第6話 道化者

いつのまにか自室に戻ってきていた。侍女に長椅子に座らされる。ドアの閉まる音がする。

「私は、私は…」

言葉が続かない。わからない。ぼたぼたと涙が零れる。

「王太子の、婚約者になったって…、思ったのに…」

嗚咽が激しくなる。


”王太子の婚約者”になれたと思った。跡継のスペアの出来損ないを卒業したと思っていた。

違った。最初から違っていた。妹が大きくなるまでの代役だったって。「愛娘」になれなかった。

当たり前だ。「愛娘の代役」だったんだ。時が至れば王太子妃? 妹の時が至るまで、

公爵家の確保した椅子を温めておくだけの人だった。私の出番はない。


私は「公爵家の長女」。「跡継のスペア」にもなれない「愛娘の代役」。努力が報われたのではなかった。


私は殿下を愛していたわけではない。とても感謝はしていたが。私を王太子妃に、王妃にしてくれる人。

私を蝶にしてくれる人。「王太子の婚約者」ではまだ認めてもらえなくても、王太子妃にまでなれば

さすがの両親も私を認めてくれるはずだと思っていた。その半分は世間体や王家へのおもねりだとしても

構わなかった。両親に、兄妹に、笑顔で祝福される花嫁になりたかった。結婚相手が王太子ならそれが

叶うと信じていた。


だから殿下には罪悪感があった。家族の中で自分の立場を上げるために利用していると自覚していた。

せめて少しでも良い婚約者と思われるようにと努力した。気分良く過ごしてもらいたくて、嫌われたくなくて、

できる限り殿下のご意向にそいたかった。私に返せることはそれくらいだと思っていたから。でも。


「王妃様には努力だけねっていわれてしまった…」

跡継ぎとか、美人とか、他人の物差しで測れる価値が私にはないから。努力している姿を見せることで

目こぼしをしてもらっていた。いや、目こぼしをしてもらえているつもりだった、か。

王妃様はわかっていた。なら両親や他の人もそう思っていたのだろう。こんなに努力をしているのだから

成果にはならなくても多めに見てくれるはずと、これだけを自分を守る方法だと必死だった私を。


貴族には、王妃になるには足りない私。跡継ぎのスペアになれなかった私。愛娘になれなかった私。

父は妹なら男爵令嬢を蹴散らし、王妃も喜んで受け入れるといっていた。きっと、その通りなのだろう。



「これじゃ、私まるで道化者みたいね」

泣いているのに、瞬間、笑いの衝動がこみ上げる。

以前訪れた劇場で見た。一人だけ顔を真っ白に塗り、その上におかしな化粧で笑顔が描いてあった。

芝居の筋書きとは関係ないとんちんかんなことをいい、客の笑いを浴びて退場していく。

滑稽な役者。滑稽な私。


好かれなくても、せめて嫌われたくなかった。でも、実際には相手にされていないだけだった。

筋書きとは関係のない異物だった。父は言葉通り、上手く段取りするだろう。妹が殿下の婚約者になり、男爵令嬢を蹴散らす。王妃の役割を果たせる令嬢。ディケンズ公爵家の後ろ盾のついた愛娘を王妃は受け入れるだろう。殿下は頭が冷えて目を覚ます。いや、真実の愛を権力に引き裂かれた悲しい恋人同士、といったところか。殿下を立派な王にするために涙をのんで身を引くエミリー様と、その愛を胸に秘めて王になるためにフロレンツィアの手を取る殿下。


そんな筋書きと関係のない道化者は、退場したらどうすればいいのだろう。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る