第25話 特典映像撮影


 アイドルのCDに付属しているものは何ですか?

 答えは特典映像である。あ、もちろん、握手券もあるけどね。


「まじかぁ」


 バスに乗った時にアイマスクとヘッドホンを渡された時点で嫌な予感がしたのだ。

 どこに行くか分からない状態で、連れていかれる場所にろくな所はない。

 割れたガラス窓、白い外壁は所々剥がれ、さらにはスプレーでの落書きがしてある。夏の息吹で伸び放題の草たちは、膝なんて優に超えて、胸元近くまで伸びている。

 全体的に、雰囲気のありすぎる廃墟が聳え立っていた。

 目隠しを取ったらコレだ。


「今回は入ると原因不明の体調不良に襲われるという、いわくつきの廃墟を探検して貰います!」

「「「えーっ?!」」」

「こわいー!」

「噓でしょっ?」

「おにー!」


 スタッフさんから発表された内容に、うちは頭を抱えた。

 グループの誰もが隣のメンバーと手を取り合ったり、怯えた顔をしたり、アイドルらしくきゃきゃー騒いでいる。

 エリちゃんは、と見ると、固まっていた。珍しくリアクションが取れてない。

 少し首を傾げていたら、スタッフさんからカットの声がかかる。どうやら、このままグループ分けに移るようだ。


「夏の曲だからって、わざわざ肝試しをする意味……」

「まぁ、季節感だよね」


 うちの呟きにゆうなは肩を竦めた。

 そう、季節感。それは分かるけど、本当に廃墟を使うのは、嫌すぎる。

 元々、端だったうちらは、そのままの位置で、大人しく次の準備を待っていた。

 バスでは隣だったエリちゃんは、カメラが回る前に真ん中らへんに連れていかれている。


「何人で行くんだろう? さすがに一人はないよね?」

「うーん、瀬名っちたちのことがあってから、ペア売りに味を占めてるから……少なくとも二人じゃない?」


 ゲームでホラーには耐性のあるうちは、ゆうなと肝試しについて話し合う。

 大抵の罰ゲームはスカイダイビングに比べればマシだしね。

 ゆうなの冷静な言葉に、うちも同意するように小さく頷いた。


「二人か……特典だしね」

「でも八組は多いかもね、これはざっくり映像が削られるペアがあると見た!」

「ちょっ、やめてよぉ。それ、絶対うちとかの部分じゃん」

「小田っちを当てれば問題ないっ」


 いやいやいや、そんな簡単に当てれたら苦労しませんよ。

 大体にして、公認カップになってから、二人行動が多いから、くじで一緒になっても分けられることもあるのだ。

 エリちゃんの方を確認するように見ると珍しくこちらを見ている。

 ひらひらと手を振り返せば、少しだけエリちゃんの口角が上がった。


『レイと離れちゃうかな』


 飛んできた声にうぐ、と息が詰まる。漏れてきた声が可愛すぎる。

 綺麗な顔の下で、そんなことを考えるのは止めて欲しい。心臓に悪い。

 と、ゆうなの話を聞き流していたら、首に腕を回された。


「……惚気ですか? え? 端組の絆なんて知らぬと?」


 低い声が耳元で脅しをかけてくる。

 別に無視したわけじゃない。エリちゃんの可愛さが体の中で暴れていただけだからっ。

 うちは絡んでくるゆうなを引きはがす。


「エリちゃんが手を振ってくれたんだから、放っておけないでしょ!」

「はぁ、バカップル」


 もう言われ慣れたわっ!


 *


 最後の首なし人形から逃れ、うちとゆうなは開いたままのドアを乗り越えた。

 いや、無駄に手が込んでた。この費用を別のものに使ってもらいたい。

 外に出たら、空気が軽くなった気分を味わいながら、うちは懐中電灯の明かりを上下に揺らした。

 すっかり暗くなった空には沖縄の綺麗な星空が散らばっている。


「うーん、ある意味くじ運が良かった」

「瀬名っちが小田っち以外とペアなるの久しぶりじゃない?」

「まぁ、くじだから……エリちゃん大丈夫かな?」


 予想通り、肝試しは二人一組で行われた。

 くじ引きの結果、うちはゆうなと。ゆうなと二人だと、怖がるより先にツッコミが入ってしまう。

「この組み合わせじゃ尺はないな」なんて、二人でぼやきながら出てきたくらいだ。

 久しぶりにエリちゃん意外とペアになった。少しだけ頬を膨らませていた顔が本当に可愛くて。でも、つんと逸らされた横顔は美人さんで。

 こんな人が地上にいていいのかと思ったくらいだ。


「そろそろ出てくるんじゃない? 小田っち怖いのも大丈夫そうだもんね」

「いやぁ~、結構怖がりだよ。だから、心配で」


 何にもなく、うちとゆうなはゴール。

 うちとして、さっさとエリちゃんの様子を見守りたい。ゆうなもそれを分かっていたのか、潔く尺にならない部分に体力を使いたくないのか。うちの隣で出口の方を見ている。

 ゆうなはうちの言葉に目を丸くすると、口元に手を当てた。


「あ、そうなんだ。意外~……瀬名っちといると、小田っちの思わぬ部分が見えてきて面白い」

「エリちゃん、カメラ回ってると、完璧超人だから」


 うちは頷く。きっと得意げな顔になっていたに違いない。


「なるほどねぇ。根っからのアイドルなわけだ」

「怖くても、嫌でも、笑顔で〝できます〟って言っちゃうからさぁ……心配なのさ」

「愛だわ、愛! でも、愛は見守ることだけじゃないんだよ?」


 ゆうなが人の背中を遠慮なく叩いてくる。

 さすがに逃げようとしたら、いきなりスタッフさんの様子が変わった。

 インカムで何か話しながら、懐中電灯片手に慌てて廃墟の中に入っていく。


「ゴールしたメンバーはその場で待機で! 小田切が倒れた」


 エリちゃんだ。

 この慌てようは、結構まずい状態なのかもしれない。

 元々限界まで仕事が入っているうえに、沖縄に来てからは大分はしゃいでいたから。

 うちは走っていくスタッフの後ろを追いかけた。


「えっ? エリちゃん、大丈夫ですか?」

「何かにつまづいて転んだみたいで。とりあえず、状況を把握してきますっ」

「よろしくお願いします!」


 追いかけようとしたら、肩を押されて留められた。

 下手に追いかけて邪魔になってもいけない。

 そわそわしていたら、いつの間にかゆうなが隣に来てくれた。

 ぽんと肩に置かれた手が暖かくて、うちは唇を嚙み締める。


「エリちゃん……」

「廃墟って言うっても、足元は見えるようになってたと思うけど。小田っち、運動神経も悪くないし。心配だね」

「うん」


 エリちゃんはスーパーアイドルで、歌もダンスも上手。

 もちろん、運動も得意で、勉強もできる方。

 何もかも、うちとは正反対のアイドルなのだ。

 そんなエリちゃんが、いくら怖い廃墟とはいえ転ぶなんて。

 さっきまでと、丸きり違う気持ちで、うちはエリちゃんのいる廃墟を見つめて祈った。

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