第20話 波乱の大仕事
降って湧いた大仕事にうちら〝スターライトクラウン〟の16人はバスで移動していた。
グループとはいえ、人気の差は激しく、ピンの仕事も多い。
メンバー全員での仕事は、ライブ以来だった。
美緒ちゃんから「覚悟しろ」と言われて二週間。びくびく過ごしてきたのに、今のところ何もなかった。
「久しぶりにずっと一緒の現場だね」
「うへへ、そうだねぇ」
「拘束時間も長いし、大変なんだね。パチンコって」
バスの窓際にエリちゃん、その隣にうち。通路を挟んでゆうなが座っていた。
基本的に早い者順ではあるものの、この頃うちはエリちゃんの隣を確保できている。というのも、この二人でインタビューが入ったり、現場の写真を撮られることが多かったから。
公認カップルになって良かった!と思う瞬間だ。
「曲もいっぱいあるから、頑張らなきゃ」
「うん、エリちゃん、ほとんど出るでしょ?」
バスが到着して楽屋に移動する。大体2列くらいでぞろぞろと歩いていく。
同じくらいの年恰好の子が歩いていくので、ぱっと見、社会科見学みたいな光景だ。
スタジオが入っているビルは壁が厚くて、少し肌寒いくらいエアコンが効いていた。
エリちゃんは相変わらず真剣な顔で、両手を握っている。うちはその姿を微笑ましく見つめていた。
「あー、どうだろ。珍しい組み合わせも多かったし」
「確かに、端組まで曲あったもんね!」
「びっくりだわぁ」
エリちゃんが首を傾げる。確かに、今回の編成はかなりレアなものも多かった。
ゆうなが後ろから肩を組むように飛びついてくる。
端組――つまり、うちとゆうなの曲まであった。珍しすぎて、美緒ちゃんに間違ってないか聞きに行ったくらいだ。
ゆうなも同じ気持ちだったらしく、目と目を合わせて肩を叩きあう。
「私もレイと一緒の曲あったもん」
「あったねぇ!」
ノリとしては男同士みたいなものなのだが、エリちゃんが少し唇を尖らせて主張する。
そう、それもびっくりしたのだ。
このうちが全員が入る曲以外に2曲も入っているのだ。
と、楽屋の前で出迎えてくれた人影に足を止めた。
「今回は、瀬名さんに活躍してもらいたく思ってますから」
「あ、絢さん!」
「誰?」
ぴしりとしたスーツ。首元にはシンプルなネームプレート。
肩甲骨くらいの長さの群青色の髪の毛に、お洒落な細いフレームの眼鏡をつけている。
パッと見ただけでは分からなかった。だけど、その声と笑顔で彼女が絢さんだと気づいた。
目を丸くしたうちに、エリちゃんがすぐに小声で聞いてくる。
うーん、説明が難しいんだけれど、と言葉を探していたら、絢さんから名刺が差し出される。
「申し遅れました、わたくし、今回の仕事を担当させてもらう絢瀬かほりと申します。瀬名さんには、以前助けて貰いましたの」
見えた名刺には株式会社ミラク営業マネージャーと書いてあった。
その瞬間、うちは天を仰ぎたい気分になった。
いきなり舞い込んだ大きな仕事。しかも、うちを推してくれてるらしい会社。
すべてが繋がっていく。
(絢さんだったのぉ?!)
うちが驚きに固まっている間に、エリちゃんが名刺を受け取った。
両手で受け取り、きちんと名前を確認している。
こうやってみると、キャリアウーマンのようで、良い女。いや、エリちゃんが美人でデキる女なのはよく知っているのだけれど。
お互いに笑顔で挨拶しているのに、なぜか空気がぴりついた。
「瀬名さん、本当にお世話になりました」
「いえ、あのあと大丈夫でしたか?」
「ええ、おかげさまで、あれ以降付きまとわれたりもしていません」
頭を下げる絢さんに慌てて手を振る。
ゆうなはいつの間にかうちらの隣を通り過ぎ、ちゃっかり楽屋に入っていく。
逃げたな、と思ったうちは悪くないと思う。
「これからはしっかりサポートしますので、よろしくお願いいたします」
「あ、ありがとうございます」
一言も話さないエリちゃん。笑顔でうちだけを見てくる絢さん。
その二人の間で、うちは引きつりそうになる頬に檄を飛ばし笑顔を作る。
三人で楽屋に入り、すぐに仕事の説明が始まった。
「では、今日の内容についてご説明いたしますわ」
絢さんの説明によると、今日の仕事は三つ。
パチンコの演出に使う音声の収録。
それに合わせた写真撮影。
最初の期間限定景品の撮影。
人数が十六人と多いし、途中でインタビューなども入るらしい。
聞いてはいたが盛りだくさんの内容だ。
絢さんは説明が終ったら、部屋から出ていってしまった。去り際に微笑まれて、ビクビクしてしまったの内緒だ。
「まじ、大変じゃん」
仕事量の多さにこりゃ、一日中拘束されるわけだ。と、納得していたら、目が座った状態のエリちゃんに肩を掴まれる。
「レイ、ちょっといいかな?」
「え、エリちゃん?」
キョドるうちにゆうなが笑いながら近寄ってきた。
「わっかりやすいくらい、瀬名っち狙いだねぇ」
「ゆうな!」
助けてくれるかと思ったら、火に油を注ぎたかっただけらしい。
ゆうなの発言にエリちゃんの顔から表情が消えた。
うちは首根っこを捕まえられた猫のように大人しく事情を説明するしかなかった。
「へぇ、ヘタレなのにあの人だけ助けたの?」
「い、イベントの目の前でさ!」
「ふーん」
エリちゃんのツッコミが怖い。
いや、うちもこんなことになるとは思ってなかったんです。
逃げようとしたけど、それさえできなかったんです!
と、心の中ではいくらでも言えるのに、口はうまく動いてくれない。
「瀬名さん、お願いします」
「はい、今行きますぅ!」
これほど仕事に呼ばれて助かったと思ったのは、初めての経験だった。
うちが呼ばれたのはピン撮影だった。
長い廊下を歩き、スタジオに入る。そこで待っていたのは絢さんで、すぐに近づいてきてくれた。
「瀬名さん、この間のお礼も兼ねて、この機会は準備させてもらいました」
「ありがとうございます。ですが、あれくらいのことで、こんな扱いされると困っちゃいます」
うち一人だけだからか、最初から絢さんはそう口にした。
やっぱりか。うちは苦笑しながらお礼を伝え、素直に困ることを伝える。
ありがたいのは、ありがたい。
だけど、うちは存外、今のポジションを気に入っている。
「ふふ、大丈夫ですよ。元々、人気のあるアイドルとコラボする話は出ていたので」
絢さんがそう言ったので、少しだけ肩の力が抜けた。
そういうことなら、うちはうちの推しを推すだけだ。
「うちのグループで一番人気はエリちゃんです。彼女に力を入れた方がよいですよ」
「しかと受け止めておきますわ」
「よろしくお願いします」
頭を下げる。
とにかく、これ以上事が大きくなるのは防げそうだ。
うちはパチンコ用の慣れないポーズ指定に四苦八苦しながらピン撮影を終えた。
*
帰りのバスで、うちは今まで味わったことがない疲労を感じていた。
来た時と同じように座席に座っているが、うちの右隣に座るエリちゃんは一切しゃべらない。
通路を挟んだゆうなだけが、楽しそうに口元に手を当てて笑っていた。
「いやー、凄かったね。かほりさん」
「はは……嬉しいような、怖いような」
個人的に話すことは少なかったのだけれど、それ以外の態度が分かりやすかった。
特に最初に会っているエリちゃんとゆうなには丸わかりだったようで。
エリちゃんは途中から口数が減るし、休み時間は妙にくっついてくるし。
色んな意味で心臓に悪かった。
ぼそりとエリちゃんが呟いた。
「ずっとレイのこと見てた。あの人」
「ほほーん、それで、そんな状態なの?」
ゆうなはニヤニヤしたまま、うちとエリちゃんの間を指さす。
バスに乗ってからエリちゃんはうちの右腕を抱き枕よろしく両腕で掴んでいるのだ。
中々強い力が込められていて、そろそろしびれ始めそう。
「……今日はレイの家に泊まる」
「ふわぁ?!」
大きな声に他のメンバーの視線が集まる。
その視線の半分はニヤニヤ、半分はイライラ。
うちは見てきたメンバーたちにぺこぺこと頭を下げた。
もちろん、ゆうなはニヤニヤしているだけ。
「明日、『昨夜はお楽しみでしたね』って言ってあげるね」
「言わんでいい!!」
ああ、腕が自由だったら、ゆうなの頭にツッコミの一つも入れているのに。
もうエリちゃん側の耳が熱くて仕方ない。熱はそのまま下がることなく、顔にまで熱が移ってきそうだった。
ゆうなの言葉にエリちゃんはきょとんとした顔で首を傾げた。
「? どういう意味?」
「仲良しのスラングみたいなもんだよっ、エリちゃんは気にしなくていいから」
「あはははー」と人の気も知らず笑うゆうなを、うちは赤い顔で睨むしかなかった。
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