第14話 祝福への花道
どうにか歌い終わって、ステージの中央に集まる。
エリちゃんは初めから中央近くにいるのだけれど、こっちを見てくれない。
照れてるのはわかる。この頃はこういうふとした時にも視線を向けてくれていたから、見ないということは見れないということなのだ。
周囲から集まる視線が生暖かさを増して、何も言っていないのに勝手にマイクが回ってきた。
ステージの端を見れば、美緒ちゃんがサムズ・アップしていた。
「えーっと、瀬名っち、話せる?」
MCをすることが多いゆうなからニヤニヤと心配が半々の視線をもらう。
同期としてありがたいような、困るような。自分自身でも整理がついていない。
うちは口元にマイクを寄せた。
「あー……うん、どーにか」
「人の顔って、そんなに赤くなるんだねぇ」
「うっ、仕方ないと思います」
指摘されて頬に触れる。
確かにダンスしただけにしては熱い。
話せることに安心したのか、ニヤニヤ度をましたゆうなが突っ込んできた。
他のメンバーも呆れてるか、同じような視線。
エリちゃんだけは顔をそらしたままで、少しさみしい。
「あの、皆さん、企画、楽しんでますか?」
お好きにどうぞというように、ゆうなかた手のひらを向けられる。
こういう気の使い方は困るというのに、容赦ない同期だ。
エリちゃんを表に立たせるには、まだ心の準備ができてないようだし。
うちはステージの上で一歩前に出て観客席に向かって尋ねた。
「もちろんでーす!」
「もっとイチャイチャしろー」
「エリちゃんにデレデレし過ぎっ」
四方八方から声が飛んでくる。
これはうちが握手会で聞くような言葉とほぼ同じ。つまり、うち寄りの人の声だ。
そうわかっていても、温かい言葉に気が緩む。
「あははー、良かった。中々、厳しいコメントも頂いてまして……えー」
ステージを見回す。というのも、厳しいコメントといった所で、今までそっぽを向いていたエリちゃんが急にこっちを向いたからだ。
うちをガン見してくるエリちゃんと司会のゆうなを交互に見る。
エリちゃんにマイクが渡ったところで、話を振る。
「エリちゃん、話せる、かな?」
「レイとの同棲を嫌がってるとか、色々言われてるけど、嫌じゃないんで」
その途端にこの答え。エリちゃんにしては矢継ぎ早な答え方だ。
ゆうなはその反応に面白そうに笑っていた。
「おお、食い気味」
呆気に取られているうちに代わりにゆうなが話を進める。
周囲の反応も似たようなもの。
エリちゃんが断言したことで、少し空気が変化した。
「じゃ、さっきのは打ち合わせしてとかじゃなく……?」
「わたしの独断」
「はぃ」
「ね?」とエリちゃんから視線を送られ、うちは頷くばかりだ。
打ち合わせなんてされたら、その瞬間に逃げていた自信がある。
あの麗しい顔が目の前に広がった衝撃は思い出すだけでジタバタしたくなる。
「照れる瀬名っちとか、見てても楽しくないね」
「うっさいわ」
ゆうなの容赦のない一言に突っ込んだつもりだけど、その言葉さえヘラヘラしていた。
うん、我ながらデレデレし過ぎだ。
エリちゃんも少しだけ頰を赤くして、うちを見てくれた。
「この間のお題で出来なかったから、その分」
パッチリとした瞳が綺麗な弧を描く。
はにかみ混じりの笑顔は効果抜群で、うちはまるで撃ち抜かれたように胸を押された。
心臓の鼓動が強く早くなっていく。
「エリちゃーん、さすがー!」
「ヘタレとは違うわぁ」
「惚れちゃうー!」
そんなうちのことを放っておいて、客席からはもはや悲鳴のような声が響いてきていた。
うちのときは野次なのに、エリちゃんのときは褒め言葉ばかり。
これが人徳か。まぁ、気持ちとしてはうちも同じようなものなんだけど。
だが、惚れてもやらん!……と言いたい。
「だってさ、瀬名っち。良かったね」
「ふぁ、ふぁい!」
コメントしないと。でも何を言えば。
ぐるぐる考えていたら、ゆうなに背中を叩かれる。
同時に間抜けな声が出た。
エリちゃんのさっきまでの態度は何だったんだろう。
可愛い笑顔のまま、うちの方へ体を向ける。
「ふふ、ふぁいって何?」
「いやぁ、エリちゃんが可愛すぎて、見れない……!」
まるで太陽を見てしまったように、手を掲げ目を細める。
周りからは笑い声が上がるが、うちは本気だ。
と、手で遮られた視界の向こうから微かな足音が聞こえてくる。
あ、と思ったときにはもう手を取られていた。
「なんで? 見てよ?」
「小田っち、それはヘタレには破壊力がありすぎるよ」
目の前にはエリちゃんのどアップ。
距離を取ろうとして、足が言うことを聞かないのに気づく。
可愛さに固まっていた。
むしろ、腰を抜かさなかった自分を褒めてあげたい。
うちの状態に気づいたゆうながエリちゃんの肩を叩き距離を取ってくれる。
「なんか、皆の前でキスしたらスッキリした」
「モヤモヤしてたの?」
「企画始まってからの方が、うまく話せなくて。でも、レイは色々やってくれるし、それなのにレイばっか言われるし」
エリちゃんの言葉に会場は一喜一憂している。
うちは自分の鼓動を落ち着かせるのに忙しく、聞いた音がそのまま反対側の耳からすり抜けていた。
ちょっと待って。エリちゃんのことは聞き逃したくないのに!
いくらそう思っても、時間は止まってくれない。
「ゆうなとかとは、レイ、楽しそうなのに」
「あー……それは、ねぇ」
エリちゃんが唇を尖らせて、チラ見してきた。
ゆうなは苦笑している。言い淀みながうちを見た。
いくら必死なうちでも、これはわかる。
会場のお客さんも同じようで、囃し立てるような声が上がった。
「ヤキモチだー!」
「可愛いー!」
「羨ましいぞ、瀬名っ」
ヤキモチ。その言葉が頭に染み込むより先に、会場の状態が目に飛び込んでくる。
ハンカチを引き千切りそうなほど悔しそうな人もいた。
ニヤニヤしている人もいる。
どうやら、エリちゃんの行動ひとつで全てひっくり返ったようだ。
「そういうことだよ」
「なるほど……理解した」
ゆうながファンの人たちの様子をエリちゃんに指し示す。
自分も同意するように頷くと、エリちゃんは初めて気づいたように周りを見渡した。
ゆっくり観客たちの声を聞き、うちの方を振り返る。
恥ずかしさに頭が茹で上がっていたうちは何も言えず。
だけど、エリちゃんは満足そうに微笑んだ。
「はーい、それじゃ、これ以上いじると瀬名っちが死にそうなので、ライブに戻りましょう」
「えー?!」というブーイングも気にせず、ゆうなが場を切り上げる。
それぞれのポジションへメンバーが散る中、うちは鼻を押さえて軽く頭を振った。
「レイ、大丈夫?」
「鼻血出そう」
情けないことに言えたのはそれだけ。
エリちゃんはしょうがないなぁというように笑い、腰に手を当て支えてくれた。
うちは鼻の付け根を抑えたまま頭を大きく下げる。
「投票よろしくお願いします!」
「残りの期間もよろしくお願いします」
エリちゃんと一緒に顔を上げる。
冷やかしや歓喜の声がごちゃ混ぜになって降り注いだ。
どうにか、なりそう。
ほっとして顔を見合わせる。
後ろから「早くー」とゆうなの茶々が入った。
「任せろー!」
「下手な男よりは……!」
ポジション移動中も声は飛ぶ。
悲喜こもごもの声を聞きながら、前を見つめる。
「では、次の曲」
流れ出したイントロが祝福の鐘のように聞こえ、うちはステージを駆け出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます