第49話 計画
食後の一休みをしてから、私たちはぶらぶらと屋台を見て回った。その場で食べられるようなものから、食材、衣類や雑貨など、いろいろなお店が出ていて、そぞろ歩きながら眺めるだけでも楽しい。とある店の前で、ノルド様が立ち止まった。
「ローリ、何か好みのものを選ぶとよい」
品台を見ると、髪飾りやリボン、刺繍の入ったハンカチのようなものがたくさん並んでいる。
「串焼き屋の店主がな、このような時には何か土産を持たせるものだといっていた」
「お土産、ですか?」
「ああ。髪飾りか何かを買ってやれと。屋敷に商会を呼ぶほうがいい品が買えるといったのだが、こういうときはそこでしか買えないものを贈るのが気の利いた男だそうだ」
お皿を返しにいったときに何かいわれていると思ったら、おかみさん! お貴族様になんということを。
「そうだよ、お嬢さん。なんか買ってもらうといい。なんなら一つといわず、二つ三つ選ぶといいよ」
小物屋さんの店主までのっかってきた。
「そうだ、店ごとでも構わぬぞ」
「坊ちゃん、景気がいいねえ」
ありがたいや! と店主が陽気に囃したてる。こうなると、何も買わないという選択肢はない。
「では、そのピンクのリボンを一つお願いします。少し髪が伸びたので、まとめるものが欲しかったのです」
ありがとうございます、と御礼をいうと、ノルド様が頷いた。
「店主、そこの水色とオレンジももらおう」
「まいど!」
口をはさむ間もなく、店主がリボンをクルクルと丸めだす。
「さあ、この巾着はおまけだよ」
手のひらほどの、刺繍の入った可愛らしい巾着にリボンを詰めてくれた。
「ありがとうございます」
巾着を受け取って、改めてノルド様に御礼をいった。ノルド様は、何も言わずにまた頷いた。
アイテムボックスに、公爵家から持ち出した髪飾りやリボンはたくさん入っているけれど、市井で日常的に使えるようなものではない。それに、フロレンツィアと被らないためにか、王太子の婚約者という立場のためか。どれも色が地味目だった。本当はこういう綺麗系の色も欲しかったのだ。
それから、乗合馬車の発着所や噴水広場などを見て回り、少し外れのところに待っていてくれた馬車に乗ってマクラウド家に帰ってきた。応接室で、またノルド様とテーブルを囲んでいた。騎士様二人も、街を歩いているときはどこに紛れていたものかわからなかったけれど。いつの間にか馬車にいて、応接室ではまた、壁に同化して護衛任務をこなしている。
「今日は本当にありがとうございます。街をいろいろ見て回れて楽しかったです。お土産も買っていただいて」
「せっかく市井の暮らしに馴染んできたのだから、街も知っておいて悪いことはない。だが、一度行ったからと一人で出歩くのはよくない。今後また街歩きをする際には必ず誰かと出るように」
「心得ました」
素直に同意する。貴族令嬢っぽくなくなっても、それなりの服装をしている女性の一人歩きは危ない世界だ。
「遠からず、また顔を出すつもりだ。その時はブチ馬も連れて、少し街を出てみよう」
たまには広いところを走らせてやらねばな、とノルド様がとても真面目な顔でいう。やはり、馬が好きなんだなと思った。
「ありがとうございます。タビーも喜びます」
この屋敷にも馬はいるが、おじいさまや使用人が使う馬車を引くのがもっぱらで、鞍をつけて乗る人がいない。さすがに私一人でタビーを敷地の外で走らせるわけにもいかず、最近は馬場をぶらぶら歩くくらいで運動不足を心配していたところだ。ノルド様と一緒なら、騎士様たちも何人かくるし街の外に出ても問題ないだろう。
そんな風に、いつとはっきりしなくても、なんとなく次の約束を取り付けてしまった。なによりタビーが喜ぶことなので、これは是非早く実現すればいいなあ。
もう会うことはないなんて思っていたくせに、我ながら現金なものだ。
「嬢ちゃん、街はどうじゃった?」
扉が開いて、おじいさまが入ってきた。私の隣に腰をおろす。
「はい、屋台や噴水広場に連れて行っていただきました。いろいろなお店が出ていて、とても賑やかでしたよ」
「この街は立地から貴族が寄り付かないからな。昔から手軽に商売ができる屋台が盛んなんじゃ。わしも嬢ちゃんくらいの歳の頃には、店を出したものよ」
「おじいさまがですか?」
「じいさまが屋台をやっていたとは、初耳だ」
「わしだって最初から会頭だったわけじゃない。後を継がせてもらまでには、行商も屋台もいろいろやったもんだ」
それから、おじいさまの修業時代の話をきいた。行商で各地を回り、土地土地の名物を食べたり。大豊作で安く仕入れた野菜を運んでいる最中にダメにしてしまって大損をしたり。
「まあ、若気の至りじゃなあ」
そんな言葉とは裏腹に、おじいさまは穏やかな微笑みを浮かべて満足そうに話す。楽しそう。お店屋さん、憧れるよねえ。“私”は学生時代に塾の先生をしていた。時給が飛び抜けてよかったからだ。でも、本屋さんとか、喫茶店とか、ケーキ屋さんとか、雑貨屋さんとか。そういう『お店の店員さん』も、本当はやってみたかったのだ。フリーマーケットもやってみたかった。
「私、屋台のお店をやってみます」
「ローリ?」
「嬢ちゃん?」
ノルド様とおじいさまが、声を揃えて驚いている。
「ずっと考えてはいたのです。このままお世話になっているだけじゃ申し訳ないって。刺繍を売ろうかといろいろ作りためてはいたのですが、せっかくだから業者さんに買い取ってもらうのではなく、自分で売ってみたいなって……」
そこまでいって二人の様子を伺うと、ノルド様は心配そうな、おじいさまは嬉しそうな顔をしていた。
「ローリ、お前はオレの恩人なのだ。滞在費など気にすることはない。いつまででも気兼ねなく、のんびりと暮らして構わないのだ」
「いえ、お金のことだけではないのです。今日ノルド様に街に連れ出してもらって、私もあんな風に仕事ができたらと思ったのです」
ノルド様は思案気な顔をしている。遊び半分と思われてしまっただろうか。
「ローリ。お前の事情は詮索せぬが、あまり人目につかぬほうがよいのではないか?」
私は小さく息を呑んだ。遠く離れた帝国の、貴族は寄り付かない庶民の宿場街。ここでなら大丈夫かと思うのだけど、そういわれると不安になる。
「やりたいと思うことがあるなら、やってみたらええじゃろ。週に一日か二日、半日の時間貸しなら費用もさほどかからんし。刺繍物だけじゃなくて、あのクレープとやらも売ってみたらどうじゃ?」
屋敷の中で作って屋台で売るだけなら手間もないぞ、とおじいさまがいう。そうか、刺繍にこだわらず、屋台のスペースに置けるものを何でも売ればいいんだ。フリーマーケットみたいでますます楽しそう! 不安はあるけど、でも。
「私、やってみます」
「せいぜいがんばれ。だが、マクラウド商会の看板は貸さんぞ」
おじいさまがいたずらっぽく笑う。反面、ノルド様は、難しい顔をしたままだった。
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