第24話 罰ゲームとTシャツ


 絢さんの告白を断って、三日後、うちは久しぶりの大勢での仕事だった。

 これもパチンコ関連だというのだから、やはりあの時穏便に断れてよかった。

 山場を乗り切った安心感からか、あくびが止まらず、うちは机に突っ伏していた。


「モテ期なんて来るもんじゃない」


 ぽつりと呟いた言葉に、隣でスマホをいじっているゆうなは呆れたように肩を上げた。


「いや、大してモテてないでしょ」


 ばっさりだ。ひどすぎる。

 うちは首だけを上げると、ユウナの方を見上げた。


「エリちゃんから好きって言ってもらえただけで充分」

「あーはいはい」


 まるで興味を失ったように、ゆうなの視線がスマホの画面に戻る。

 どうやら、うちとエリちゃん関係の話は流すことに決めているらしい。

 いいけど。どうせ、惚気だから。

 と、ゆうなが何かに気づいたように、もう一度、こちらを見てきた。


「でも、丸く収まってよかったね」

「ほんと、仕事干されることも覚悟してたけど」


 なるほど、ゆうなは仕事に影響する部分が気になるらしい。

 うちはゾンビのように、のろのろと机に手を着いて重力に抗った。

 どうにか座ってるくらいの状態に体を持っていく。


「小田っちには言ったの?」


 ゆうなの言葉にうちは頷いた。

 あの日、呼び出されたことをエリちゃんはとても心配していた。

 事務所を出てしばらくしたら電話が来たくらいだ。

「嫌な予感がしたから」と、まさしく女の勘を発揮していたらしいエリちゃんは、そのままうちの家に来た。

 まぁ、家でエリちゃんに会えるのはうちとしても嬉しいのだが、さすがに緊張した。


「うん……かほりさんとはきちんと話し合ったって言った」


 両手の指を組んで、何度か動かす。

 あれくらい、ソワソワする時間は人生初めてだった。

 浮気で修羅場とかよく聞く話だけど、あれを何度も経験している人がいるなら、良くできるなと逆に感心してしまいそうだった。

 うちには無理。


「どうだった?」

「『そっか、頑張ったね』って膝枕してくれた! まじで女神」

「小田っち、大人ー」


 ゆうなの声が優しいと、逆に怖い。

 うちはわざとテンションを上げるようにして答えた。

 絢さんをかなり警戒している様子だったから、心配していたのだけれど。

 素直に全部話して、そしたら二人きりの部屋で膝枕をしてくれたのだ。

 心臓が違う意味でうるさかったのは言うまでもない。

 と、ガヤガヤしている部屋にノックが響いた。


「瀬名さん、いらっしゃいますか?」

「あ、れ、絢さん? どうしたんですか?」


 部屋に入ってきたのは、噂していた絢さんだった。

 急いで席を立ったせいで変なとこに足をぶつけて大きな音がした。

 ゆうなが「何やってんの」と呆れたように笑っている。


「これからしばらく、コラボを増やすことになりまして、一緒に行動することになりましたの」

「へ、え?」

「末永く、よろしくお願いしますと言いましたでしょ?」


 コラボが増える。それは良い。

 この仕事がさらに拡大していくということだから。

 だけど、艶やかな唇で綺麗な弧を描く絢さんからはそれ以上の〝何か〟を感じてしまう。

 固まったうちの視界の中で絢さんの後ろにある扉が、再びゆっくり開いた。


「どういうことかな、レイ」

「エリちゃん、これは」


 入ってきたのはエリちゃん。

 何で、このタイミング!

 うちは頬を引きつらせつつ、一歩後ろに下がる。

 絢さんはうちの様子を見てエリちゃんの方を見ると首を少し傾けた。肩を綺麗な黒髪が滑っていく。


「小田切さんも、長い付き合いになると思いますので、よろしくお願いします」


 挨拶されたエリちゃんは「こちらこそ」と言葉少なに返事をした。

 二人の間で視線がぶつかり合い、火花が散った気がする。

 それからエリちゃんはゆっくりとうちに視線を移動させた。

 今日の衣装はとてもポップで可愛いのに、その背後には炎が見えた。


「れーいー?」

「待って、エリちゃん、うちにも、これはよく分からないから!」


 エリちゃんとの追いかけっこが始まる。

 メンバー皆に呆れたように見られたが、必死なうちは気にしていられない。

 こうやって、うちのモテ期は終わったはずだった。


 *


 そんなことがあった日から初めての握手会。

 公式から発表されたTシャツを着たうちは、今日も挨拶に来てくれたファンの人に笑顔を向けていた。


「三枚枚でーす」

「瀬名、何やらかしたの?」


 おお、三枚!

 三枚も買ってくれる人がいるなんて。

 うちは密かに気合を入れたのに、ブースに入ってきた人は挨拶もそこそこに、そんなことを聞いてきた。

 うちは苦笑いで顔を振る。


「説明できません」

「公式がそんなTシャツ作るって」


 じーっとうちの着てるTシャツを見るファンの人。

 うちが着ているのは「エリちゃんの為なら全てを捨てます」とキャラ化されたうちが土下座しているTシャツだ。

 キャラ化は嬉しいけれど、うち土下座シーンばかり有名になる気がする。

 ほんと、公式が作ったとは思えないTシャツだ。


「うちの決意表明だと思って、どうか買ってください」

「いや、買うけど。むしろ、エリちゃんファンがこぞって買ってるけど」


 せっかくだからと握手をし、手を振りながらお願いする。

 すると元から買おうと思っていたのか、すんなりと頷いてくれた。

 あ、この人、エリちゃんのファンだ。

 首から下げられた名札入れには初期のエリちゃんの生写真が入っていた。


「え、なんで?」

「いや、そりゃ、そんなエリオタの決意表明みたいなTシャツ作られたら、買うでしょ」


 エリちゃんファンが、なぜうちのTシャツを?と思ったけれどら言われてみれば、中身は完全にエリちゃんのオタクTシャツになっている。

 お互いに不思議そうに首を傾げて顔を見合わせる。


「……たしかにー」


 苦笑しかでない。

 うちがそう言った所で「そろそろお時間でーす」と貴重な三枚の終わりが来ていた。

 軽く手を振って見送る。今日はこの手の人が多そうだなと思った。


「レイのTシャツ来てる人いっぱい来るんだけど」


 バックヤードに戻ると、エリちゃんも同じ時間の休憩だったらしい。

 うちは紙パックのオレンジジュースを片手にエリちゃんを見上げた。

 唇を尖らせながら、お茶に口をつけるエリちゃんが隣に座る。


「やっぱり? うちの列でも言われた」

「……罰ゲームにならないじゃん」


 うー、と小さな声で唸っているのが可愛い。

 そう、このTシャツはエリちゃんと美緒ちゃんからの罰ゲームとして作られたのだ。

 こんなTシャツで良ければいくらでも着るのだけれど。

 エリちゃんに言わせれば「自戒して貰うため」らしいが、思いのほか、エリちゃんファンに刺さったようだ。


「エリちゃんの為に全てを捨てれる人がたくさんいるってことだよ」

「反省してる?」


 ふふん、と決め台詞のように言ったら、ジト目で睨まれた。

 中々の圧だ。

 うちは慌てて紙パックを持ったまま頷いた。


「してます、してます!」


 だけど、信用は得られない。エリちゃんは小さく息を吐くと、うちの服を引っ張った。

 そして、予想もしない一言を耳元で落としていく。


「私、家出ることにしたから」

「へ?」

「仕事、忙しくなってきたし、この間の同棲企画で両親も安心してくれたみたいで」

「あ、あれで?」


 信じられない。目を何度か瞬かせる。

 どこらへんに安心してくれたのか、エリちゃんのご両親に聞きたいところだ。

 というか、これはもしや一緒に住もうというお誘い?と邪な想像が頭を過る。

 尋ねようとしたのだけど、エリちゃんは上目遣いにうちは縫い留められた。


「一緒に探してね」

「喜んでー!」


 その返事以外、何ができたというのか。

 うちの返事にエリちゃんは嬉しそうに笑顔をこぼす。

 すぐに休憩時間の終わりが告げられ、うちもブースに戻った。


「エリちゃん、ニコニコだったぞ。瀬名、何をした!」

「ふふん、それは教えられません」


 その後も、うちのファンというよりエリちゃんについて聞きたい人の方が多い握手会だった。

 エリちゃんの機嫌がいいのは、うちのおかげだと言いたいが、そこは我慢。

 恋人の可愛らしい姿はうちだけのものなのだ。

 わざとらしく含みを持たせるうちに、エリちゃんのファンの人たちは悔しそうに地団太を踏んだ。


「こんなTシャツ作られたくせに!」

「エリちゃんが笑ってくれるなら、いいんですよ」

「それな!」


 オタクは推しが幸せそうなら、何でもいいのだ。

 お互い握手会というより、手を組みあってエリちゃん談義になった。

 エリちゃんと同棲する・しないの騒動は、まだもう少し先の話だった。

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一緒に罰ゲームをしたら、同期のトップアイドルの心の声が聞こえるようになった件 藤之恵多 @teiritu

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