第17話 公爵家の長女だった

地下への入り口で執事から警備の騎士に引き渡された。これまで入ったことのない扉の向こうへ進み、また一つ扉をくぐるとむき出しの石壁に変わった。階段を下っていくと空気がひんやりとしていく。高く、明り取りの窓や壁際にいくつかの篝火もあるけれど薄暗い。

「ではお嬢様、こちらにお入りください」

いくつか並ぶ扉の一つが開かれた。ちょうど目の高さ当たり、頭程の大きさが切り抜かれている。


「こちらで靴をお預かりします」

私はその場で靴を脱ぎ、逆らうことなく扉をくぐった。背中で扉が閉まり、錠の落ちる音がする。寝台の上で靴を脱いだ時は解放感があったけれど、冷たい石床の薄暗い牢で裸足になるのは心細かった。心を折りにきているとわかっていても、不安が増す。扉に背中をつけたまま、その場にしゃがみこんだ。嗚咽が漏れる。両手で顔を覆う。泣きたくない。あんな奴に傷つけられるなんて。捨てると思っていたのに、傷ついてしまうなんて。


「音声遮断、隠密」

囁き程の声でも魔法が発動される。よかった。誰にも見られたくない。泣いてる声など聴かせてたまるものか。悔しい。悔しい。傷ついてしまうほど、まだ父に何かを求めていたのか。ぼたぼたと熱い涙がこぼれていく。


ずっと褒められたかった。認められたかった。一言「よくやった」といってくれたら、それでよかったのに。それで私は頑張れたのに。婚約者の交代だって、例えば「頼む」といってくれたら、「お前に瑕疵はないが、止むを得ないことだ」とかいってくれたら、私はきっと喜んで交代したのに。本当はどう思っていても、口先だけでも優しくそういってくれたら、私はきっと許してしまったのに。


穏便にすませろという“私”では止められない程に、父に認められたかった私が壊れてしまった。嘘でも優しい言葉を貰えなかったかわいそうな「公爵家の長女」。壊れて霧散した。だから。もう、ここには何もない。


急に自分でも気味が悪くなるくらいに笑いの衝動がこみあげる。我慢することなくひとしきり笑って、それからアイテムボックスからタオルと洗面器を取り出した。お情けの水差しなんて必要ない。自らの魔法で水を溜め、顔を洗う。柔らかいタオルの感触が肌に優しい。


立ち上がって、どれくらい泣いていたのか、日の光は失われている。月明りすらないようだ。扉ののぞき窓からの光はないに等しい。遠耳で外の様子を伺う。屋内も、屋外も、近くに人の気配はない。靴下裸足の足に石床が冷たいけれど、どうということもない。高い天井付近にある明り取りの窓を見上げる。私はローザリンデ。公爵家の長女だった。


「ファイアボール」

篝火ほどの火の玉を窓のそばに浮かばせる。

「散歩にはいい夜ね」

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