第18話 初スポンサー?!
ハプニングのあったイベントの後、また休みなく働く日々が始まった。
忙しいのはありがたいことなんだけど、エリちゃんとゆっくりする時間がないのだけ不満。
だけど、やっとご飯に行く時間がとれて、うちにしては珍しくウキウキとレッスン場を後する。
扉近くに待っていてくれたエリちゃんを見つけ、走り寄ろうとした。
「瀬名、プロデューサーから話があるそうだから、これから事務所に顔を出すように」
ピタリ。足が止まる。
片付けをしていスタッフさんが、首の後ろに手をやりなが首を左右に振っていた。
お疲れ様です!
でも、そんなこよりーーうちは面食らって大きな声を出した。
「ええっ、何でですか?!」
「知らん」
伝言を頼まれただけだったようで、それだけ伝えると作業に戻ってしまった。
ぐぬぬとうちは色々聞きたいのを我慢する。
美緒ちゃん、高橋プロデューサーは突発的なところがある。
こう言った呼び出しはメンバーなら誰でも経験していた。
「……おーのー」
頭を抱えていたら、やり取りを見ていたエリちゃんが近寄ってきてくれた。
ひょこと下から覗き込まれる。エリちゃんの口端も少し下がっていた。
「レイ、帰れないの?」
「ごめんね、ご飯行く約束だったのに」
久しぶりのエリちゃんとのご飯が!
この間から約束していたのに、何ということだ。
普段から忙しいエリちゃんと約束するのは難しいのに、まさかのうちの呼び出しで消えてしまうとは。
悔やんでも悔やみきれない。
「仕事なら仕方ないから。待ってようか?」
優しいエリちゃんは、トボトボと歩き始めたうちの隣でそう言ってくれた。
うちは力なく首を振る。
「エリちゃん、休めるときは休んで。明日も仕事あるんだし」
「そうだけど、この間の写真見せてもらいたかったのに」
エリちゃんの時間は貴重だ。
うちを待つなんてするなら、少しでも寝て欲しい。
顔の前で両手を合わせて、ペコペコと頭を下げる。
「うー、ごめんね」
エリちゃんが小さくため息をついた。
不満が伝わる音に、うちの心臓はドキドキしてきてしまう。
とはいえ、仕事を投げるようなことはエリちゃんも嫌いだ。
おろおろとエリちゃんの様子を伺っていたら、エリちゃんが少しだけ視線を外して呟いた。
「……同棲してた時は楽だったね」
「ひょ、そ、そうだった?」
エリちゃんの口から〝同棲〟という単語が出てきたことに変な声が出た。
同棲とは、企画の時の話だ。確かにあの時は問答無用で一緒に帰らせられたから、一緒にいる時間はたくさんあった。
あの頃はあの頃で緊張しっぱなしだったのだけれど。
「ん、一緒に帰れたし、休み合わせなくて良かったし」
エリちゃんがレッスン着として来ているTシャツの裾を握ってくる。
きゅって、きゅって握るのが可愛すぎるんだけど!
さすがにうちでも空気を読んで悶えるのは止めておく。
うちと一緒にいたいと思ってくれてるだけで嬉しい。ゆっくり深呼吸して、気持ちを落ち着ける。
更衣室の前まで来て、エリちゃんがぱっと手を離した。
「何かあったら電話してね」
そういうエリちゃんの顔に、さっきまで見えてた寂しさはない。
さすがプロ。この切り替えは見習いたいくらいだ。
うちはさっきまでエリちゃんが握っていた場所を握りながら笑う。
「ありがとう」
「頑張って」
エリちゃんが近づく。
頬に柔らかい感触。気づいた時には、エリちゃんはもう中に入ってしまっていた。
感触を確かめるように頬に手を当てて、その場で飛び跳ねる。
「うー、うちの彼女が完璧で怖い!」
がちゃりと更衣室の扉が開く。
にっこりと笑ったゆうなが出てきた。
「いちゃつくなら他所でやって、ね?」
「はい、すみませんでした!」
うちは慌てて更衣室に入り、美緒ちゃんの元へ向かう準備を始めたのだった。
*
「瀬名です」
『入っていいよー』
「失礼します」
皆と別れて一人で訪れた事務所。
少しだけ残っているスタッフさんたちに声をかけつつ、美緒ちゃんの部屋の前に着いた。
ノックをしてから型通りの挨拶。美緒ちゃんの声を確認してから中に入る。
「おー、相変わらず、バカップルやってるか?」
中に入れば椅子に座ったまま美緒ちゃんが手を上げていた。
その内容に苦笑しながら、うちは後ろ手に扉を閉めた。
「おかげさまで、イチャイチャさせてもらってます」
「メンバーも呆れてたぞ」
その言葉には肩を竦める。自覚はある。
エリちゃんは天然で可愛いから、止めようがないのだ。
うちの反応に美緒ちゃんは呆れたように椅子を揺らすと、ゆっくり立ち上がった。
「さて、実は大きな仕事が入りそうだよ」
「へぇ、それは良かったですね。エリちゃんはセンターですか?」
「心配するとこは、そこなのか?」
美緒ちゃんが片眉だけを下げるという器用な顔をする。
うちは頷いた。
大きな仕事はありがたい。だけど、今更うちのポジションが変わるとも思えないし、関係するとしたら、可愛いエリちゃんがどれだけ見えるかだけなのだ。
「うちのポジションが変わるとも思えないですし、センターって気が重いです」
徐々に近づいてくる美緒ちゃんから逃げたくなるのを堪える。
変な圧力は逃げると碌なことにならない。
センターに立ちたい子は多いだろうけど、うちにとっては何よりエリちゃんのセンターが見たい。
「それがなぁ、そうとも言い切れない事情になってきてなぁ」
「え、せ、せ、センターですか?」
嫌だという気持ちが出すぎたのか、めっちゃどもってしまった。
美緒ちゃんが苦い顔で眉間に皺を寄せる。
ピタリとあたしの前で美緒ちゃんは立ち止まった。
「今回の仕事は、パチンコだ」
「パチンコ?」
「うちのグループで作りたいんだと」
「ええ、本当におっきな仕事じゃないですか!」
パチンコ。作るのは大変だって聞くけど、効果は大きいらしい。
前大手のアイドルグループが作った時は、一緒にシングルを作ったりファイルを作ったりと忙しそうだった。
パチンコ台でしか見れない曲などもあるらしい。
「そう。ありがたい話なんだが……」
美緒ちゃんが首を傾けながら頷いて動きを止める。
それから、ジロリと見られて、うちは唾を飲み込んだ。
何かマズイことをしただろうか。
「何やった? 瀬名」
「うちですかぁ?!」
「瀬名を抜擢しろという注釈が付いている」
「ええっ?!」
パチンコの会社に知り合いなんていない。この頃お仕事で一緒になった、なんてこともない。
そして、これら堂々とした圧力による抜擢だ。
まぁ、芸能界ではスポンサーで扱いが変わるのはよくある話だけれど、うち自身には関係ないことだと思っていた。
美緒ちゃんがうちの反応を見て、面倒くさそうに頭を掻いた。
「内容としてはありがたい仕事なんだが、こういう仕事は揉める時が多いんだよ」
「そ、そうですよねぇ」
美緒ちゃんは椅子に座り、大きく背もたれにもたれかかる。
今まで押されたことはないが、スポンサー関係の面倒さは何となく知っていた。
肩をすくめていると美緒ちゃんがびしっと指をさされる。
「センターにはならんくても、仕事量は多くなる。覚悟しておくように」
「はぃー……」
うちは消え入るような声で返事をするしかなかった。
※
瀬名レイ。
コスプレイヤー絢こと、絢瀬かほりは表示された画面を見て微笑んだ。
「ふふっ、まさか、アイドルの方とは思いませんでしたわ」
滅多に参加できないイベント。
父親からつけられた護衛には、ばっちり見られていただろう。
瀬名さんが助けてくれなかったら、護衛たちが実力行使をしていたかもしれない。
コスプレイ以外のことで注目されるのは嫌だ。
そういう意味でも、瀬名さんが来てくれて本当に助かったのだ。
「あの時の姿、素敵でした。ぜひ、もっと仲良くなりたいところ」
お茶の最中も名字しか教えて貰えなかった。
電話番号もダメで、こっそり調べてもらったのだ。
「待っててくださいね」
画面を胸に抱き、目を閉じる。
早く本当の彼女に会ってみたかった。
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