第21話 GIRL MEETS …
それからしばらく、私たちはこれまでの暮らしを、公爵家でのあれこれや逃亡劇を忘れて静かな時を過ごした。朝の光で目覚め、湖の周りを歩いたり、畔に座って公爵家から持ち出してきた本を読んだり。タビーと湖周辺の探索にもいった。木の実をとったり、タビーの好みの草を探したりした。もちろん、魚を釣って食べもした。人の来ない湖のようで、枝にひもを結んだだけの釣り竿でも簡単に釣り上がった。17年振り?の塩焼きは最高においしかった。
「もう、このままずっとここにいてもいいかもしれない」
今日も、草地に寝転んで湖を眺めていた。
タビーと二人なら公爵家から持ち出した食糧と、この森の恵みで10年だって暮らせるだろう。庭師の小屋の中にあった花や木を植えれば楽しいかもしれない。肥料も道具もある。落ち着いたら近くの町や村を探しにいってもいい。暑くなったら湖で泳ぐのも楽しそうだ。
ここには『しなければいけないこと』がない。時間に追われることもない。静かで、穏やかな時間が流れていた。
と、鼻づらで頭をつつかれる。
「タビー? どうしたの? ブラシをかけて欲しくなった?」
体を起こして振り向くと、見知らぬ黒い馬が息を弾ませていた。
「タビー? じゃないよね?」
一瞬、どこかで泥浴びでもしてきたのかと思ったが、その馬は手綱に鞍、あぶみといった人を乗せるための一式を身に着けている。
「あなた、どこから来たの?」
黒馬はブルルと首を振った。案外近くに街道や宿場があるのだろうか? そんなことを考えていると、ドカドカと小さく地鳴りのような音がする。タビーがこちらに向かって駆けてきた。スピードを緩める気配がない。
「タビー! 危ないわ、止まって!」
タビーはそのまま、黒馬と私の間に割って入り、くるりを身を返した。黒馬に向かって後ろ足で立ちあがり、馬体をぶつけていく。黒馬は応戦する力はないようで、後ろによろよろと下がっていった。
「タビー、ありがとう。守りにきてくれたのね。私は大丈夫だから」
大丈夫と繰り返し、肩のあたりを撫でるとタビーも落ち着いたようだ。それでも、四つ足で踏ん張るように黒馬を見て、ブルルといななきをあげた。
黒馬は何度も前足で小さく地面を掻いたり、ヒヒンと鳴いている。
「ねえ、タビー。あの馬、随分弱っているみたいじゃない? それに、鞍がついてる。乗っていた人はどうしたのかしら?」
私の言葉を理解したように、黒馬は湖から遠ざかるほうに歩きはじめた。そして、止まって私を振り返る。それを何度も繰り返す。
「タビー、ちょっと行ってみましょう?」
私たちがここにたどり着くまで、何日も森の中を歩いた。アイテムボックスでもなければ、必ず途中で物資がつきているはず。追手とは思えないけれど、状況の確認は必要だ。
「大丈夫、タビーがいてくれるから。いざとなったら、また逃げようね」
タビーは応えるように、少し首を下げてくれた。鼻づらをひと撫でして、周囲の様子を伺いながら、ゆっくりと黒馬のあとに続いた。
湖から少し離れ、草地が途切れた森の入り口から少し入った辺りで黒馬が地面近くに鼻づらを摺り寄せている。明るいこちら側からははっきり見えないけれど、黒馬の足元が少し盛り上がっている。
「人が倒れている…」
空の鞍を見たときから覚悟はしていたけれど。タビーとゆっくりと近づいていく。黒馬に何度顔を寄せられても身動き一つしない人影は服装や体つきから男性のようだった。
「まさか公爵家の追手?」
もう少し近づいてみる。森を移動中にあちらこちらにひっかけたのか、破れたりほつれたりしてはいても随分と仕立ての良い身なりをしているようだ。足元は乗馬靴でない。さぞ乗り難かったろうに。背中には赤い内張の黒いマント。銀糸で細かく刺繍されている。騎士どころではない。どこかの貴族、それもかなりの上位だろう。とりあえず追手ではないようだ。そのことに胸を撫でおろす。だが、ここに新しい問題が発生した。
「この人、どうしたらいいと思う?」
タビーが答えてくれるはずもなかった。
どことも知れぬ森の湖の畔、立派な黒馬であらわれたやけに身なりの良い男性。追っ手ではないにしても、どうにも面倒ごとの気配しかしない。どうやら私たちの平穏は
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます