第13話 ゲーム
目の前に現れたのは、見慣れたオンラインゲームの管理画面だった。国民的といわれる程人気のシリーズで、
職場の何人もが昼休みには熱いトークや情報交換をしていた。私は自席でお弁当を食べながらこっそり聞き耳を立てていた。
息の長いシリーズのそのゲームは、子供の頃にも何度もブームを巻き起こしていた。やってみたくて、”お母さん”に
誕生日のプレゼントにねだったのだ。 当時仲の良かったお友達はもう持っていて、自分も誕生日に買ってもらえることに
なったと報告をした。ポータブルタイプで色も選べたので、お友達とお揃いの色にするねと約束した。
塾がお休みの日は放課後に一緒にやろうねって、約束をしたのだ。
お誕生日の日。夕食の時間になって、食卓にはケーキやハンバーグが並んでいる。ケーキのろうそくを妹が吹き消したいと騒いでも
今日の”私”は気にならなかった。いいよ、と妹に譲った。だって今日の一番大事なことはプレゼントだから。ろうそくくらいは
妹が好きなだけ吹き消せばいい。
「”お姉ちゃん”は誕生日を迎えてますます”お姉ちゃん”らしくなったわね」
あっさりと妹に譲った”私”を”お母さんがほめてくれた。そして食卓にプレゼントが登場した。
「お誕生日おめでとう、”お姉ちゃん”が欲しがっていたやつよ。ちょっと高かったけど、塾の先生も”お姉ちゃん”が
頑張ってるってほめてくれたからね。今年は特別よ」
探すの大変だったわという”お母さん”からプレゼントを受け取った。
「”お母さん”、ありがとう!」
受け取って”私”は最大のミスを犯してしまったのだ。プレゼントはそのまま部屋に持っていくべきだった。妹の前で開けては
いけなかった。でも、ずっと楽しみにしていて、待ち遠しくて、文字通り自分の手に入ったのが嬉しくて。
”私”はプレゼントの包みを開いてしまったのだ。
「なーに、それなーに? 見せてよー。 ゲーム? 」
”妹”がさっと横から箱を奪っていった。
「ダメ、乱暴にしないで。壊れちゃうよ」
「ピンク色だ。かわいい! いいなあ! みうちゃんも欲しい!」
ゲーム機を握りしめた”妹”の甲高い声が耳に突き刺さって、私ははっとした。
「ダメだったら、返して!」
「みうちゃんだめよ、それは”お姉ちゃん”の誕生日プレゼントでしょ」
「やだあ、みうもゲーム欲しい!」
「やめて! ”私”のよ、はなして! 返してよ!」
「やだもん! これみうの! みうのだもん」
二人でゲーム機の取り合いになった。”私”のほうが3歳上だから、体格や力なら”妹”には負けない。そうして、”私”は”私”の
ゲーム機を取り戻したのだ。なのに。
「うわーん、ゲームぅー、みうのゲームなのにぃー」
”妹”が泣きわめいてゲーム機に手を伸ばして暴れる。
「もう、静かにしなさい! 近所迷惑でしょ」
「だってー、”お姉ちゃん”がみうのゲームとったー」
「あんたのじゃないっていってるでしょ! ”私”のお誕生日プレゼントなの!」
「みうのだもん、みうのゲーム返してー、うわーん」
「もう、仕方ないわね。それはみうにあげなさい」
「やったー!」
「やだよ、なんで? ”私”お誕生日プレゼントなのに!」
「しょうがないでしょ、こんなに泣かせて。”お姉ちゃん”なんだから”妹”にあげなさい」
「やだ! ”私”のお誕生日プレゼントだよ? お友達とお揃いなんだよ。一緒にゲームするって約束してるんだから」
「また買ってあげるから、今はそれをみうにあげなさい。”お姉ちゃん”でしょ」
「やだよ、だったら今度”お母さん”がみうに買ってあげればいいじゃない。これは絶対にいや!」
「いい加減にしなさいっ ”お姉ちゃん”のくせにいつまでもぐずぐずいわないの。ほら、寄こしなさい」
”お母さん”にゲームを取り上げられた。”妹”よりは大きいけど、”お母さん”にはまだかなわない。
「いやだってば! やだっ」
「ほら、みう。これでいいんでしょ」
「やったー! みうのゲーム! みうのゲーム!」
「よかったわね、ほら、”お姉ちゃん”にありがとうは?」
「”お姉ちゃん”ありがとう!」
「さあ、もうご飯にするわよ。ほら、ハンバーグ冷めちゃってるんじゃない?」
”お母さん”と”妹”が食事を始めた。”私”は先ほど立ち上がったまま、動けないでいた。
「もう、そうやって”お姉ちゃん”いつまで不貞腐れてるの? さっさと座ってご飯食べちゃいなさい」
何も考えられなくて、”私”は”お母さん”にいわれたとおり、食卓についてご飯を食べ始めた。ただ噛んで飲み込む。
味はよくわからない。食器を空にして、この席を立ち自分の部屋に帰るためにひたすら噛んで飲み込むことを繰り返す。
「みうね、ゲームにお名前シール貼る。ピンクのお花のやつ」
「ピンク同士でかわいいわね。なくさないように気を付けるのよ。それ高いんだから」
”お母さん”と”妹”の会話がとても遠くに感じる。噛んで飲んで噛んで飲んで。
「ごちそうさま」
私は椅子から立ち上がり、部屋に逃げ帰った。
「ちょっと、自分の食べた食器くらい下げなさいよ! ”お姉ちゃん”」
”お母さん”の言葉は無視した。それが”私”にできた精一杯だった。
そして、今度またゲーム機を買ってもらえることはなかった。
”妹”はしばらくの間、本体が見えなくなるほどシールだらけになったゲーム機を持ち歩いていたけれど
ゲームをしているところを見たのは数えるほどだ。失くしたのか、忘れたのか、クリスマスの次の日からは
サンタのプレゼントを離さなくなった。
何年か後にまたそのゲームの新作が発売になったけれど、”私”はもう欲しいとはいわなかった。
一緒にやる約束をした子とは学校が違ってしまったから。最悪のお誕生日の思い出だった。
あれから10年以上経って、職場でそのゲームの名前をよく聞くようになった。みんないい大人なのに
とても楽しそうで。”私”もあのゲームをやってみたくなった。あの時、お友達と約束通り遊んだら、
職場の人たちのように楽しく盛り上がれたのだろうと思うと、今は悔しさよりも懐かしさが大きくて。
自室でこっそりと始めた忘れもしないあのゲーム画面が、今目の前に現れていた。
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