第14話 チート2

「懐かしい画面だなあ」

思わず飛び起きたら、管理画面も頭上から正面に移動してきた。便利だけど、どんな仕組みなのか謎すぎる。


子供の頃に手に入れ損なったこのゲーム、“私”の職場で流行った時にはオンライン版になっていて、“私”は逃げ出すと決めたあの時も続けていた。帰宅後や休日に少しずつ、密かに自室で楽しんでいた。


画面に表示されている名前は“ローザリンデ“、今の私の名前だ。ポインタが点滅していて、名前以外は何も表示されていない。初期設定の状態のようだ。

「それにしても初期値の割り当てポイントが多い気がする?」


“私”はマルスという、マッチョな双剣戦士を育てていた。「戻ってくる」が口癖の、未来からきたデデンデンデデンな人型ロボット。恐れ多くも某国某州知事になった筋肉美アクション俳優様がモデルだ。


いくつの時だったか、夏休みにテレビ映画で見た彼の強さに猛烈に憧れた。その時は未来の人型ロボットではなく某国の元兵士役だった。逆恨みで娘を浚われ、その組織に一人乗り込んで戦い、娘を奪還する。ともするとネタ映画扱いされていたけれど、娘のために戦って戦って取り戻すその姿が忘れられなかった。


次の日からは人型ロボットシリーズだった。未来の要人の母となる人を守り、未来の要人本人を守り、その息子を守り、自己犠牲を顧みず戦う。ロボットだからといわれればそれまでなのだけれど、その強さ、迷いのなさに守られる人達は父性を見るような描写もあった。


今覚えば、日常にストレスを感じていたのだろう。わかりやすい強さを求めていた。それをゲームキャラに反映させてしまった。初期のキャラ設定時に与えられるポイントを、普通は攻撃力と防御力、魔力などにバランスを考えて割り当てるだろうに。その時の“私”は強さと素早さに全振りしてしまった。避ければいいから防御なんていらない、防具も必要ない、と。他の人がみれば痛いと思われても仕方ないような尖ったキャラだった。まあ、一人でひっそり楽しんでいたので突っ込んでくれる人もいなかったのだけれども。


もっとポイントがあれば、思い切って課金をしようかと迷っていた記憶に比べて、今の画面に表示されている初期ポイントが格段に多い気がするのだ。数年遊んでレベルアップした時の合計値よりも多いようにすら思える。もしかしてこれもチート、転生特典というやつなのだろうか。

「このポイントを全部強さと素早さに割り振ったら…」

脳裏にマルスが思い浮かぶ。双剣でバッタバッタと敵を切り伏せる戦士。いい! この家を逃げ出した私に追いすがる公爵家の騎士達。射かけられる弓矢を双剣でバッタバッタと切り伏せ…。『さあ、命の惜しくない者からかかってきなさい』不敵に笑う私。いい!


「いやいや、ダメダメ。落ち着け。今の私に、ローザリンデに必要な力は筋肉と素早さじゃない」

私には心の味方しかいないのだ。いかに安全に確実にこの家を、国を逃げ出すか。そこを一番に考えなければいけない。追っ手を引き連れてあちらこちらでバトルしてる場合ではないのだ。ゲームみたいに転職ができるかはわからない。初期設定で決めたっきり変更はできないかもしれない。それでも、女一人で逃げるのに必要な能力をまずは優先しなければ。幸い初期ポイントは多い。残しておいて、おいおい能力を追加したっていいのだ。


私は寝台にあぐらをかいて腕組をし、管理画面を眺める。

「ゲームと違うのは、アバターではなくて自分が戦うことだよね」

この手で剣を持って人と戦うのは無理。危険を避け、見つからないように、トラブルに巻き込まれないように安全に逃げたい。


「筋肉はいらないといっても、貴族令嬢デフォルトでは弱すぎる気がする。逃げるのに筋トレしている暇はないから、まずは『身体能力』「体力」「筋力」にポイントをつけてと」

ポイントを割り当てると基礎ステータスが少し上昇する。

「この世界では怪我や病気怖いし、『防御』と『身体強化』もつけよう。あとは『素早さ』!襲われたり何か飛んできてもね、避ければ当たらないからね」

偏らない程度でも、結局筋肉や素早さにポイントをつけたくなる性なのだ。それから、遠見に遠耳。情報収集は大切。攻撃力としては剣はかっこいいけど接近戦になってしまうから、ここは!魔法で! 逃げる最中に水と火種に困らないように『水魔法』『火魔法』は基本だろう。今の私が攻撃する時は正当防衛の時なので、水魔法を放水車みたいにして敵を戦闘不能状態にするのがいいかもしれない。あとは『結界魔法』。多少強化したといっても、貴族令嬢の体なんて脆弱もいいところだからね。それから『乗馬』横乗り、いわゆる貴婦人乗りはできるけれど、それでは逃亡できない。馬にまたがってぱっぱか走るスキルが必要だ。そして最後は『アイテムボックス』の拡張。デフォルトではそんなに入らないから、最初からドンと拡張しておく。


「この部屋を空にして逃げる」

今後の金策としてという意味もある。逃げるにも先立つものが必要だ。でもそれ以上に、私はここに何も残していきたくなかった。両親や兄弟が部屋に残された衣装や小物を見て私を思い出して悲しむ、なんてことはありえない、と思う。この部屋の安くないであろう家具や調度品、衣装や小物まで。全ては公爵家の、ディケンズ公爵の資産。それはわかっている。持ち出せば“盗人”“あさましい”と謗られるかもしれない。それでも。私はここに何一つ残していくことはできない。


こんな本を読んでいたのかとか、青系統が好きだったのかとか、この家の誰にも思われたくない。どうでもいいことまで含めた全てについて、私のカケラを残していきたくない。私の存在が幻だったといわれても不思議ではないくらい、私の全てを消し去っていきたい。だから。

「まあ、物資調達で時間取られるのは面倒なんで、食糧庫からもいろいろ頂戴していきますけどね」

“愛娘の代役”として、妃教育に励み、他家の妬み嫉みを一身に受けながら5年も婚約者の椅子をあたためてきたのだ。それくらいはお給料の範囲といえるだろう。

「調達、していきますか」

そういえば、“私”はゾンビドラマも好きだったのだ

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