇太子の勅使を名乗る幾人かの騎兵が、先触れだといって王城にあらわれた。帝国皇太子とローザリンデが、結婚の挨拶をするためにこちらに向かっており、数日中には王都に入るというのだ。
ローザリンデ、生きていたのか。そのことには内心ほっとするが。帝国の皇太子の伴侶になるというのは一体どういうことだ? 公爵家を出て行方知れずになったと思っていたローザリンデが女の身で一人、帝国まで逃げ延びただけでも驚きだが、そこからどうなったら皇太子の伴侶の座に収まるというのか。ローザリンデを名乗る偽物を利用して、結婚を足掛かりに王国を支配しようとしている? いや、自分でいうのもなんだが、そんな迂遠な策を弄してまで帝国が欲しがるほどの国ではない。それに、帝国であれば。ただ大量の兵士を送り込むだけで、この国などあっという間に攻め落としてしまうだろう。
疑心暗鬼になる私に、勅使は『結婚の挨拶であり、許可をもらいにくるのではない』ことをもう一度告げた。帝国皇太子が目上の立場で、支配者としてくることを飲みこめということか。華やかな慶事の告知の顔をして、突き付けられた刃。レオニスに、玉座は渡してやれぬか。もうしばらく、孫の代くらいまでは独立国でいられると思っていたのだが。諦観を隠して、鷹揚に使者を労って見せたのはほんの数日前のことだ。
それから、賓客を迎える準備をあわただしく行った。可能な限りの貴族を城に集め、歓迎の意を示さねばならない。敵意がないことを伝え、戦火なく降ることが、王家にも、貴族にも、国民にも一番被害が少ないはずだ。私は玉座を降りることになっても、その先で断頭台に立つ気はないのだ。
王の矜持がないという者がいるかもしれないが、自分と家族の首を城下に晒すよりは帝国に膝をつくほうがいい。帝国は、服従する者はそれなりに遇するというし、帝国の一部となれば関税のない安価な農作物などで市井の暮らしが潤うという。逆らえば戦火の挙句に農地には塩をまかれた国もあったときく。貴賤を問わず、見目や体格の良い者奴隷として連れ去られてしまうとも。だから、仕方がないことなのだと。まずは己に言い聞かせる。戦うこともせずに、支配者を迎え入れ、王から、地方の一貴族となる。卑怯者といわれても、家が絶えるよりはましだ。
主だった貴族家の当主を集め、事態を説明した。ローザリンデが病を得てレオニスの婚約者を辞したことは国内では周知あったから、その先の筋書きだ。帝国の使者がいうには、公爵領から転地療養中であったローザリンデが皇太子と出会い、結婚に至ったという。そんな御伽噺のようなことがあってたまるか。その場にいた誰もがそう思っているのがわかる。だが、帝国の勅使がいうのだ。戦をする覚悟がないのなら、物申すことなどできない。逆らえば蹂躙される。それは大陸の歴史と同義であって、その証左に自分たちがなりたいとは思えない。内心はともかく、口々に素晴らしい出会いを寿ぐことしかできない。財産をまとめて逃げ出したとしても、帝国の息のかからぬ場所など、ここよりも更に辺境でしかない。そこでこそこそと平民に紛れて暮らすよりは降爵したとしても、穏便に、帝国の新しい貴族としての椅子を確保することを誰しもが望んでいた。
そして、一行が入城した日。
「確かに、ローザリンデ嬢でした」
「そうか」
妃教育などで登城していた際に世話をしていたローザリンデをよく知る侍従が、迎賓館への案内に立って確認してきた。帝国の皇太子とは互いに大変睦まじい様子で、謀略などではなく、本当に結婚の挨拶にきたのだろうと。何がどうなったかはわからずとも、ローザリンデが皇太子の寵を受けているのは明らかになった。ここから、私に取れる手は。『皇太子の愛するローザリンデの生国』として、可能な限りの譲歩を引き出すことか。
ローザリンデは馴染みの侍従にも特に勘気を示すことはなく、以前のように、以前以上に朗らかに案内の礼をいったという。婚約破棄やレオニスの不貞について、咎めだてする気はないのであれば、こちらとしては都合が良いが。あれは人のよい娘だ。本人であるのであれば、私と王妃で詫びをいれ、その上で帝国と上手いこと橋渡しをしてもらいたいと頼むこともできるだろう。私は早速、帝国皇太子への挨拶の前に、内々に王家としてローザリンデの無事の帰国を労いたいと申し入れをした。
騎士団からの報告では、王都に入ったのは皇太子一行と護衛の一団であるが、国境のすぐ外には大陸最強といわれる帝国兵が大挙して陣を張っているという。王都郊外にも城には入りきらなかった歩兵を中心に野営をしている。行軍の様子は大変秩序立ち、引いてきた荷駄で食糧を賄い、略奪などは全く行われていない。
多すぎる人数はともかく、あくまでも結婚の挨拶にきた皇太子の護衛として友好的に振舞っているとのこと。周囲の住人は、兵士への嗜好品販売目的で軍を追ってきた帝国の商隊に生鮮物を納め、代価として帝国の産品を手に入れてお祭り騒ぎになっているそうだ。全く、平民は気楽なものだ。事の推移によっては自分たちが犠牲の羊になることなど考えもしないのだろう。いずれ、帝国が大陸を統一するのは想定していたことだ。国名が地方名になろうとも、この地を麦の実らぬ荒野にするわけにはいかない。私が最後の王となろうとも。
そして翌日。ローザリンデは旅の疲れが出て休養を取る、と皇太子の従者に告げられ。私だけが皇太子との謁見を許された。私の城で、私が謁見の許しを得る立場になったのだと乾いた笑みが漏れてしまった。
戴冠式など、特別な場合にだけつける初代国王から受け継がれているという王冠と、白テンのマントを身に纏い、迎賓館の応接室へ向かう。言い募る護衛や従者を扉の前に置いて、私は一人入室した。私の城だというのに。怒りと虚しさは貴人の顔に隠す。支配者然として、上座に座るこの若い男が、帝国の皇太子。青紫の瞳。あれが世にいう“インペリアルブルー”か。実際にこの目で確かめたくはなかったが。
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