第10話 ラジオでお知らせ
アイドルのお仕事は多岐に渡る。
歌番組からCD・MVの収録に握手会。どれも大切なお仕事だ。
エリちゃんくらい人気メンバーになると、どれをしているのか分からないほど忙しいなんて都市伝説も聞いたりする。
まぁ、うちは貰えるお仕事をせっせとこなしていくだけなんだけど。
ラジオの仕事は撮られることもない。見知らぬ人もいない。
ヘタレなうちにはぴったりの仕事だった。
「えーっと、次は、うち、瀬名レイからのお知らせになります」
ありがたく続けさせてもらっている深夜ラジオ。
収録は昼間にあるし、時間も30分ほどの短いもの。
スタジオも小さいし、スタッフさんも最小限で、一番ホーム感を感じる仕事場……なんだけど。
「といっても、うちのラジオを聞いてくれているようなファンの人は、すでに知ってくれてると思うんですが」
ブースの方に視線を向ける。
特に指示は出ていない。
次の内容も頭に入ってるし、手元の台本にも書いてある。
それでも緊張するのは、ただ単ににうちの性格なんだと思う。
緊張で乾いた唇を小さく舐める。それから、小さなスタジオに不釣り合いなオーラを出している人を紹介した。
「えー……まずは、ゲストです」
「こんばんは、小田切エリです。いつもレイのラジオを聞いてくれてありがとうございます」
ぺこりと頭を下げる。
うわ、エリちゃんが、うちのラジオに出ている。
普段の収録と会うのとはまた違うラフな格好も似合っている。
「はーい、みんな大好きエリちゃんです。今回は、わざわざ、こんな所まで来てもらって」
目と目があって、慌てて顔を俯ける。
うぶな反応だって?
毎日見たところで、推しの顔には慣れないんだよ。だからこそ、毎日拝めるのだけれど。
スタッフさんがフリップを出すのが見えた。
「え、こんな所じゃないって?」
フリップとエリちゃんを交互に見る。
エリちゃんの唇が少し尖っている。目を逸らしたのが気に入らなかったらしい。
うちはへらりと笑いながら、言い訳を口にするしかできなかった。
「いや、エリちゃんは、オールナイトとかやってる人よ? こんなローカルな番組に来てくれるだけで凄いでしょ」
「レイ、同じグループでしょ。しかも、わたし、結構好きで聞いてるよ?」
歌番組にモデルの撮影、自分のピンの仕事で忙しいエリちゃんがここにいる理由は、ひとつしかない。
同棲企画「ふたり、どこまでいけるかな?」の宣伝だ。
さらりとその話だけして終わろうと思ったのに、エリちゃんの爆弾発言に目を見開いてしまう。
「マジ?」
「うん、ホント」
あの忙しさでメンバーのラジオまで聞くとか。
どれだけ超人なんだか。ちなみにうちはエリちゃんのラジオとたまにゆうなのラジオは聞いている。
ゆうなのラジオは端組として、うちの名前が出たりゲスト出演させてもらったりするからだ。
「いやー、エリちゃん、いい子すぎる!」
「あはは……ほら、お知らせ」
このままエリちゃんのことを褒めちぎりたい気分だったのに、あっさりとエリちゃんに交わされてしまう。
スタッフさんも頷いているところを見ると、よほど興奮して見えたのだろうか。
まったく、推しとラジオなんてさせるから、こういうことになるのだ。
「あー、そうだった。エリちゃんが来てくれたので、わかると思いますが」
「ますが」
エリちゃんがうちの語尾に被せて強調してくれる。
可愛い。
自分の気持ちを落ちつけるためにも、うちは一度大きく息を吸った。
良い感じの間ができる。
「なんと、うちら、同棲することになりましたー!」
「企画名は『ふたり、どこまでいけるかな?』です」
ドラムロールの後にパンパカパーンと気の抜ける明るい音が響く。
拍手や口笛のエフェクトも入って、お祝いムードだ。
どうかリスナーさんも同じテンションで聞いてくれてますように。
「タイトルについて異論受け付けませーん。美緒ちゃんが決めました」
そう言ってから、エリちゃんに目くばせする。
台本にはお知らせと簡単な感想としか書いていない。
だけど、どう話すかは二人で決めていた。
「実はもう始まってます」
小さく咳ばらいをしてエリちゃんが真面目な声を作る。
同い年なのに、この落ち着きよう。これが経験の差か。
ずっと聞いていたくなるような低めの良い声が体に染みる。
エリちゃんが先に口を開く。
「この間、引っ越ししたんだよね」
「うん。詳しい内容は後日放送になるので、言えませんが」
「言えませんが?」
そう、このお知らせの難しいところは公開しすぎてもダメなところだ。
美緒ちゃんから基本的にはテレビでの放映に集中させたいと言われている。
つまり、こういう美味しい場面が映るので番組見てね!とリスナーに伝えるのがうちらのお仕事。
その結果。
「今日は間取りを大公開ー!」
「間取り……?」
「ラジオで一番わかりにくい間取りの話を持ってくる所に、放送への意気込みを感じてくださると……」
きょとんとした顔で首を傾げるエリちゃんは、リスナーの気持ちを代弁しているようなものだろう。
うちは苦笑しながら説明を続ける。
間取りをわかりやすく言うのは中々困難だ。うちとエリちゃんが一緒に住み始めた部屋のざっくりとした間取りと部屋割りを、ぼやかしつつ伝える。
といっても、仲を深めるのが目的の同棲なので、部屋数は少なめ。
キッチンとリビングが一緒になっていて、基本的にはここで一緒に生活する。
さすがに寝る部屋は別で、部屋数としては3部屋。お風呂と洗面所もあるが、ここはほぼ映らない。そう信じてる……言い切れないのが怖い。
「では始まった感想を言い合いたいと思います!」
引っ越したとはいえ、まだ馴染んだとは言いづらい。
お互いの部屋も眺めただけの状況だ。
元々一緒にいるメンバーが違うので、本当にお友達から始めている。
「ま、とりあえず、エリちゃん、どうかな?」
「わたしからでいいの?」
話を振ったエリちゃんが外とうちの顔を交互に見る。
しかし、エリちゃんが動くたびにいい匂いがするのはどういうことなのだろう。
今度シャンプーを教えてもらおう。同じ家だし。
そんなことを考えていたら、スタッフさんからフリップが出ていた。
「うちの感想は」
その中身を見て苦笑する。
さすが、ずっとうちとラジオをしているだけある。
『瀬名の感想はわかるから省略!』と書いてあった。
「そう、スタッフさんが書いてくれてるんですが『ドキドキ緊張して寝れない』とか、そんなんばっかなので飛ばされます」
「えー! ずるいよ」
「リスナーが聞きたいのはエリちゃんの感想だから」
うんうんとシンクロしたようにスタッフさんも頷いてくれる。
実は企画が決まった時点で、「緊張する……」だの「推しと一緒とか……」とオタク丸出しの感想でほぼ丸まる一回分の放送を使ってたりしている。
それまでもエリちゃんへの気持ちを電波に乗せてきたので、もういいらしい。
「えー、実家以外で暮らすのも初めてなのに」
「初々しさが良いですなぁ」
一人だけ感想を言うことになったエリちゃんが、少しだけ頬を膨らませた。
その可愛らしさは輝かんばかりで、網膜に焼き付けておく。
スタッフさんも見ほれている人がいるから、これはエリちゃんが可愛いだけで、うちは悪くない。
「レイにも絶対、言わせる!」
「はいはい、あとでねー」
少しだけ子供っぽい口調になったエリちゃんに頬を緩めながら、うちはラジオの進行を続けた。
仕事中はこんなに話せるのに、家に帰るとほぼ無言になってしまうのが、今の悩みの種だった。
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