第15話 チート3

「この部屋を空にするのは逃げる直前として」

私の支度や食事の世話で毎日何度も侍女が出入りするのだ。少しずつ収納していっている途中で変に怪しまれて何か面倒なことになっても困る。逃亡決行の前日、前夜くらいのギリギリで一気にしまい込むことにする。


逆に自分の部屋以外にあるものは、逃亡までの間にちょっとずつ頂戴していくのがいいかもしれない。あれ? 少ない? 気のせいか? くらいの量を日々貯めこんでいく。主に食料品かな。ゲームでも酒場で料理を買ってアイテムボックスにいれておき、出先で食べることができていたので劣化などは心配ないだろう。腰まで長い髪を三つ編みにしておく。現場に証拠を残さないようにね。絹張りの華奢な靴は飾りも多く歩きにくいので、乗馬用の編み上げブーツに履き替えた。

「では早速! っとそうだ。 ステータスオープン」

『隠密』と『気配察知』にポイントをふった。


時刻は深夜。自室からそっと抜け出す。ぽつりぽつりと壁に明かりが置いてあるけれど、やっぱりくらい。

「ファイアボール」

火魔法でランタンくらいの火の玉を頭上に浮かせ、小さく周囲を照らした。家族が使うエリアの廊下は絨毯が敷いてあるけれど、使用人エリアはない。磨き上げられた乗馬ブーツの踵がいい音を出してしまう。私は立ち止まって、壁際に体を寄せた。

「ステータスオープン」小声で管理画面を呼び出すと、『音声遮断』にポイントをつける。これで走っても誰にも聞こえないだろう。

「私のスキルの構成、暗殺者っぽくなってきたかも」

それもちょっとカッコ良さそうだ。


『こんばんは、殿下。ご無沙汰しておりますわね』

『ローザリンデ?! なぜお前がここに! 婚約は解消したはずだ。どうやって私の私室に入り込んだ?』

『ふふふ、今日はお仕事で参りましたの』

『お前の仕事などない! さっさと出ていけ! 王族の部屋に忍び込むなど、いくら元婚約者とはいえ許されることではない。近衛を呼ぶぞ!』

『近衛の制服を着たお人形さん達なら、ドアの外でぐっすりお休み中ですわ。余程お仕事が大変なのかしら。とってもお疲れのようですわね』

『何を?! グレゴリー! トーマス! エファード! 』

『あら? 側近も侍従の皆さんもどうされたのかしら? こちらもお疲れなのかしらね』

『ローザリンデ! 何をした! 私を恨んで血迷ったか?!』

『いやだ、殿下に恨みなどございませんわ。先ほど申し上げましたでしょう? ただのお仕事です』

『やめろ、ローザリンデ! 私たちは元婚約者じゃないか』

『ええ、長いことお妃教育をさせていただきましたわ。そのお礼に痛い思いはさせませんわよ。恨みなど全くございません。私たちは元婚約者同士ですもの』

ね、と殿下に微笑みかける…。いい!暗殺者もいいなあ。


ふわふわと妄想を飛ばしているうちに厨房についた。中に人がいないことを確認して忍び込む。室内は火が落ちて真っ暗だけど、ファイアボールが浮いているから問題ない。公爵家には爵位を継げない次男三男、行儀見習い令嬢といった貴族家の人間から下働きの使用人、王都屋敷を警備する騎士達と階級の異なる数多くの人が住み込んでいる。焼かれるパンの種類も様々だ。まして数など把握できないだろう。だから遠慮なく頂戴できる。明日の朝用であろうパンの積まれたいくつもの籠が並んでいる。空の籠を一つ取り、気の向くままにパンをいれていく。いっぱいになったら、次の籠。とりあえず今日は二つでいいか。


スープが入った寸胴もあるけれど、さすがに鍋ごともっていったら目立ってしまいそう。こちらはスルーして、奥の扉をあけ食糧庫に入る。階段を下ると室内はひんやりとしている。棚に並んだバター、チーズ、ベーコン。色とりどりの瓶詰ピクルス。ぶら下がっているソーセージ。こちらも2~3ずつ。麻袋に入ったままの小麦粉、塩、砂糖。いろいろな香辛料の瓶。玉ねぎ、ジャガイモ、りんごの入った木箱等々。目につくものを片っ端から収納していった。

「とりあえずこんなものかしら」

部屋に違和感がない程度にいただいて、自室に戻った。


「大漁、大漁」

部屋着に着替えて寝台にあぐらをかく。本日の戦果を確認するためにアイテムボックスのリストを確認していくと。

「圧縮袋? 乾燥野菜でも入ってるのかな?」


袋の口を解いてみると、寝台から床へ雪崩れて山を作るほどの様々な装備やアイテムが零れ落ちた。

「これ、マルスのだ」


レベルアップに合わせて双剣やら籠手やらを買い替えていたけれど、イベントで配布された売れないものや思い出の品もあった。そういうものをまとめてしまっておいた袋だろう。アイテムボックスの容量を節約できる代わりに、一度袋を解凍して取り出さないと使用や装備ができないものだ。

「懐かしい、うわ、ゲーム通貨の金貨も入ってる!」


この世界で通貨として使用できるかはわからないけれど、金としての価値はあるだろう。これで金策、今後の経済問題は大分解消されたのではないだろうか。

「これもチートなのかなあ」

ほくほくと圧縮袋の中身を確認していて、ふと気づく。マルスの最新装備が一式なかった。袋に入っているのはちょっと前の装備ばかりだ。


「きっと、今もマルスは最強装備で戦っているんだ」

なんだか嬉しい気持ちになる。私には手の届かない世界になってしまったけれど。“私”の心をずっと支えてくれた、大好きな双剣戦士のアバターを思い浮かべた。


圧縮袋にアイテムを戻していたら、コロリとシンプルな銀の指輪が転がった。

「あ、素早さの指輪!!」

マルスの最新装備では、素早さの靴をゲットしていた。その前に使っていた指輪はこちらの袋にしまっていたようだ。早速自分の指に装備する。どんな仕組みか、ぴったりサイズになっている。ステータス画面を確認すると、素早さが更に上昇している!


「これでヒラリヒラリと避けまくりよ~」

私は両手を空に突き上げた。

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