第14話 握手会中止とライブ
『企画をやめないと握手会で瀬名を襲う』
そう書かれた脅迫状が届いたのは、企画終了まであと2週間もない頃だった。
プロデューサーを始めとした運営で協議された結果、握手会はなし。
ライブだけを決行することになり、うちは体を小さくして過ごしていた。
「握手会、中止だって」
「あの企画のせいでしょ?」
握手会は中止になったものの、ライブはある。
ということは、メンバーは開始時間まで、同じ楽屋にいることになるわけで。
そこかしこから、今回の握手会が中止になった原因について聞こえてくる。
エリちゃんくらい人気が確立していれば、中止も気にしないで済む。
だけど、端組にいる人間としては、彼女たちの文句もわかってしまう。
「せっかく釣れる機会なのに」
「まぁ、同じ列になっても嫌だしね」
「巻き込まれとか、ほんと無理」
チラチラ飛んでくる視線に身を縮こませる。
人気がなければないほど、テレビやCDで映れるシーンは限られる。
そういうメンバーにとって握手会は直接ファンを獲得できるチャンスなのだ。
わかってる、わかってるから。
「ごめんよぉ」
「瀬名っちが謝る必要ないでしょ」
「そうだけどぉ」
うちが申し訳無さに土下座しそうになっていると、椅子に座ったままのゆうながスマホ片手に苦笑した。
同じ端組なら、この気まずさ、わかるでしょ?と詰め寄りたくなる。
恨めしそうにしていたのか、ゆうなは苦笑を深めた。
「むしろ、それだけ色々来てるのにライブも配信も続けてるあんたがすごい」
ジタバタしたくなる代わりに頭を抱える。机の木目がよく見えた。
ゆうなは目の前に広げたスナック菓子を咥えている。
まったく呑気なものだ。
それに比べて、うちの隣に座っているエリちゃんは、少しだけ唇を尖らせて心配そうにうちを見てくれる。
「そうだよ。レイは悪くない」
「エリちゃーん」
「直接言ってくれる人には、説明できるのに」
甘えるようにその肩に抱きついてみる。
ふざけ半分の接触なら、だいぶ慣れてきた。
これも配信のおかげだ。
憤懣やる方ないエリちゃんは、慰めてくれるまではいかないけれど、逃げる様子もない。
真面目な顔でそんなことを言うから心配になる。
「いや、そんな危ないことしなくて良いからね?」
「大体、同棲って言っても、ほぼレイがお世話してくれてるよね? それも見てるはずなのに」
「忙しさが違うからさ、気にしないで」
なんだろ、エリちゃんの不満が分からない。
おそらく、うちの評価が低いことを怒ってくれているのだけれど。
まぁまぁと驚きを引きずりつつ、手を振りながらエリちゃんの怒りを納める。
「レイは優しすぎるよ」
「まぁ、エリちゃんと暮らせてるし」
そんくらいするだろう。天国に住んでるようなものだ。
したいことをしてるだけだから、そんなに大変でもない。
目下の難題は企画の投票結果とそれに合わせて、湧いてくるアンチくらいなものだ。
うちらのやり取りを眺めていたゆうなが、机に肘をつきながらニヤリと笑った。
「小田っち、そう言うなら、ほっぺにちゅーくらいしてあげて」
途端にエリちゃんの頬が赤くなった。
「あ……その、あれは、ごめん」
キョロキョロと目が泳いでいる。
頬の赤さと相まって、すごく可愛い。
さっきまで怒ってた人とは思えないくらいだ。
そんなエリちゃんを目の前にして、うちはきりりと表情を引き締めカッコつける。
「いやいや、気にしないで。あのお題が悪い」
「出た厄介オタ。すぐ会社側のせいにする」
ゆうながケラケラ笑い、うちは今さらの意見にため息を吐く。
ゆうなが引き合いに出したお題とは、この間の企画で放映された内容だ。
視聴者からもらったお題を引き、それを行うだけのシンプルなもの。
うちとエリちゃんにして欲しいことというお題だったのだけれど、攻めた内容だった。本当にチェックしたのかと思ったほどだ。
「寝起きドッキリの次は、お題って……ドンドン民放っぼくなくなってくじゃん」
うちが机に頰をつけるように脱力しながら愚痴る。
放送を見てくれていたゆうながニヤニヤした笑顔でこちらを見た。
「まさか、最後にあんなのを引くとはね」
「ほっぺにチューは……アイドルはする人もいるけど、ヘタレにはハードル高いんだよ?!」
いや、ほんと。
最後に出てきたお題には困った。
エリちゃんも固まっていたから、うちが逃げるわけにもいかない。
というわけで。
「エリちゃんが定番のネタを知らなくて良かった」
置いてあったグミふたつで唇の代用としてほっぺにくっつけた。
エリちゃんのキス待ち顔は見れたし、うちは触れてないし、視聴者のことを考えたつもり。
真面目に悩んでできなかったエリちゃんは少し不満顔だ。
「グミで誤魔化すのも違うんじゃない?」
「いやぁ、そこは勘弁を」
「あれでしてたら、瀬名っちは殺されてたね、うん」
「あはは……」
今でさえ、この状況なわけで。
実際にちゅーしてたら、もっと強火な脅迫状がさっさと送られてきていたかもしれない。
ゆうなも同意してくれて助かる。
エリちゃんには弱いのだ。オタクは。
「ま、ライブだけなんだから、全力で頑張るしかないね」
「そうだね」
開始時間が近くなり、よっこらせと体を起こす。
ライブだけ。その言葉を杖に心を奮い立たせる。
ゆうなが言うように、今日はライブだけを乗り越えればいい。
警備もしっかりしてくれてるし、持ち物検査もしてもらっている。
「頑張る」
「うん……?」
気合を入れたうちの隣で、エリちゃんもぐっと拳を握って決意した顔をしていた。
いつもパフォーマンスに全力のエリちゃん。
それでも、いつもより真剣さが増しているような気がして、うちは内心で首を傾げていた。
『センターに〜 なりたくて』
始まったミニライブ。
『センター不在』
ふざけた曲名。曲名通り、センターがいないこの曲は、うちに決心させた曲でもある。
センターを見ながら歌っていると、客席から声が飛ぶ。
「瀬名ー、エリちゃんから嫌われてるんじゃねー?」
「無理強いは良くないぞー!」
うるせぇ。本人は嫌じゃないって言ってるんじゃ!
と、思った所で言えるわけもなく。
本人から聞いたわけでもないうちは、笑顔のまま歌い続けるしかない。
「かけのぼった〜 この道〜」
ポジションが変わり、エリちゃんとベアになる振り付け。
客席のボルテージが分かりやすく上がった。良い意味でも、悪い意味でも。
「引っ込めー!」
「エリちゃんに触んなー!」
さすがに苦笑を隠せない。
色めき立つ視線もあれば、完璧な野次もある。
手を合わせて回っているエリちゃんが苛ついているのがわかった。
(いや、これ振りだからって)
そんなに言われても、触れなきゃいけないときは触れるし。
組まなきゃいけないなら組むのだ。
チラチラ観客席を見ていたら、エリちゃんと繋いでいた手に力が入った。
「エリちゃん……?」
『あったまきた』
次は離れて移動のタイミングだ。
それそろ離れないとずれてしまう。
その一瞬で、エリちゃんはうちの手を引っ張った。
予想外。予想外すぎる動きに為すすべ無く。
うちの目の前にエリちゃんの顔がどアップになる。
「ふぇ」
ふわりとこの頃嗅ぎなれたシャンプーの匂い。
唇には柔らかい感触。
キス。
うちが認識するより先に客席に火がついた。
「「「うわぁぁぁつっっっ!」」」
呆然としているうちを置いて、エリちゃんは素早く自分のポジションに行ってしまう。
だけど、うちはその頬が真っ赤になっているのを見逃さなかった。
さっきより刺さる視線が痛いのを感じながら、うちは遅れて端に戻る。
曲間のトークの時間が今から怖かった。
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