同棲企画
第9話 企画の始まり
物が散乱している部屋。
どデカい机の上はパソコンやら紙の書類、写真などがこぼれ落ちていた。
部屋の真ん中に座っているのは、相変わらずジャージのプロデューサー、高橋美緒ちゃん。
呼びたされたのはエリちゃんとうち。
その時点で、嫌な予感しかしない。
「さて、小田切に瀬名」
「はい」
「……はい」
小さな咳払い。
すっと背筋を伸ばしたエリちゃんの隣で、うちは背中を丸めたまま答えた。
できれば目立ちたくない。このシチェーションならカメラの一台や二台や三台仕掛けられていてもおかしくない。
この頃、隠しカメラばかり仕掛けられたうちの勘が告げている。
「次のシングルは、小田切で作る。それはいいな?」
「はい、ありがとうございます」
「よろしく、お願いします」
美緒ちゃんからの確認に頷く。
エリちゃんのセンターが見たくて、ライブでアイドル人生をかけた告白をしたのだ。
叶えてもらわないと困る。が、そう簡単にいくとも思えない。
「……なんで、そんなビクビクしてるの?」
不思議そうな顔をしたエリちゃんに顔を覗き込まれる。
急なドアップ。うちは普段からは考えられない速さで体を離した。
顔が良い人は無意識にこういうことをする。
ちょっとだけエリちゃんが唇を尖らせた。
「エリちゃんは怖い目にあったことないから」
それに気づかない振りをして目をそらす。
苦笑いを浮かべていたら、美緒ちゃんがニヤニヤしてるのが見えた。
うちの期待に答えるように美緒ちゃんが声を張る。
「たーだーし」
来るぞ、来るぞ。
ぎゅっと目をつむり、沙汰を待つ。
そして、告げられた言葉は予想を超えていた。
「二人には同棲してもらいます」
てん、てん、てん、思考が停止する。
それからフルスロットで頭が回り始めた。
同棲、同性、同性で同棲って、それは同居でいいんじゃないかな。
なんて甘い考えは一瞬で流されていく。
告白したアイドルが同棲。この方がよほどキャッチーだ。
「え?」
「ほら、こういうこと言うからさ」
「同棲って、言った?」
呆気に取られるエリちゃんは、ぽかんと口を開けていた。
その顔さえ可愛い。
うちはその隣で大げさに天を仰いだ。
「まぁまぁ。コンサートでの公開告白のおかげで、小田切のスキャンダルは吹っ飛んだ。それはわかるよね?」
「……はい」
美緒ちゃんからの指摘に、すぐに神妙な顔になるエリちゃん。
そんな顔をする必要はない。大体にして誤爆というか、嘘しかないような記事だったのだから。
「だけど、ファンの中には『スキャンダルを隠すために告白を受けただけじゃないの?』という声があるわけだ」
パチパチとうちは目を瞬かせる。
『スキャンダルを隠すために告白を受けただけじゃないの?』という声?
という声も何も、それは事実だ。うちは首を傾げた。
「実際、そうだよね?」
告白を受けたとはいうものの、エリちゃんの返事は「友達から」だ。
これはまだ付き合っているわけではないし、文字通り、プライベートでも友だちになろうねと言う意味になる。
うちの言葉にエリちゃんが慌てた様子で両手を大きく振る。
「ち、違うよ!」
「え、そうなの?」
頬を赤くしたエリちゃんの手振りなんて、もうご褒美でしかない。
詰め寄ってくるアイドルから距離を取るように身を引く。
ううん、まだ近い距離に慣れない。
静かな鬼ごっこが始まったうちらに、美緒ちゃんは手のひらを上にした状態で指を指した。
昔のギャルか。
「そう、それだよー」
美緒ちゃんは口元で手を組んだ。
「二人の間には、まだ絆というか、親密さが足りません!」
ドドン。漫画だったら、そう効果音がつく場面だ。
絆、親密さ。アイドル業界でもよく使われる単語。
言うなれば使い古されたそれに、うちは身構える。
「はぁ」
「は、い」
アイドルと絆が組み合わされると、視聴率の匂いがする。
仲間との絆、ファンとの絆。
大切なものだ。だからこそ、うちはその言葉をあまり使いたくない。
裏切りたくない、とも言える。
「小田切は良い子だね。それに比べて、やる気ないの? 瀬名」
美緒ちゃんからジロリと睨まれた。
「いや、いやいや! 急にそんな話されても」
「やる気ないなら、曲作らないよ?」
「そ、それは困りますぅ」
なんてズルい大人なのだ。
何がうちの一番弱い部分か理解して、遠慮なく突いてくる。
情けない声を上げたうちに、美緒ちゃんはこほんと小さく咳払いをすると改まった声を出した。
「ふたりの曲を書いても納得できるくらい親密な様子をファンの皆さんに見せて下さい」
絶句だ、絶句。
丁寧な言い方をしているが、言ってることは「同棲して仲良い姿をファンの人に提供してね!」だ。
すんなり行くとは思わなかったけれど、これは困る。
具体的にはエリちゃんの意思が反映されてない点。うちはエリちゃんと同棲しても、別に困らない。
いや、イチャイチャするのは緊張するけど。
「だから、同棲なんて言い出したんですか?」
「そういうこと!」
言葉を無くしていたうちに代わり、エリちゃんが聞いてくれた。
その顔に嫌悪感がないことだけが救い。
少しでも嫌そうな顔が見えたら、切腹する勢いで止めさせようと思った。それか、こっそり、帰らせるとか。
そう思ってしまうくらい、プライベートな時間は大切なものだから。
「題して、『ふたり、どこまでいけるかな?』です」
あまりにあけすけなタイトルにうちは天を仰いだ。
なんだそれ。
「うーわー……」
「あの、それは、普通に生活するってことでいいですか?」
しずしずとエリちゃんが手を小さく上げた。
動きが小動物っぽい。こういうところも優等生なのか。
嫌なら嫌って言えばいいのに。
仕事なら断らない姿勢は尊いけれど、たまに心配になる。
「次の曲ができるまでの3ヶ月で、どれだけ仲良くなれるか。ファンの人が納得できるかが鍵」
エリちゃんの質問とは少しずれた答えが返ってくる。
ファンの人に納得してもらう。
簡単なことじゃない。だって、簡単に納得してくれる人はすでに納得してくれているだろうから。
スキャンダル隠しのためじゃないことを証明できるほどの仲の良さ。中々、刺激的な生活になりそうだ。
「もちろん、途中でふたりの絆を確かめるチャレンジがあるから」
ごくりと生唾を飲み込んだ。
自分で提案して、エリちゃんのセンターをもぎ取ったのに、腰が引けてしまう。
だけど。
「なんで、そんな」
「頑張ります」
うちの弱気を打ち消すようにエリちゃんが答えた。
その声はライブやイベントの前と同じ真剣さに満ちている。
まったく、こんなおかしな企画さえエリちゃんにしてみれば、きちんと向き合うものになるらしい。
「じゃ、頑張って」
美緒ちゃんの笑顔は、果たして悪魔なのか、天使なのか。
何も分からず、うちとエリちゃんの同棲企画は始まった。
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