第7話 前世

「もう、お姉ちゃんでしょ」

「全く、お姉ちゃんのくせに」

「それくらい、お姉ちゃんなんだからいいでしょ」


肩のあたりで結ばれた黒い髪の女性。顔はぼやけていて見えない。天井の低いこじんまりとした部屋。私を見下ろしていたり、見上げていたり。いくつもの場面が流れているけれど、そのどれもが私に好意的とは感じられない。投げやりだったり、苛ついていたり、時には怒り、怒鳴りつけていることさえある。


“私”は不満を感じている。「お姉ちゃんだから」なんだというのか。ほんの数年先に生まれたからといって、なぜ“私”ばかりが譲って我慢をしなければいけない? 


“なぜ私のぬいぐるみを妹にあげないといけないの? お母さんがもう一つ買えばいいじゃない”

“なぜ私より先にケーキを選ぶの? 次は私が先に選ぶ番だって約束したじゃない”

“これはダメ、お友達とお揃いなの。イヤだってば、返してよ!”


“私”の主張を“お母さん”は「お姉ちゃんでしょ」と叩き落していく。「お姉ちゃんでしょ」は魔法の言葉。お母さんが唱えれば何でも妹の願いが叶う、とびきりの言葉。“私”から何もかもを削り取る破壊の呪文。


でも、妹がわがままを言わなければ“お母さん”は優しい。


「あの子は全然お手伝いをしなくて困るわ。“お姉ちゃん”はえらいわね」

「あの子はまた塾をサボったみたい。どうしてお姉ちゃんみたいにキチンとできないのかしらね」

「お父さんは仕事仕事って何もしてくれないもの。お母さんの頼りになるのは“お姉ちゃん”だけよ」


私だって本当は家の手伝いなんかしたくない。たまには塾をサボって友達と遊びに行ってみたい。でも、“お母さん”が頼れるのは“私”だけだから。私が我慢して、頑張って、“お母さん”を助けてあげないといけない。“私”が妹より良い子だと“お母さん”に証明しなければいけない。


「“お姉ちゃん”の大学のことなんだけどね、地元の国公立にしてほしいのよ。あの子も高校受験でしょ? でも成績が悪くて公立は無理みたいなの。私立の制服のかわいいとこじゃなきゃいかないって手が付けられないのよ。“お姉ちゃん”は成績良くてどこでも受かるでしょう? それにやっぱり東京で一人暮らしなんて心配だわ。地元で家から通える学校にして欲しいのよ。」

「“お姉ちゃん”、悪いんだけど学費は自分で奨学金を借りてくれない? あの子の専門学校のお金がすごくかかるのよ」

「東京で就職? ダメよ! 女の子は親元にいなくっちゃ。地元にだって就職先なんていくらでもあるでしょう? 公務員なんていいんじゃない? “お姉ちゃん”にはずっと家にいてほしいのよ」


「ねえ、就職したばかりの“お姉ちゃん”頼むのは申し訳ないんだけど、家に入れるお金をもう少し増やして貰いたいの。あの子、今度こそ頑張るからって新しい専門学校のパンフレットを持ってきたんだけどね、また入学金から何から払うとなると家計がきつくってね」


「あの子ったら東京にいくって。新しい専門学校なんて嘘だったの。お金だけ持って、都会暮らしをするんだって出て行っちゃったのよ。やっぱり家で頼りになるのは“お姉ちゃん”だけよ」


「“お母さん”も歳ね、最近あちこち痛むのよ。“お姉ちゃん”が家事をやってくれて助かるわ」

「お父さんがね、お給料を減らされることになったんですって。まあ、このご時世だからある程度はね。でも“お姉ちゃん”は公務員でしょ? ボーナス、たくさん出たらしいじゃない? 家に入れてもらえないかしら」

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