オタクなヘタレの初修羅場

第16話 新メンバーの加入


 「ふたり、いつまでも」の発表に関するイベントは、全部上手くいった……と思いたい。

 エリちゃんとの仲の良さが公認になったことで、茶々は飛んできたけど、ありがたいくらいだ。

 そして、美緒ちゃんは次々と新しいことを考えているようで、アイドルグループにはありがちの新メンバー加入が決定。

 今回は新メンバーと一緒の初めての握手会だった。


「さて、それでは新人の挨拶に行きましょう!」


 司会をしているゆうなの声が、大きな会場に響く。

 何個かに分かれたブースから歓声と振動湧き上がり、お腹に伝わる。

 振られるペンライトの眩しさに、うちは目を細めた。


(エリちゃんの色、多いなぁ)


 ニマニマしそうになる頬をアイドルスマイルで押し隠し、ゆうなの進行に任せる。

 新メンバーの話がほとんどだから、端のうちにはほぼ関係ない。と、思っていたら。


「瀬名先輩、一緒にやって下さい!」

「えぇ? 頑張ろよー」


 新メンバーが引いたのはモノマネ。

 アイドルなんだから、下手なモノマネの一つや二つ持ってなきゃ。

 衣装の裾を掴んで上目遣いをしてくる後輩に厳しい顔を作る。


「先輩が頼りなんです」


 頼り。この端のうちが頼り。

 そんな言葉を聞く時が来るなんて。

 うちは込み上げてくる嬉しさに鼻の下を擦る。

 どうにか誤魔化したつもりだったんだけど、メンバーから呆れたような視線が降ってくる。


「瀬名っち顔ヤバイよ」

「瀬名ー、浮気だー!」

「エリちゃんに言いつけるぞっ」


 いや、デレデレしただけで浮気って。そんなヤバい顔してただろうか。

 客席からも飛んでくる野次に、うちは顔の前で大きく何度も手を振る。


「いやいや、これは浮気じゃないですし、エリちゃん忙しいんですから、言わないでくださいよっ」


 エリちゃんは今日は別の仕事が入っていて不在。

 元々忙しいエリちゃんの耳に、こんなどうでもいい浮気騒動を入れたくない。

 右でペコペコ、左で火消し。ちょこまかと動き回っていたら、ゆうなが呆れを隠さず半眼でこちらを見てきた。


「どっちでもいいけど、やるの? 瀬名っち」

「先輩」

「ぐ……やり、ます」


 時間がないという圧力と後輩からのお願いというダブルパンチにうちは屈した。

 後輩と二人並ぶ。

 モノマネね、モノマネなんて、できるわけないだろ!


「では、どうぞー!」


 上手くても下手でもやり切るだけ。

 やけくそ気味にうちは渾身のモノマネを客席に披露した。


『まじ、瀬名デレデレしすぎ』

『後輩の見せ場取るとか、なんなの?』

『俺たちの――』


 その結果がこの炎上である。

 エゴサーチなどしたくないが、しなければ現実を把握できない。

 アイドルは現実と向き合う必要がある職業です。

 うちは焼肉屋の喧騒の中で、一人テーブルに突っ伏した。

 まだお肉は来てないのでピカピカだ。


「うーわー、言われてるぅ」

「見なきゃいいのに」

「それは分かってても、気になって見ちゃうんだよぉ」


 ちらりと視線を上げる。対面にいるのはエリちゃん。

 久しぶりにご飯に行けるので、うちは今日までエゴサしなかった。

 エリちゃんを見ながらなら、回復は早いと推測したのだ。

 予想はバッチリ。

 呆れるような視線でもエリちゃんを見れるだけで嬉しい。


「レイは後輩に慕われてて羨ましいけど?」

「エリちゃんは高嶺の花すぎるんだよ、うちを通してエリちゃんについて聞く子、めっちゃいるよ?」


 店員さんが持ってきてくれたお肉を一枚ずつ網に乗せる。

 火傷すると悪いのでエリちゃんには焼かせない。

 この間のイベントについて話していたら、エリちゃんはじっと網を見たまま少し寂しそうにしている。

 同期の中でもエリちゃんは孤高の存在だから、後輩なら仲良くできると思っていたのだろう。


「え、直接聞いてくれればいいのに」

「そう言ってはいるんだけど、ね」


 うちの言葉にエリちゃんが目を丸くする。うん、その表情さえ可愛い。

 でも、後輩たちの気持ちもうちにはわかるのだ。

 人間憧れの存在だったり、綺麗すぎるものには容易に近づけない。

 逆にうちみたいな先輩だと話しかけやすい。弄られているとも言える。

 エリちゃんの気を紛らわすために、後輩こら舐められている話を口にした。

 苦笑しながらも、楽しそうにしてくれたから、ヨシとする。


「レイって優しいよね」

「そうかな?」


 焼けたお肉を摘んで、裏を確認。

 うん、バッチリ。エリちゃんの皿に置いておく。

 うちの分もご飯の上にセットして、完璧な染み込み具合だ。

 エリちゃんは「ありがとう」と、こんなことにさえお礼を言ってくれる。

 ニマニマが込み上げてくるので、今回はそのまま表情を崩した。


「うん、たまに心配……あとで落ち込む時あるし」

「大丈夫! うちは明日久しぶりにお休みなのですっ」


 エリちゃんから心配されるてる。それだけで、元気が出るのだけれど。

 そんなことを言っても苦笑されるだけ。

 うちはお肉を頬張ったあと、エリちゃんに向けてお休みを宣言する。

 こてんと首を傾げたエリちゃんが何かを考えるように目を右左と動かした。


「あー、イベントに行くんだっけ?」

「そうなんだよぉ。久しぶりにイベントに行けるの、好きな作品でさ。このエアリスってキャラが一番のお気に入りなんだ」

「へぇ」

「見た目も好きなんだけど、この子が出てくるエピソードが」


 忙しいのにうちが言ってたことも覚えててくれるなんて!

 うちは急いでスマホの画面をスライドさせると、明日のイベントの作品を見せる。

 元々はゲームなんだけど、アニメ化もされている作品だ。

 エリちゃんにスマホを渡して、テーブル越しに説明を加える。

 うちのマシンガントークを表情一つ変えずに聞き終えたエリちゃんは、スマホを返しながらこう言った。


「浮気はダメだよ」

「もちろん! キャラはキャラだから!」


 妙に力が言ってた入ってる気がした。口端も少し下がっている。

 どうやら面白くはないらしい。

 うちとしては、基本的に冷静なのに、うち関係だと素直なエリちゃんが可愛くて仕方ないのだけれど。

 世界中にうちの恋人の可愛さを叫びたい気持ちに蓋をして、力強く頷くだけにした。


「というわけで、エリちゃん、めっちゃ可愛くない?」

『……惚気のためにわざわざ休みの朝早くに電話してきたの?』


 朝日が眩しい。うちは目の前の特徴的な逆三角形の建物を見上げながら手をかざした。

 周りには人、人、人。

 大体、大きな荷物か鞄を持っている。皆が同じ場所に歩いていく姿は中々面白い。

 うちは入場開始までの間に、エリちゃんの可愛さを伝えようとゆうなに電話をしていたのだ。

 時間としては9時すぎくらい。休みのゆうななら寝ている時間だ。


「そう、エリちゃん可愛いでしょ?」

『あー、はいはい。イベント楽しんでね。変装は?』


 完全に流した声だった。

 出てくれただけで優しいのは分かっている。

 何より今ならイベントのうちは非常に機嫌が良かった。


「イベントにあわせて男の子っぽくしてみた!」


 さすがにそのまま乗り込む勇気はない。

 いつもは一つ縛りにしている髪の毛は短髪のウィッグの中に入れる。カラコンにメガネを合わせて、服装もゲームの男性キャラに寄せる。

 似たような格好の人は山ほどいるので目立たない。

 我ながら良く出来たから、思わず写真を撮ったくらいだ。


『エリちゃんに迷惑かけないようにね』

「あったり前でしょ」


 オタク活動は清く正しくが基本である。

 出店する側も買う側も節度がなければ楽しめない。

 うちは鞄から一枚の地図を取り出した。


「昨日から目星は付けといたからなぁ」


 昨日の内に、買いたいサークルには丸をつけておいた。何だったら優先度順に色分けもした。

 見てるだけで心が浮き立つ気がする宝の地図だ。

 うちはそれに目を通しながら、ゆうなとの電話を切るとイベントへ向けて気合を入れた。

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