第18話 謁見



 壺を割ってから、二週間が経過した。

 宮殿の琉璃瓦には新雪がうっすらと残り、王宮全体を優しく覆う中。

 久々に玉座へと姿を現した現皇帝の父に謁見を許された伯蓮は、淡々と報告書を述べていた。


「宰相、胡豪子は異国の商人から商品を仕入れるだけでなく、違法な品も秘密裡に入手して市場に転売しておりました」


 そして豪子が個人的に取引していた異国の商人との品の中に、催淫効果のある樹皮茶葉が確認された。

 娘の尚華を唆し、皇太子の伯蓮に薬を飲ませたものと同一であることも医官によって証明済み。

 こうして入手経路を立証された豪子は、罪人として処罰されることとなった。

 しかし、後宮内の妃にどのようにしてその樹皮茶葉が渡ったのか。

 調べを進めると、豪子の息が掛かった宦官から、尚華付きの初老の侍女に内密に届けられていたことも発覚する。


「その宦官と尚華妃の侍女も、処分の対象といたしました」


 今回の調査で、宮廷内には他にも、豪子の手の内の者がすでに数人存在していたことがわかった。

 豪子の野心と策略のため、もしくはそれを知らないまま知らず知らずのうちに不正に加担した者もいた。

 それほどまでに伯蓮と尚華の間に一族の血を引く子が欲しかった豪子。

 のちに政権を乗っ取るという己の野心を実現させる、重要な人物となるという理由から。

 しかしそんな未来を夢見た野心は、こうして尽きることとなった。


「他にも、異国商人を入国させるにあたって賄賂を受け取り、違法商品は倍額で転売し荒稼ぎもしておりました」

「私の知らぬところで、なんと……」

「以上。宰相、胡豪子の罪状として、ご報告申し上げさせていただきます」


 真実を聞かされた現皇帝は、信頼していた宰相の裏切りに衝撃を隠し切れない様子。

 ただ、体調不良を理由に政を全て任せきりにしていた己にも責任があると痛感していた。

 宰相として二代の皇帝を補佐していた優秀だった胡豪子の歴史は、ここで幕を下ろす。


「それにしても、全て伯蓮お前が調べたのか?」

「あ、いえ……私の他にも協力してくれた者が」

「そうか。このまま気づかず放置していたら、四百年続いた国を失っていたかもしれぬ」

「……はい。本当に……」

「伯蓮もよくやってくれた。その協力者にも礼をいう」


 言いながら頭を下げた現皇帝の先にいた伯蓮の隣に、実は貂々もおとなしく座っていて。

 自分の子孫である皇帝も、そして伯蓮も。

 根っこにはしっかりと国を思っていることに、少しだけ満足げな表情をしていた。



  ***



 謁見を終えた伯蓮は、宮城外の門前で待たせている関韋と合流するまでの間。

 その敷地内をかつての皇帝、貂々と並んで歩いていた。

 寒空の夕日が辺りを照らし、新雪と毛並みの美しい貂々の体を輝かせている。


「では、貂々が調査を開始したのは、豪子の野心をたまたま立ち聞きしたから?」

「そうだ。あいつは私が築いた国を乗っ取る気でいたから、それ以降尚華妃を監視していた」

「それにしても、樹皮茶葉の入手経路の証拠はどうやって……」

「豪子が若輩の従者にいつも書類の処分を任せていたから、一枚抜き取って壺の中に隠しておいた」

「全てはあやかしだから出来た働きだな……」


 感心すると共に、貂々がいなかったら豪子の不正も暴けず、証拠も揃わなかった。

 酒と女に溺れたという暗君、第十代皇帝の鮑泉は時を経てあやかしと姿を変え、今でもこの国を守ろうと奮闘していた。

 しかし、そんな貂々に出会っていなければ、こうして協力し合うこともなかったはず。

 伯蓮と貂々を繋ぎ合わせたのもまた、朱璃だと考えた伯蓮は一人微笑んだ。

 すると、貂々は少し納得していない表情で、伯蓮に尋ねる。


「朱璃を監禁した尚華の侍女らにも罰を下した、までは良いのだが……」

「どうした?」

「胡一族は財産を没収。最北の郷への追放……なぜ国外追放にしなかったのだ?」


 豪子と尚華含め胡一族の処分について、貂々は“甘い”と思っていたらしい。

 未遂とはいえ、野心を持っていた者はまたいつ牙を向けるかわからないというのに、国内に一族を留めたわけを知りたかった。


「最北の郷は監視も行き届いているし、尚華妃も再起を図れるだろう。それに……」

「それに?」

「二代の皇帝に仕え宰相を務めた豪子への、敬意もわずかにあった」

「はあ……そんなことではいつか寝首を掻かれるぞ」


 意地悪そうに貂々に言われたが、その通りだと思っていた伯蓮は苦笑いを浮かべた。

 ただ、あんな宰相でも国を支えてくれていた人間に変わりはなく。

 娘の尚華にも、できれば今後の未来は父親と仲良く生きていけたら良いという願いを込めた。

 すると、大事なことに気がついた貂々が、何やらいやらしい顔をする。


「ということは、伯蓮と尚華の婚姻は解消されたのだな?」

「まあ、そういうことになるな」

「では伯蓮の思惑通り、着々と朱璃を妃として迎える下準備が整ってきたわけだ」

「っ⁉︎」


 全て見透かしてように述べる貂々が、ひょいと塀の上に乗った。

 それを見上げながら白い息を吐いた伯蓮は、貂々の黄金の毛並みに皇帝のような神々しさを感じて、思わず呼び止める。


「鮑泉様っ」

「な、いきなりその名を呼ぶな……」

「私は今、鮑泉様と同じ道を選択しようとしています……」


 それはかつて皇太子だった頃の鮑泉が、侍女の姚姜を妃にしたことで始まった悲恋。

 今、侍女の朱璃を妃にしたいと思っている伯蓮は、同じことが繰り返されないかという不安も抱えていた。

 豪子、尚華という不安要素は排除したものの、王宮という場所は様々な私利私欲がうごめく場所。


「いつか、この選択が朱璃を傷つけてしまわないか……失う結果とならないか不安なのです」


 姚姜を失った鮑泉の悲しみが身に沁みてわかるからこそ、鮑泉の率直な意見が聞きたかった。

 それでも自分の思うまま進むか、朱璃のため、妃にすることを諦めるべきか。

 すると貂々は、夕日に照らされた黄金色の長い尾をゆらゆらと動かしながら――。


「私は愚かな皇帝だったが、お前がそうなるとは思わない」

「え……」

「故に朱璃も姚姜ではないし、姚姜の方が断然美しい女だった」

「なっ! 朱璃も素直で可愛いおなごだ」

「いやあれは色気が足りない」

「そ、そんなものはあとから――」

「今から身につけねば手遅れになるぞ」

「そんな厭らしい目で朱璃を見ていたのか⁉︎」


 話の論点がズレはじめたことに気づいた二人は、白熱した討論で乱れた呼吸を一度落ち着かせた。

 そして、鮑泉には敬語で話したいのに、いつの間にか貂々という認識で乱暴な言葉遣いになったことを伯蓮は反省する。

 すると貂々は、鮑泉としても一人の男としても、本当に伝えたかったことを伯蓮に向けて話す。


「……つまり、どんな選択をしようとどんな結末を迎えようと。それはお前たちの物語であって私たちとは違う」

「っ……!」

「むしろ私のような前例を知っているなら、どんな障害が待ち受けていようと回避できるだろう?」


 期待を込めたようにニヤリと微笑んだ貂々は、そう言い残して塀の向こう側に消えていく。

 伯蓮はただ茫然と立ち尽くしていたが、最後の一言で背中を押されたことは感じていた。

 尊敬する第十代皇帝鮑泉の言葉全てが、いずれ皇帝となる伯蓮にとって心強い教訓となる。




「伯蓮様、ご苦労様でございました」

「待たせたな、関韋」


 そろそろ戻ってくると思っていた関韋が、伯蓮の到着より先に門を開けて待っていた。

 ようやく合流できた二人だが、いつになく伯蓮の様子が浮ついているようで、関韋はつい尋ねてしまう。


「嬉しいことでもあったのですか?」

「……わかるか?」

「はい。口角が上がっておりましたので」


 直前の出来事の影響が顔に出ていたらしく、自分の頬を触って確認する伯蓮。

 関韋に胸の内を知られるくらいどうということはないが、一人でニヤけていたと思われるのは少し恥ずかしい。


「皇帝と何か?」

「いや、皇帝では……いや、一応皇帝か……」

「はい?」

「ふ、なんでもない」


 第十代皇帝鮑泉との会話が嬉しかった。なんて報告したら、まともな関韋は医官を連れてくるかもしれない。

 何せ相手は二百年前に生きていた人間で、現在は伯蓮と朱璃にしか視えない姿で存在する、貂々というあやかしなのだから。

 暗君と呼ばれたその皇帝は、今こうして王宮に棲みつきこの国を守る明君へ。

 そんな思いでいた伯蓮は、一つ願いを口にした。


「近々、後宮に行きたいのだが」

「え? しかし尚華妃はもう……」

「そうではない。後宮の北に忘れ去られた古い廟がある話は前にしただろう?」

「ええ、朱璃殿が監禁されていた場所ですね」

「そこで第十代皇帝、鮑泉様の塑像を見つけたのだ」

「十代? 伯蓮様が尊敬しているお人ではないですか!」

「その廟を、綺麗にして差し上げたいのだ」


 暗君と呼ばれていたせいで、まるで封印するかのように忘れ去られていた現在。

 しかし、これまでの貂々の活躍と鮑泉の真実を知っている伯蓮は、誤った歴史も変えていきたいと思った。


「かしこまりました、手筈を整えておきます」

「……それと、もう一つ」


 今度は少し言いづらそうに髪をかきながら話し始めると、関韋はすぐに“朱璃関連”であることを悟る。

 尚華との婚姻を解消した今、朱璃との関係を止める者も脅かす者ももういない。

 あとは伯蓮が、あの手この手で口説くのみ。

 控えめな声でもう一つの“何か”を頼まれた関韋は、少し悩むような顔を空に向けたあと拱手した。

 ――もうすぐ、鄧北国に本格的な冬がやってくる。




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