第4話 王太子の婚約者

家族からの好意を望まず、宛がわれた教師が導くままに「公爵家の長女」としてのあるべき姿を保っていれば、生活は平穏だった。朝晩、家族の食卓で、家族の団欒を静かに微笑んで見守る。時には父から勉強の進み具合をきかれることさえあった。兄のように、妹のように、両親に認められたいと望みさえしなければ、「公爵家の長女」として義務を果たせば私は家族の食卓に座ることを許される。


その頃から、母と共に他家のお茶会に参加することができるようになった。妹はまだ年齢が足りず、母と二人での外出だったけれど、私はもう勘違いはしない。私は「愛娘」ではない、同行が許されるのは「公爵家の長女」。きちんと振舞って、“さすが、ディケンズ公爵家のご令嬢ですね”という誉め言葉を引き出さなければいけない。格下の家では手に入りにくいお茶やお香のような、公爵家の権威を示すための役割だ。それでも、私は嬉しかった。家では評価を得られない私でも、他家にはわかってくれる人もいる。私の努力を認めてくれる人もいるのだ、と。


今ならわかる。彼女たちは公爵夫人が公爵令嬢を連れてきたから、当たり障りなく褒めた。いわゆる社交辞令だけれど、建前でも褒めてくれる他人と接することで、私は少し救われた。努力の意味を見つけられたと思えた、平穏だった日々。


そうして、12歳の頃。レオニス王太子殿下の婚約者になった。

父の執務室に呼ばれ、そのことを告げられた時、私は言葉を失った。自分の努力が大きく実を結んだことに感無量だった。こみ上げてくるものを抑えながら、涙が滲む瞳を隠すために少し俯いた。私を前に立たせたまま、執務机に座っている父は、自分に感謝しろといった。


「お前くらいの令嬢などいくらもいる。我が公爵家の令嬢だからお前が選ばれたに過ぎない。家門の恥とならぬよう、しっかり努めよ」

「承知いたしました」


私は顔を伏せたまま小さく礼をとり、逃げるように父の執務室を後にした。これ以上、何もききたくなかった。「王太子の婚約者」となっても、父は私を認めない。でも、時が至れば王太子妃、やがては王妃となる。「公爵家の後継ぎ」どころか、「公爵家の当主」よりも立場は上だ。妹だって周辺国の王太子に嫁がない限り、私より格下になる。「後継ぎのスペア」にも「愛娘」にもなれなかった「公爵家の長女」はもうおしまい。いずれ王太子妃、王妃という名の蝶へと羽化していくサナギになったのだ。努力は報われた。その時の私は、そう思っていた。

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