第36話 同担

昨夜の晩御飯に続き、お昼ご飯も、ノルド様を挟んでヴォイドさんと並んで座っている。シュヴァルツさんはやはり、ノルド様の少し後方に陣取っていた。ヴォイドさんの視線が少し厳しい気がするのは、私だけが畳んだ毛布の上に座っているからだろう。だって、ノルド様もシュヴァルツさんも! “女は体を冷やしてはならない”っていうから。ノルド様と、シュヴァルツさんも!


これで、午後も頑張れる。集団での移動は安心感があるけれど、それと同時に“遅れないように”、“はぐれないように”という緊張感が伴う。タビーが角砂糖を喜ぶように、私にもご褒美が必要なのだ。


あらかた食事も終わった頃、別の偵察隊が戻ってきた。ノルド様になにやら報告をしている。ヴォイドさんとシュヴァルツさんと少し話し合い、方針が決まったようだ。ヴォイドさんは席を立ち、騎士達に指示をだしにいった。


「ローリ、この場所は街道からそれほど遠くない。街道に出て道なりにいけばこの辺りで一番大きな街にでる」

「湖からそう遠くないのですね」

「ヴォイド達は秘密裏にオレを探しながら移動してきたから時間がかかったが、本来はそう遠くない場所のようだ」

「なるほど」

私は頷いた。私にとっては短い行軍になりそうだ。


「だが良くない報告もある。先ほど戻った偵察隊によると、その街は今異常に警備が厳しくなっているようだ。門を守る兵士が増え、入門を待つ長蛇の列ができていると。理由はわからない」

「そうですか」

「街道を横切り、もう少し山中を進むとそれほど大きくはない町がある。帝都から一つ目の宿場町になるが、馬車や馬で移動する貴族は素通りするゆえ、商人や平民ばかりで今の我らには都合がよい。そちらを目指そうと思う。かまわぬか?」

「承知しました」


そう応えると、ノルド様は少し表情をゆるめた。私が“一人でも一番近い街に行く”といいださないか、心配してくれていたのだろう。公爵家の追手ではないと思うけれど、万が一ということもある。商人や平民ばかりの町があるならば、そのほうが私にも都合がいい。


「では、そろそろ出発する。体調は大丈夫か?」

「はい、ゆっくり休ませていただきました」

「そうか、くれぐれも無理はするな」

私はニコリと微笑んで見せた。


それから程なくして、街道にぶつかった。辺りの様子を伺って、ひと気のないことを確認してから一気に横切っていく。ここからは森というほどではなく、林の中を移動していった。先ほどまでより木の密度が下がり、日差しが差し込んで視界も明るくなった。


順調に移動して、まだ日が傾かないうちに、先行していた偵察隊が野営地を確保したと戻ってきた。小さな川のそばに、開けた場所があるそうだ。今夜はそこで一泊することになった。


薪がそんなに確保できなかったので、スープを作ることはできなかったけれど、お湯を沸かしてみんなで温かいお茶を飲んだ。やっぱり温かいものを飲むとリラックスできる。騎士達が木に天幕をかけて、テントのようなものが作られた。ヴォイドさんから突き刺さる視線を浴びながら、私がその天幕で寝かせてもらった。


ヴォイドさんにしてみれば、せっかく迎えにいった主を快適に寝かせてあげたいだろうに。すごく申し訳ない気持ちはあるのだけれど、やっぱりノルド様とシュヴァルツさんが“女性が使うべきだ”といってくれたので。私も知らない男性の集団と野宿をするのはやはり怖かったから、ここはお言葉に甘えさせてもらった。布一枚でも、あるとないとではやっぱり安心感が大違いだよ。


ノルド様とシュヴァルツさんは、自分たちの分の毛布まで私に使わせようとしてくれて。そうすると、他の騎士の皆さんも上司を差し置いて毛布を使うことが憚られたのだろう。私の前に、ものすごい量の毛布が山積みされてしまった。部下の騎士道精神を喜ぶかと思いきや、ノルド様はとても実利的な良い上司だったようだ。



「明日の移動もある、皆は自分の毛布を使用して休み、しっかり疲れをとるように」

そういって、騎士の皆さんの毛布を返してしまった。私もノルド様とシュヴァルツさんにしっかり休んで欲しいので、毛布を返したいといい募ったのだけれど、そこは却下されてしまった。二人はマントを被って寝るらしい。アイテムボックスには寝具はたくさん入っているので、天幕に入ってしまえばいくらでも出せるけれど。断り切れずにお借りすることになった。


「オレはシュヴァルツたちと天幕のすぐ外にいる。ブチ馬も、天幕の隣の木につないである。何かあればすぐに声をあげるように」

「お気遣いありがとうございます」

「女の身で野営をさせてしまって、すまない」

「いえ、私こそ天幕を使わせていただいて恐縮です」

「よい、明日もある。しっかり休め」

「ありがとうございます」

天幕を潜ろうとしたら、ノルド様が幕を持ち上げてくれた。女性に対する扱いがとても丁寧なのは、身分の高さのせいだろうか。もう一度お礼をいうと、“良い夢を”、と就寝の挨拶をもらった。


私は二人分の毛布の間にこっそり布団を敷いて、自分の毛布をかぶる。寒い時期ではないけれど、地面は底冷えするだろうに。


守役のヴォイドさんの苦虫をかみつぶしたような顔や、自分の分の毛布も差し出す護衛騎士のシュヴァルツさん。幼少期からノルド様子のそばにいたという二人の行動の差を見るに。


“女は体を冷やすものではない”。ノルド様にそう教えたのは、おそらくシュヴァルツさんだろう。スラリとした美形、絵に描いたような貴公子のノルド様と、マッチョで騎士を通り越して戦士のようなシュヴァルツさん。見た目は全然似ていないのに。二人とも無表情に、素っ気ないくらいの声で口をそろえていう様はとても似ていて。私は微笑ましい気持ちになった。


無表情な若きシュヴァルツさんと、やっぱり無表情な幼いノルド様を思い浮かべる。ちょっと、未来からきたロボットに守られる未来の指導者っぽいかもしれない。大体にして、どうみても高位貴族のノルド様が、野営のためとはいえ料理をしたり、かまどを作ったり、馬の世話までできるのはおかしい。


私ができるのは、“私”の記憶が蘇ったからであって。その前の私は、そんなことをやろうとか習おうとか思いもしなかった。これまでの自分の周囲で考えても、殿下も、次期様と呼ばれた兄も、そんなことを習ったとか、できるとかいう話はきいたことがない。


でも、シュヴァルツさんならば教えそうに思える。“生き残るためには、剣を振れるだけではダメだ”とかいって、貴公子においもの皮むきやかまどづくりを教える。いかにもシュヴァルツさんらしい。真剣に取り組むノルド様を見て、困った顔をするヴォイドさん。そんな様子が簡単に想像できてしまう。


同じように、女性に優しく振舞うことも教えられたのかもしれない。少し古風にも感じるけれど、悪い気はしなかった。今まで身近にいたリアル王子様にもリアル小公子にも、そんな風にされたことがなかったからね! あの二人は、私以外にはそんな風に優し気に振舞っていたのだろうか? エイミーさまとか、フロレンツィアとか。まあ、今さらだけど。


子供の頃につけてもらった愛称をあれだけ大事にしているのだから、ノルド様もきっと、シュヴァルツさんが大好きなのだ。私は同志を見つけることができて、とても嬉しかった。“私”の頃には得られなかったのに、世界を超えて出会った「同担」。いつか語り合い、盛り上がりたい。密かな野望を胸に、私は目を閉じた。


私はその日、馬にまたがったシュヴァルツさんが、今の半分くらいの大きさのノルド様を乗せて、剣を掲げて駆けていく夢をみた。サングラスはかけていなかった。

デデンデンデデン。

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