第47話 再会
「髪が少し伸びたな」
「はい、あの、こちらでとても良くしていただいております」
「そうか。元気そうでなによりだ」
私のずれた返答に、ノルド様は気にした風もなく微笑んだ。
今日は、私をこの街に送り届けてくれた二人の騎士様が立ち寄るときいていたのに。応接室に入ったら3人の男性が、ノルド様がいた。湖からの旅の時とは違って、他の二人の騎士様と同じ制服を着ている。不思議そうに見ている私に気づいたのか。
「ああ、これは、ここいらの街道を巡回警備する騎士達の制服だ」
帝都の周辺をうろつくにはこれが一番無難なのだ、とノルド様がいった。
「さようですか」
いや、不思議なのは制服のことではなくて……。
ちらりと他の騎士様に目をやるけれど、壁の一部になったかのように何の反応も示さない。この前はあんなによくしゃべっていたのに。一人はドアの横に、一人は窓側に立ってすっかりと“護衛”になっていた。
「いつまでも立ち話しておらんで、そろそろ座ったらどうだ?」
「おじいさま」
「じいさまも元気そうだ」
「ほんの数か月でそうそう老けてたまるもんかい」
おじいさまに促されて、私とノルド様はティーテーブルについた。
「わしはメリンダを呼んでこよう」
「では、私が」
腰を浮かせた私に、おじいさまが小さく手を振った。
「嬢ちゃんはええから、坊主にお茶でもいれてやれ」
そういって、スタスタと部屋を横切っていく。パタン、と扉が閉まる。4人も人がいるのに、部屋がシンと静まり返ってしまい、なんだか気まずい。
「じゃあ、お茶を入れますね」
結局立ち上がって、部屋の隅に用意してあったワゴンに向かった。護衛中の二人が椅子に座る気配はない。かといって二人分だけ用意するのもどうかと思い、4人分のお茶を準備する。
まずはノルド様のテーブルにお茶を二つ置いた。
「あの、騎士様方」
立ったままの二人に声をかけると、今日初めてニコリと笑ってくれた。
「我々はあとでいただきますから」
そういって、また壁に同化してしまう。
「ああ、これはカスタードクレープか。湖で何度かだしてくれたな」
ノルド様はお茶菓子を見て、懐かし気に目を細めた。
「今日は、お持ち帰りできるようにたくさん準備してありますので」
「そうか、ありがたい」
破顔したノルド様にも驚いたけれど、“ありがたい”にもびっくりだ。前に“すまない”はきいたけど、結局“ありがとう”はきかなかった。随分と人当たりが柔らかくなった印象を受ける。
ノルド様はお茶を飲むと、お菓子を口にした。
「ああ、この味だ。オレはいろいろな菓子を口にする機会があるが、このクリームはお前が作ってくれたものしか食べたことがない」
「こちらは生家のほうで……」
語尾は濁しておく。前世の生家の話だからね。
「湖にいた頃はいろいろ食べさせてもらったが、どれも美味かった」
ノルド様が私を見て、柔らかく微笑む。こんな風に笑う人だっただろうか? 少し子供っぽいところもあった印象が、すっかりと抜けてしまった気がする。元々とても容姿の整った人なだけに、こんな風にされるといたたまれなくなってしまう。綺麗な青紫の瞳が私を見ている。
「恐れ入ります」
私も微笑んで、それからさりげなくお菓子の皿に目を移した。動揺を隠すために、お菓子を口にしたけれど。なんだか飲み込みにくい。公爵令嬢だった頃。殿下とは毎月、5年間もお茶会をした。リアル王子を相手に合計60回だ。あの時は上手く振舞えていたのに。なんでノルド様相手だとこんなに緊張してしまうんだろう。
ノルド様が笑ってくれているのに、私のほうがこんなのではダメだ。今日は私が御礼をいう立場なのだから。カップに隠して、小さく深呼吸をする。ノルド様は気にした様子もなく、嬉しそうにお菓子をつまんでいた。お菓子をたくさん準備しておいて本当によかった!
私が心を落ち着けて気合を入れるまでの少しの間。静かな部屋に、茶器や食器の小さな音だけが響いていた。
「今日は騎士様がお二人いらっしゃると聞いておりました」
カップを受け皿に戻すのをきっかけに、私は口を開いた。
「ああ、オレは今訓練場にいることになっているのだ」
「予定を偽って抜け出していらしたのですか?」
思わず、少し咎めるような口調になってしまった私に、ノルド様はカラリと笑った。
「シュヴァルツたちが上手くやってくれているはずだ」
だから今日はシュヴァルツさんがいないのか。護衛騎士なのに大丈夫なんだろうか? という、疑問が顔に出ていたようだ。
「すまない、心配をかけたか。お前ならこの街でも上手くやっているだろうと思っていたが、どうしても気になっていたのだ。許せ」
元気な姿を見られて安心したぞ、といわれては。ありがとうございますと答えるしかない。そして、私はもう一度気合を入れる。
「あの、ノルド様。私はこちらの家で本当によくしていただいて、おじいさまも本当に優しくしてくださって。家政婦長には言葉遣いだけでなくお料理も教えていただいて」
そこまでいってようやく目線を上げると、ノルド様とまた目があってしまった。
「そうか、では今度はその料理を食べさせてくれ」
「あの、いえ、そうではなくて……」
私はまた目を伏せてしまった。“だからもう大丈夫なんですよ”と、続くはずの言葉が行き場を失った。
「湖で作ってくれた料理でもかまわぬ。ローリは菓子も美味いが料理も美味いからな」
青紫の瞳が、柔らかく私を映している。
顔に熱が集まってくるのを感じる。もう会うことはないと思っていた。私はマクラウド家の居候で、ノルド様は高位貴族で。今日、騎士様に御礼の品を渡して、それでもうおしまいだと思っていた。“また会えますか”なんて図々しくいってしまった黒歴史は、時間の経過とともに羞恥心が薄れていくまでお布団にくるんでごまかしていこうと思っていたのに。
なのに、突然現れて。驚く暇もなく、私が考えた“ノルド様との適正な距離”を、本人が簡単にひらりと飛び越えて目の前で微笑んで見せる。マクラウド家という拠り所を作ってくれた人。それだけでも感謝しなければいけないと思っているのに。当り前のように“次の約束”を差し出してくれる。
私は殿下と婚約者だった頃、60回もお茶をしたけれど、自分たちで“次の約束”をしたことは一度もなかった。毎月、定められた予定に従ってお茶のテーブルにつくだけで。貴族らしく流行りの店やお菓子の話題がでることはあっても、それは本当にただの話題に過ぎず、一緒に行こうとか、一緒に食べようとか、そんな風になったことはなかった。いいのだろうか、“次の約束”をしても。高位貴族のノルド様と、今は公爵令嬢ではない、出自のしれない私が。
「ノルド様がご迷惑でなければ……」
私はずるい返事をした。自分で決めずに、そのまま投げ返してしまった。
「何が迷惑なものか、また美味いものを楽しみにしておく」
ノルド様はふわりと笑った。
「ローリこそ、迷惑でなければまたカスタードクレープも作ってもらいたい」
そういって、チラリと目線が流れた先には、すっかり空になったノルド様のお皿があった。
「ふふっ」
思わず笑ってしまった私に、ノルド様は一瞬目を見開いたあと、つられたように破顔した。難しく考えなくてもいいのかもしれない。ノルド様は高位貴族だけれど、ここでこんな風にお茶をしたりする分には、森で過ごした頃とおなじようなものなのかもしれない。
「お菓子のお代わりをお持ちしましょう」
私は椅子から立ちあがった
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