第38話 アイドルバトルの詳細


 アイドルバトルの詳細がネットに上がった日、うちは戦場を駆け抜ける兵士の気分を味わった。

 半ば押し掛けるようにして入った美緒ちゃんの部屋で、うちは迷い犬のようにぐるぐると行き場なく同じ場所を回っていた。


「やばいよ、やばいよー……」

「分かってたことだろ、なぁ、瀬名」

「そうですけど、ね」


 アイドルバトルの詳細が発表された途端、ネットには様々なコメントが行きかった。

 その中でも特にコメントが多かったのは二つ。審査方法と、優勝者の願いを叶えるという特典だ。

 バラバラの特徴で売っているアイドル達をどうやって審査するのか。発表された時から注目が高かった。うちだって、関係なかったら、その部分を一番楽しみにしていたかもしれない。

 だけど、優勝者の願いを叶えるという特典が発表された。しかも、アイドルの願い付きで。いわゆる選挙公約みたいなものだ。

 一気にファンの焦点はそっちに移る。


『アイドルバトルの内容、見たか?』

『見た見た。優勝したら、願いを叶えてもらえるんだろ?』


 アイドルバトルについての掲示板では、まるでテンプレのように、同じ言葉が飛び交っていた。

 興味のないアイドルであっても、一緒に発表されれば目に入る。その願いがキャッチャーな程、注目される確率は高い。


『七色フラワーのドームコン』

『ジュンちゃんの海外進出』

『TDK49の海外ファンミ』


 有力視されている子たちの願いはツアーやコンサートが多かった。

 これは、万が一でも優勝したら、叶えてもらえるギリギリの部分だ。

 逆にどう頑張っても落ちそうな子たちは「一年分の衣装!」とか、ファンが頑張ればどうにかなりそうなものを上げている。

 皆、自分と願いを秤にかけていた。

 そんな中、エリちゃんの願いは、明らかに異質で浮いていた。


『そんな中、小田切の瀬名と同棲ってw』

『アイドル舐めてるとしか思えない』


 片棒を担いでいるうちにも、その言葉が突き刺さる。

 いや、エリちゃんは、真剣にアイドルをしているからこそ、わざわざ宣言したのだ。

 内容が発表されてからのエリちゃんは練習のために、毎日ギリギリまでレッスン室に残っている。帰りの車で寝落ちなんて日も増えた。


『一人だけ、明らかに自分の願いだしな』

『ジュンの海外進出も、個人の願いだろ?』

『いや、まだアイドルじゃん』

『小田切のは違う。これ、応援してたファンを裏切りすぎだろ』

『かわいそーになー』


 裏切っているわけじゃない。うちがいくらそう言った所で火に油を注ぐだけだ。

 美緒ちゃんはこの反応を分かっていたのか。背もたれによりかかったまま、ぎこぎこと足で椅子を漕いでいた。

 うちは居ても立っても居られず、こっそり掲示板に書き込んだ。


『内容もダンスに歌唱、あと面接って……面接って何するんだか?』


 アイドルバトルは8人のトーナメント戦と発表された。

 それぞれ、課題曲と自由曲をパフォーマンスする。その後審査員と会話をして、点数発表。という単純なものだ。

 優勝するためには、少なくとも6曲は踊り切らないといけない。


『海外のオーディションみたいな感じなんじゃないか?』

『ええ、アイドルのダンスや歌唱なんて、好みだろうに』

『それを言っちゃお終いよ』


 こうして、話題はまた優勝者の願いに移り変わる。

 焼け石に水とは、このことだ。うちはスマホを握りしめ目をつぶった。


「小田切なら、勝つ」


 まるで、掲示板のことなど知らないように、美緒ちゃんが強く言い切る。うちも、その言葉には全面的に同意する。

 もう一度、アイドルバトルに出るメンバーと願いを見比べる。

 暗い画面に眉間に皴を寄せたうちが一瞬映ってすぐに、消えた。


「これ、元から勝てないと思って、大きな願いを言ってますよね?」

「そうだな。小田切とジュンが出ている時点で、スキルが足りないと判断したアイドルは多いだろう」

「アイドルの良さはスキルだけじゃないし、努力する姿が好きなファンも多いと思いますけど?」


 アイドルに求めるものは人それぞれ。だからこそ、こんなにも数多くのアイドルがいるんだから。

 特に日本人は、スキルより努力する姿勢を好むと言われている。じゃなきゃ、うちみたいな隙間産業が成り立つわけもない。

 美緒ちゃんは動かしていた椅子の動きをぴたりと止める。


「……小田切がダンスや歌以外のスキルでも、負けると?」

「エリちゃんが一番可愛いのは確定です!」


 言い終わるかどうかで、うちは答えていた。

 美緒ちゃんがにやりと笑い、再び椅子を揺らし始める。


「だろ?」

「あーっ、エリちゃんは完璧すぎるんですっ」


 これを何といったらいいのか。言葉にできない何かがうちの中を暴れまわる。

 少しでも解消するために、頭をがしがしと掻いた。

 大きなタブレットでエリちゃんの映っている記事を見せて来る。


「インタビューも完璧だからな」

「『絶対、勝ちます』なんて言っちゃうから」


 うちとの同居を賭けて「絶対、勝ちます」だ。

 そりゃ、よく知らないアイドルファンにすれば、舐めているとしか思えない。

 それにしても、この記事のエリちゃんの真剣な顔が美しすぎて困る。目が離せない。


「ある意味、誰よりも勝ちたいんだよ。小田切は」

「もう、真面目なんだから」


 嬉しさと困ったが混ざったため息が出た。そこがエリちゃんの良い所でもある。

 美緒ちゃんはうちの反応を楽しんでいるように見つめてきた。


「支えてあげてよ? 瀬名のために、小田切は頑張ってるんだから」

「わかってます。でも、うちにできることなんて……」


 果たして、あるのか。スキルは、エリちゃんがすごく努力している。

 うちにできるとしたら、家に来た時に休ませてあげることくらいだ。

 他に、と考え出したうちに向かって、美緒ちゃんは静かに首を横に振った。


「いや、瀬名にしかできない」


 真っ直ぐな視線はレアだった。いつも悪戯な笑顔か、面倒くさそうな顔をしているプロデューサーの顔。


「誰が小田切から離れても、瀬名だけは側にいてやってくれ」


 瀬名だけは?

 うちは、言葉の意味を考える。


「美緒ちゃん、それって」

「ファンだけじゃない。メンバーも含めて。乗るか反るか。スタクラ最大の賭けだ」


 やっぱり。ファンだけの話じゃなかった。

 選抜されたなかったメンバーの中にも、うちやエリちゃんに対する反発を溜め込んでいる人間は多くいる。

 ゆうなは特殊な例なのだ。

 うちは愚痴る様に小声で呟いた。


「……ヘタレなうちにだけ教えないで欲しいなぁ」

「なんだって?」

「なんでもありません!」


 一瞬で鋭くなった視線に、うちは背筋を伸ばすした。

 アイドルバトルまで、後2週間。

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