第11話 中間発表
企画が始まって1ヶ月半。ちょうど折り返しの結果が出る時期だ。
その次のシングルの撮りは大体終わり、残っているのは発売後のイベントくらい。
ピンでの撮影が残っているエリちゃんと違い、うちは美緒ちゃんに呼び出されていた。
「悪い知らせだ」
「投票結果ですか」
相変わらず入るだけで緊張するプロデューサー室。
よくものが崩れてこないと思う机の上に、紙が一枚差し出された。
そこには【『ふたり、どこまでいけるかな?』中間結果】と書かれている。
「一か月半。君たちが同棲を開始して、なるべくタイムラグなく放映してきた」
「はい」
この同棲企画が怖いのは、ネットでほぼ毎日配信もしていることだ。
週一回ある冠番組以外に加えてユーチュバーのような形で、うちとエリちゃんの配信があるのだ。
エリちゃんは多忙のため、うちだけで質問に答えたりする時もあるが、基本的に二人でやっている。
「結果はこの通り、『絶対認められん!』20『認められない』25『認めてやってもいい』10『もっといちゃつけ!』35……『様子見』10」
「半数もないん、ですね」
思ってたより反応が悪い。
うちはかおをしかめた。
配信でのコメントでは好意的な反応が多かったから油断していたのかもしれない。
「そう、少なくとも認める派が半数は欲しい……というか、半数以上にならないと企画倒れも甚だしい」
「ですよねー」
美緒ちゃんの言葉が徐々にキツさを増していく。うちも乾いた声で同意した。
六割は取れていないと認められてシングルを出すとは言い出しづらい。
「もっと仲良しアピールしたほうがいいですかね?」
「いや、瀬名からはもう十分だろう」
美緒ちゃんが首を横に振る。
そりゃそうか。告白したのもうちからなのだから、うちばかりアピールしても意味がない。
視聴者としてもエリちゃんの可愛いところや動きを見たいのが多いだろう。
「これが寄せられてるコメントだ。小田切を呼べなかった理由でもあるな」
追加で渡された紙にはコメントの一覧が、まるでネット掲示板のように羅列されていた。
%でしか見ていなかったが、こうやって見るとかなりの数の人が興味を示してくれているのがわかる。
ポジティブな反応は配信でもよく貰うものばかりだったが。
『瀬名ががっついてるようにしか見えない』
『エリちゃんが無理しててカワイソウ』
『やっぱ小田切のスキャンダル隠しのためとしか思えない』
これはまた。ぐさりと来る。
特にエリちゃんが可哀想系は、エリちゃんの気持ちを聞かないと分からない。
心の声だって都合よく聞こえることはだいぶ減ってきていた。
うちは空元気の笑い声を上げる。
「はは、きっつ〜い……」
「予想してただろう?」
「まぁ、推しですから」
エリちゃんの人気はわかっている。
うちだって、ドラマやモデルで見知らぬ俳優さんと絡んでいたりすると心配になるくらいだ。
だけど、うちが握る紙にシワが寄った。
「エリちゃんにも伝えるんですよね?」
「その予定だよ。小田切からのアクションが重要になるしね」
「……黙ってて、貰えたり?」
ちらちらと美緒ちゃんを見上げながら尋ねる。
無理を言ってるのはわかってる。
コメント内容的にも、投票内容的にも力を合わせたほうがいいのは明確だろう。
プロデューサーならば、ちょっとだけでもエリちゃんからのアクションが増えたほうがありがたい。
美緒ちゃんが眉間に皺を寄せた。
「オススメはしないけど?」
言いながら美緒ちゃんは椅子から立ち上がり、うちの紙に指を滑らせる。
トントンといくつかのコメントを指で叩いた。
額がつきそうなほど顔が近づく。
「小田切にガチ恋してるファンは多い」
「はい」
「好意的な反応をしてるのが、瀬名のファンだとすれば、瀬名にネガティブな反応を返してるのは小田切のファンでしょ」
「……わかってます」
それでも忙しさにフラフラになりながら帰ってくるエリちゃんに、このコメントを見せる気にはなれなかった。
※
企画のことを考えても、グループでは相変わらず端をいただいているうちにできることは少ない。
怒られながらレッスンをして、輝くエリちゃんの後ろ姿を眺めるばかりだ。
今だって、うちには関係ないセンター組の動きを後ろから眺めていた。
「暗い顔して、どうしたー?」
「いやぁ、企画のことなんだけどさ」
隣にはゆうな。
変わらず端組としての絆を温めいている。
暗い顔をしていたつもりはなかったが、ゆうなにはお見通しらしい。うちは苦笑を浮かべた。
「ああ、瀬名っちがキモいと話題の」
「やっぱ、キモいかな」
「いや、へこまないで。うちは見慣れてるけど、やっぱりそういうのが嫌いなメンバーも居るしね」
がっくしと首を折る。やっぱりキモいかな。
でも推しと一緒に暮らしてるにしては、正気を保っている方だと思うんだけど。
接触や一緒にいる時間は意識的に増やしているから、そういうのが気に入らない人はいるかもしれない。
「アンチがつくのはアイドルの宿命でしょ」
「うちにつくのは分かるけど、エリちゃんだよ?」
ゆうながわずかに首を傾げてからドリンクに口をつけた。
アンチはアイドルの宿命。それはその通り。
だけどエリちゃんは正統派アイドルとしてやってきていたので、変なファンは少なくて、だからこそ、今回の企画でうちに辛辣なコメントが飛ぶのだろう。
「小田っちなんて、特にガチ恋男性ファンが多いし、触るなてことじゃない?」
どきりとした。ゆうなの冷静な視線が刺さる。
「な、なるべく、触らないようにしているつもり……なんだけど」
「見てればわかるけど……見てる分には画面から甘い匂いがしそうなくらいだったし」
ゆうなが苦笑していた。その口調から、よほどベタベタしているように見えたらしい。
とはいえ、うちのしていることは、半分以上家政婦みたいな仕事だ。
エリちゃんは実家暮らしだったので、家事の経験が少ない。
うちは田舎から上京した組なので、自炊は慣れている。
「そう、かな」
「小田っちも嫌がってはないんだけどね。戸惑ってるけど」
ゆうなの言葉にうちは大きく首を振る。
そう、そこは一番注意しながらやっている……つもり。
だけど、絶対かと言われたら自身がなくて。
「やっぱ、嫌がられてるんじゃ……」
「いやぁ」
ゆうなが何か言おうとしたとき、ここ数ヶ月でだいぶ聞き慣れた、それでもうちの心臓を一番ドキドキさせる声が聞こえてきた。
「レイ、次の企画の説明するって」
「エ、エリちゃん!」
「やっほー、小田っち」
いつの間にセンター組の練習は終わっていたのだろう。
レッスン室を見回せば、全員が休憩に入っていた。
ゆうなはへらりとした笑顔を浮かべて、エリちゃんに手を降っている。
呑気な奴め。だが、そこに救われている。
「ん、レイ、借りるね」
「どぞどぞ、エリちゃんのだし」
「ゆ、ゆうな?!」
ゆうなの名前を慌てて呼ぶ。
気にした様子もなく、エリちゃんに手を引っ張られて立ち上がる。
そんなに急いでいるのだろうか。
あわあわしているうちの背後でゆうなが頬を掻いていた。
「脈はあると思うけどねぇ」
残念ながら、うちにその言葉は聞こえなかったのだけれど。
エリちゃんに手を引かれて歩く。
その状況にうちの頭は半分以上持っていかれていた。
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