第21話 誘惑の告白
エリちゃんとデートしてから一週間。
うちは再び美緒ちゃんの部屋を訪れていた。
いや、呼ばれすぎじゃない?と、思う。
ゆうなには呆れたように半笑いで見送られ、心配そうにしてくれたのはエリちゃんくらいだった。
「瀬名、今度は何をやらかした?」
「皆目見当が付きません」
部屋に入れば、机に体重をかけたような姿勢で美緒ちゃんが立っていた。
顔を見た瞬間にこの言葉。
うちは両手を顔の横に上げ、お手上げポーズだ。
美緒ちゃんは「はあ~」と大きなため息をつくと、机から腰を離し、後ろ手に手を組んだ。
「ミラクから仕事を破棄することも考えている、と言われたぞ?」
「ええ?!」
うちは小さくその場で飛び上がった。
サプライズを発表されるのとはまた違う、ドキドキに襲われる。
心当たりはないが、元々、心当たりがないことで舞い込んだ仕事だ。
絢さんの何かに触れた可能性はある。
「あの瀬名にぞっこんのお嬢様と遊んで、泣かせたとかじゃないよな?」
ちらりと美緒ちゃんの視線がうちに刺さる。
プロデューサーとしての圧が凄まじい。
慌てて顔の前で何度も手を振る。
「そ、そんなことしてませんよ! うちにはエリちゃんがいますし」
天は二物を与える、あのエリちゃんと付き合えているのだ。
その時点でもう恐れ多いほどなのに、そんなエリちゃんを悲しませるようなことをするわけがない。
「だよなぁ。瀬名は二股なんてできないよなぁ」
「なんか悔しいですけど……その通りですよ!」
唇を尖らせながらも、うちは頷いた。
二股なんてするわけがない。エリちゃんがいるのに、絢さんと付き合うことを考えた時点で胃が痛くなりそうだ。
そのうちの態度に納得したのか、何なのか。
美緒ちゃんは肩をすくめた。
「まぁ、事情は本人から聞いてもらって」
「え?」
目をパチクリ。良く分からない単語が聞こえた気がした。
うちの信じられない気持ちを見破っているように、美緒ちゃんはニヤリと笑って言い直した。
「もうすぐ、ここに来るからね。絢瀬かほりさん」
「えぇ?!」
わざわざフルネームだ。
どうやら呼び出しの本題はそっちだったよう。
うちは美緒ちゃんに詰め寄ったが、まるで犬に待てをするかのように手のひらを向けられる。
「じっくり、話してこい。仕事に支障はないように……と、言いたいが、今回は瀬名から始まった仕事だからねぇ。ある程度の支障なら、仕方ないかな?」
「ありがとうございますっ」
美緒ちゃんの言葉にガバリと頭を下げる。
仕事に影響は与えたくない。与えたくないけれど、うちはきっと仕事のために全部は捨てれない。
その言葉でだいぶ楽になった。
「瀬名はどうしたいの?」
「うちは、推されるより推したいです」
間髪入れずうちは答えた。
推されるありがたさはよく分かっているけれど、性分として推す方が好きなのだ。
こればかりは今更変えようがない。
美緒ちゃんは苦笑を隠さず、うちを見つめてくる。
「公認カップルで人気が出たのに、ブレないねぇ」
「センターは、一番輝ける人が立つべきですから」
「それも瀬名らしいか」
苦笑いを滲ませたまま美緒ちゃんは小さく頷いていた。
※
こほんと絢さんが小さく咳払いをした。
うちは何となく背筋を伸ばす。
場所は事務所の一角。隣にプロデューサー室があるような場所だ。
「瀬名さん、確認したいことがあります」
「はい」
神妙な声に、うちは頷いた。
何を聞かれるか、美緒ちゃんの話がなければ予想もつかなかっただろう。
だけど、今のうちにはある程度の覚悟ができていた。
「小田切さんとの関係ですが、百合営業ではないのですね?」
百合営業。恋愛スキャンダルがご法度なアイドルが、百合を装ってする目眩ましのことだ。
元々、エリちゃんのスキャンダルを覆すためだったから、ある意味あっているのだけれど。
うちは手のひらの汗を服を握ることで誤魔化した。
「エリちゃんとは、その、清く正しくお付き合いをーー」
改まった言葉で話し始めたら、絢さんの視線が鋭くなった。
「え・い・ぎょ・うではないのですね!」
「うちはエリちゃんのことが好きで、支えたいと思ってますっ」
脊髄反射のように、うちは大きな声で答えた。
嘘偽りない素直な気持ちだ。
だけど、この答えが正解だったのかは分からない。
「そうですか」
表面上は冷静に見える絢さんに、うちは恐る恐る言葉を続ける。
「あの、仕事で表に出すようなことはしませんし、必要ならうちを切っていただいても構いません」
公認カップル扱いはされているとはいえ、やってる事は他の仲の良いアピールをしているアイドルたちと大きくは変わらない。
仕事を順調に進めることに必要なら、エリちゃんも納得していくれるだろう。
そういう部分で、エリちゃんは本当にプロなのだ。
ただそれさえ許されないなら、切り捨てるのはうちにして欲しい。
「しませんよ、そんなこと。大きなプロジェクトですし、止めても損害がでるだけです。瀬名さんに提案したいのは別のこと」
うちの言葉に絢さんは不思議そうに首を傾け、小さく微笑んだ。
その冷静な姿からは、未だに絢さんがうちのために仕事を融通しているとは思えない。
半信半疑のまま、うちは絢さんを見つめる。
「別のこと?」
「私と付き合いませんか? もちろん、小田切さんとは付き合ったままで結構です」
「ええ?!」
とんでも無い提案だった。
まさか、二股を提案されるとは。一体、絢さんは何を考えているのか。
うちは緊張感を誤魔化すために生唾を飲み込んだ。
「私は小さいころから友人もいなくて、恋もしたことがありませんでした。瀬名さんに助けてもらってから、ずっとあなただけ心から離れません」
絢さんの告白は静かだった。
静かに、ただ想いを積み重ねていく。
まるで雪が少しずつ世界を白く染めていくような告白。
だがその瞳だけは爛々と輝き、うちを見つめていた。
じりと、少しだけ後に下がる。
「いやいや……そんな大したことは」
「瀬名さんにとっては、そうなんでしょうね」
ふっと絢さんは微笑んだ。
内側に包みこまれた熱量が、圧力のようにうちを動けなくさせる。
一歩絢さんが近づき、身体が触れそうな距離になった。
「たとえ、小田切さんという人がいても、諦められないんです」
下から見つめられた。
うちより身長はあるのに、どういうことだ。
美人のドアップに、この状況。
うちの脳みそは処理しきれない情報にシャットダウンしそうだった。
「小田切さんには緊張してできないようなことも、私だったら全部させてあげますし、したいことも全力でサポートします。瀬名さんにとっても、悪い話ではないと思いますが」
とうとう身体が触れ合う。
柔らかく、熱いくらいの体温が伝わる。
夏場で薄着だったのもあって、その下の肉体を感じてしまう。
「どうでしょう?」
一歩間違えばキスしてしまう距離。
その距離で、うちと絢さんは動けなくなった。
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