第33話 前夜

「さて、怪しまれない程度に手荷物をまとめないと」

私は小さなマイルームを見渡した。


今日は彼のお迎えの人達がきたので、夕食も外でキャンプディナーとなった。手持ちの一番大きなお鍋が大活躍している。私もご相伴に預かった。お昼はお鍋を見張っている時にお迎えさん達がきたので、結局食べそこなっていたから。夕飯のスープはお腹がにしみた。



いつもは昼間だったから、日が落ちてから囲む焚火は初めてだった。日中より気温が下がることもあり、火のありがたさを一段と感じられる。私はなんと、彼の隣に座っていた。部下が二人いるのだから彼の両脇に座ればいいいとご辞退申し上げたのだが、シュヴァルツさんは護衛騎士なので、隣には座らないそうだ。


彼の少し後ろで、辺りを警戒するように立っている。騎士の何人かもそうしているのだからシュヴァルツさんは休んでも問題ないだろうに。一日馬で移動して疲れているはずなのに、そんな様子は全く見せない。疲れを知らない男なのか。皮を切ったら中から超合金の骨格がでてくるんじゃない? やっぱり裸で時を超えてきたのだろうか。そう考えてしまうほど、シュヴァルツさんは“中の人”によく似ていた。


短く切り揃えられた金茶の髪、服の上からもわかる、長身を包む筋肉。顔も、無口なところもとてもよく似ている。顔や体格が似ているから、やっぱり声も似ている。“中の人”よりテレビの吹き替え版の人に寄っているところも私好み。


主人を守ることを最優先に、休むことを知らない男。映画やテレビでしか見たことのなかった人に、まさか異世界で出会えるなんて。いや、本人ではないけれど。もしかして、と一縷の望みをかけて、“マルスという人を知っていますか?”と訊いてしまった。知らないと答えられた。まあ、当然だよね。そこまでご都合主義ではないよね。


でも、すごい幸運だ。家から逃げてようやくたどり着いた湖で。何の因果か、他人様から狙われて行き倒れるような人と出会ってしまったけれど、その結果がこれならば悪くない。私は自分の幸運を噛みしめながら、ゆらゆらと夜を照らす焚火を見ていた。その時。


「ローリ。我らは明日、ここを発つ」

焚火を見たまま、彼がいった。

「はい、貴きお方」

みんな準備してるもんね。私もおいもを一箱提供した。どうしたんだろう? なんだか思いつめたような顔をしている。昼間は“すまない”といわれたけれど、夜は“ありがとう”といってくれるのだろうか? 身分の高い人は、御礼一ついうのも大変な覚悟がいるのかもしれない。そのまま待っていたけれど、結局彼は何もいわなかった。なので、私が切り出した。

「貴きお方、明日出発する皆様に、私も同行させていただけませんか?」、と。


訓練された騎士の集団に私を混ぜてもらうのは、いろいろ面倒だし行軍を遅らせたりすると思う。かなり迷惑なことだろう。それでも、この集団にくっついて行けば安全にどこかの町までたどり着けることが確実なのだ。このチャンスを逃すわけにはいかない。


私を振り向いた彼が、驚きを顔に張り付けている。

「騎士様方の移動にご一緒するなど、足手まといになるのは承知です。ですが、安全に町まで行ける機会をいただけないでしょうか?」

「かまわぬ」

「主、それは」

「オレがかまわぬといっている。控えよ、ヴォイド」

「御意」

ヴォイドさんが頭をさげた。


「では、ローリ。明朝までに荷物をまとめよ。ブチ馬なら問題ないと思うが、積めぬ物があれば都合するからいうとよい」

「ありがとうございます!」

せっかく再会できた主従に、少し気まずい思いをさせてしまったかもしれない。ごめんなさい。


「それで、ローリ」

彼は小さく咳払いをした。

「我らと同行するにあたって、一つ従ってもらいたいことがある」

「私でできることであれば」

どんな指示だろう。行軍のことはわからないけれど、がんばらなくては! 私は気持ちを引き締めた。


「何、簡単なことだ。オレのことは、今後名で呼ぶように」

「はい?」

一瞬意味が理解できずに、声がひっくりかえってしまった。

「主……」

彼の向こう側から、少し低い声が聞こえてくる。

「おかしなことではない。これから移動するにあたり、我ら以外の人間ともかち合おう。その時に、お前がオレを“貴きお方”などと呼んでは都合が悪いのだ」

「なるほど、確かに」

私は納得した。


「しかし、お名前でお呼びするというのはいかがでしょうか? 他の皆様と同じようにお呼びしてはいけませんか?」

「オレはお前の主ではない」

それまで、少し得意げにも見えた彼は、気を悪くしたようだ。家臣ではない者に主呼ばわりされたくないか。ああ、お貴族様面倒臭い。


「名を呼ぶことをなぜそれほどまでに厭う? シュヴァルツのことは普通に読んでいたではないか」

「シュヴァルツ様はご家名でございましょう? 貴きお方の御名をお呼びするというのは、山出しの娘には不相応でございます」

「ならば家名ならばいいというのか?」

「主!」

「……わかっている」

ヴォイドさんの鋭い声が飛んできた。ですよね。正体不明の女にどこぞのお偉いお家の名前なんて教えられませんよね。わかります。不満そうなのは彼だけだ。


「どこに耳目があるかわかりません。ご家名だけでなく、御名も伏せるべきと存じます」

私はヴォイドさんの味方ですよー。

「では、ノルドと呼ぶことを許す」

「主……」

「ヴォイド、オレが決めたことだ」

「御意」

「ローリ、よいな」

「承知しました」


額に手をあてて、一気にくたびれてしまったヴォイドさんを振り返ることもなく、彼、改めノルド様はご機嫌麗しく焚火に薪を放り込んだ。

「これは子供の頃にシュヴァルツがつけてくれたのだ」

シュヴァルツさんが! それは羨ましい。

「とても良い御名ですね」

「シュヴァルツの父祖の地で、海狼という意味になるそうだ。強い男の代名詞だ」

とても自慢げな様子。余程お気に入りなのだろう。まあね、わかります。私だって、もしもシュヴァルツさんがつけてくれるというのなら自慢にしちゃうね。無表情な中にも喜色を滲ませている彼を、私は少し微笑ましく思った。



そんなキャンプディナーを終えた私たちは小屋に戻った。騎士の皆さんは小屋周辺で野営。彼はいつものベッド。お付きの二人は彼のベッドの周りで寝るとのことだ。小屋内の人口密度があがって少し違和感があるけれど、今日一日のことだ。私の自室には鍵もついているから大丈夫。


「それでは、自室に下がらせていただきます」

私は三人に向かって頭をさげた。

「明日はお前には少し厳しい行程となるだろう。よく休むように」

「はい、おやすみなさいませ」

「ああ、良い夢を」

「ありがとうございます、ノルド様も」


そんなわけで、私はいま荷物をまとめている。彼が出発したらタビーとのんびりしたいと思っていたけれど、町に確実に行けるルートを確認できる機会を逃したくはなかったのだ。いつかは行こうと思っていたし、自力で行こうとしてまた迷子になってしまうのも困る。いつでも運よく開けた湖のそばにでられるとは限らない。一度ルートを確認して、また小屋に戻ってからのんびりすればいいのだ。狙われて行き倒れた彼の単独行についていくのは無謀だけど、騎士の集団ならば森の獣も避けるというものだ。いざとなればシュヴァルツさんも強いと思うし!


いや、シュヴァルツさんがいるからではないよ? まあ少しは、ね。馬に乗って移動するところが見たいとか。剣を振っている姿が見たいとか。そんな下心はもちろんないわけないよ? あわよくば住んでるおうちの場所を確認しておけば、これからもまたには見かけることくらいできるかも、くらいは思っている。だって、そっくりなゲームアバターを作って何年も育ててしまう程度にはファンだし。それが動いてしゃべって、戦っているところも見られるかもしれないとなれば欲もでるというものだ。


意外にも、一番近い町まではそう遠くないという。ただ今回は訳アリなので、森を抜けたあとは街道や人目を避けて山中行軍になるそうだ。大丈夫、タビーならば頑張ってくれる。私も身体強化をかけて頑張る。


私は、アイテムボックスを持っていることがバレないように、でもタビーに負担がかからない荷造りを心掛けた。


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