第15話 企画結果
「はい、皆さん、こんにちはー」
「こんばんはー」
だいぶ慣れてきた配信カメラの前にエリちゃんと二人で座る。
あの日からぐっと距離が近くなって、今も肩が触れるている。
それだけで緊張するうちは、やはりヘタレなのだろう。
「エリちゃん、そこは合わせて」
「え、でも実際は夜だし」
「まぁ、確かに、そうなんですけどねー!」
エリちゃんの少し天然なところも可愛い。
どうやらこういう雰囲気が受けるようで、気を抜いた感じで配信させてもらっていた。
と、画面にコメントが表示される。
『仕事帰り?』
今まで生の意見を聞けるのは握手会だけだったけれど、配信は配信で楽しい。
小さく頷いてカメラに手を振る。
「そうです。仕事帰りに撮ってます」
「撮ってます」
エリちゃんと触れ合う肩が熱い。
とんと体重を預けられ、頰が緩みそうになる。
『瀬名がご飯作ったの?』
「それは」
なぜ分かった、と思う間もなく、エリちゃんが笑顔を見せる。
この頃らエリちゃんはうちのことに対してニコニコしがちで。
それを分かっているファンの人はこうやって人を出しにしてエリちゃんの機嫌をとってくる。
「そうだよー、レイのご飯、美味しいんだから!」
「いや、大したものじゃないし」
可愛らしいエリちゃんを前にうちにできることは少ない。
苦笑していると右腕を取られ抱きしめられる。
あー、慣れない距離だ。汗臭かったりしないだろうか。
エリちゃんはいい匂いしかしないのだけれど。
『エリちゃん、瀬名大好きじゃん』
『知らなかったのか、にわかめ』
『知っとるわ!確認だよ、確認』
そーっとエリちゃんの体を離す。少しだけ不満そうな色が見えたが、そこはプロ。
すぐに消して笑顔を作る。
二人で用意してあった台本の紙を引き寄せた。
「あはは、ヒートアップしてますが、今日はうちらにとって、大切な日です!」
隣のエリちゃんと顔を見合わせる。
せっかくだから、二人で発表しようと決めていた。
大きく息を吸う。
「「せーの」」
画面にドラムロールが飛び交う。
配信ならではの演出が嬉しい。
エリちゃんと微笑み合った。
「「『ふたり、どこまでいけるかな?』結果発表〜!」」
どうにか言えた。
パチパチと拍手していれば、コメント欄が目に見えないくらいの速さで流れていく。
それだけ注目されているということで、素直に嬉しかった。
「三ヶ月に渡りお送りしてきた企画の結果が出ます」
「まだわたしたちも知らないです」
今日のこの配信の前に渡されたのは、ペラの台本と分厚い封筒。
そのどちらも手元にある。
エリちゃんはこの配信では見慣れたゆるゆるの笑顔でカメラに向かってリアクションをしている。
「ドキドキするねぇ」
「ん〜……大丈夫だと思う。そうですよね?」
うちが胸に手を当てて深呼吸している隣で、エリちゃんは自信ありげに笑みを深めた。
もちろん、そんなことを聞かれた画面の向こうもテンションが高い。
『もちろん!』
『投票した!』
『ふたりの同棲が見れなくなるのが、ほんと辛い』
ありがたいコメントばかりだ。
台本の端を指でなぞりながらカメラに向かって話す。
チラチラとエリちゃんの方を見るけれど、彼女は機嫌をよさげに手を振っているだけだった。
「まさかね、この企画が始まるまで同棲するなんて思ってなかったですし」
「ねー。最初、どうすればいいか分からなかったなぁ」
「いや、エリちゃんは最初から麗しかったよ」
「ふふ、ありがと」
ふわりとした柔らかい笑顔は、ここ最近よく見るようになったものだ。
パフォーマンス中とはまるっきり違う雰囲気。
これを見たくて配信を見に来る人もいるらしい。
『小田切、ライブちゅー事件から変わりすぎ』
『愛だよ、愛』
『エリちゃんのこの可愛さを引き出せるだけで、瀬名には価値があると思う』
そう言っていただけるとありがたい。
いや、ほんと、自分でも良い仕事をしたなと思う時はあるのだ。
エリちゃんに関しては。
「ほんと、エリちゃんが可愛すぎて辛い。たまに距離を置いて、画面向こうくらいから眺めたくなる」
「なんで?」
うちの発言にエリちゃんは怪訝そうに眉間に皺を寄せた。
そのまま、また片腕を取られて抱きつかれる。
下から伺うような上目遣いはずるすぎる。
うちは逃げるように首が許す限り上を見た。
『ああ、エリちゃん、それ握手……じゃなくて、悪手』
『瀬名の理性が削られるのが見ててわかる。ウケる』
『小田切は振り切れるとデレデレ彼女になるんだな』
うちの心境はファンの皆さんが一番理解してくれる。
できたら、うちもこんな可愛いエリちゃんを画面の向こうから堪能したい。
隣だと近すぎて見れないのだ。
それが不満なのか、エリちゃんは頰を膨らませた。
「レイは結構逃げるんですよ。酷いですよね?」
「カメラの前は、ほんとに勘弁してください」
手を取られたまま机に額をつける。
ゴツンといい音が鳴った。
額をさすりながら、うちは進行するためにカメラを見つめた。
「で、結果発表ですよ」
「スタッフさんから封筒を貰いました」
エリちゃんが厚手の封筒をカメラの前で回す。
少し紫がかった灰色の封筒だ。
二重になっていて中身は透けて見えないようなつくりになっている。
「どこかのアイドルの総選挙みたいな封筒ですね」
「ねー。うちのグループではやってないけどね」
「無駄に仕事が細かい」
こういうところで緊張感を増す仕様を使わなくて良いと思う。
なんとなく居住まいを正し、ハサミを手に取った。
ドキドキして、少し刃先が震える。
「開けますよ」
ジョキジョキと紙を切るときの独特の音が響く。
封筒を切るのは苦手。だって、中身も切りそうだから。
「どっちが読む?」
「レイ読んで」
「りょーかい」
開封した封筒を掲げながら、エリちゃんを見る。
わずかに首を傾ける仕草は綺麗で、うちは封筒を開く。
入っているのは折られた1枚の紙。
それを開いてコホンと咳払いをした。
「『ふたり、どこまでいけるかな?』結果……」
画面の上に再びドラムロールが舞う。
ちょいちょい悲鳴のような言葉も入っているのが、本番の雰囲気を出していた。
ファンの皆も芸が細かい。
「『絶対認められん!』8『認められない』5『認めてやってもいい』28『もっといちゃつけ!』55……ってことは?」
「認めるが8割超えてる!」
エリちゃんの顔に花が咲いた。
まるで桜に太陽が差し込んだような笑顔に、頭が真っ白になる。
8割、8割あれば、文句ないだろう。
「よっしぁあぁー!」
「良かった」
ガッツポーズをして立ち上がる。
エリちゃんが隣で両手を上げていた。
多種多様な言葉が画面を埋め尽くす。
『おめでとー』
『知ってたけど』
『エリちゃんを見てたら、応援しないわけにもいかず』
うちらの喜び方が激しかったからか、ファンの皆さんは冷静なコメントも多い。
そうか、そんなに投票してくれたのか。
やはりエリちゃんからのリアクションは大きな役割を果たしたらしい。
「ちょっと、皆さん、もっと喜んでくださいよ!」
「まぁまぁ、皆のおかげなんだし」
「これでエリちゃんセンターの曲ができるぅ!」
「ふふ、ありがとね」
カメラの脇を小突く。
一番喜んでいるのがうちっておかしくない?
エリちゃんのセンターが見れるんだよ?!
と一人興奮して話していたら、エリちゃんに子供を見るような視線で見守られていた。
『センター本人より、オタクの方が嬉しそうな件』
『瀬名って別にセンターになるわけじゃないもんな』
『エリちゃんがセンターの曲が見たい!というオタクの願いを叶えるための美緒ちゃんの無茶振り企画だし』
その通り。
この曲ができようと、うちのポジションは端。
だけど、エリちゃんにセンターをあげられるなら頑張るのがオタクというものだ。
「いやー、ほんと、中間の時はドキドキでしたよ」
「脅迫状とか……色々あったね」
何より三ヶ月とは思えないほど色々あった。
イベントやら、二人の関係も、前よりぐっと恋人らしくなっている……と思いたいり
いや、エリちゃんからキスしてもらったから、恋人で間違いないはず。
『同棲解消するの?』
『このまま住めばいいのに』
結果がわかると、そんなコメントが増え始めた。
エリちゃんと顔を見合わせる。予想通りの反応だ。
うちは苦笑しながら口を開く。
「この部屋は事務所が借りてくれているので、さすがに企画後は出てかないと」
「わたしは一緒でもいいよー」
「うぇ、え、エリちゃん?」
さっきはそんなこと言わなかったじゃないですか。
いたずらっ子のような部分が増えたエリちゃんは、こういうことが増えた。
慌てるうちを楽しそうに見つめてくる。
止めてくれ。その笑顔に弱いんだ。
『爆弾発言』
『次のスキャンダルはこの二人か……』
『スキャンダルになるのか?』
『見たい!これほど見たいスキャンダル記事はないぞ!』
『いやいや、プライベートなんだからさ……見たいけど』
スキャンダルじゃない!……はず。
美緒ちゃんも認めているんだから、公認でいいはずなのだが、確信が持てなかった。
夢のような時間が続いているせいだ。
「ありがとー。この三ヶ月、ファンの人の意見も聞けて楽しかったです」
まだ落ち着かないうちと反対に、エリちゃんはコメントに丁寧に返信していた。
こういうところが人気を集める秘訣なのだろう。
エリちゃんはうちに、ちらりと視線を送る。
「でも、もう配信はしないかな?」
「し、し、心臓に悪いのでは控えさせてください」
「だってさ」
企画だから、どうにか配信できたけれど。
こんなのを毎日続けろと言われたら、心臓が持たない。
エリちゃんの可愛さは毎日エスカレートしているのだから。
『瀬名のヘタレー』
『ヘタレー』
『ヘタレキング』
画面いっぱいヘタレの文字。
なんと言われようと、うちは走り抜けたのだ。
あとはエリちゃんのセンター曲を待つだけ。
「うっさ……とにかく、最高の結果をありがとうございます。シングルについては後日詳しく発表になるので、お待ちください」
「楽しみにしててね、頑張ります!」
満面の笑顔で台本を口にする。
こうやって、うちとエリちゃんの企画は無事終了した。
このあとも何だかんだあるなんて、このときのうちには想像もついていなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます