第7話

 アンコール一曲目は「進め、バッファロー!」からだ。

 グループにとって記念すべき曲で、アンコールには使われやすい。

 何度も歌った曲なのに、うちのドキドキは右肩上がりだった。


「なに?!」

『重大発表』

「いやー、怖いわ」


 曲が終わるかどうか。そのタイミングでドドンと重低音が響いた。

 腹に響く嫌な音。

 うちは足を止めスクリーンを見つめた。

「進め、バッファロー!」を歌い終わったメンバーたち全員が現れた文字が見つめた。


『瀬名レイからお話があります』

「瀬名っち?」

「レイ……」


 心配そうな視線がエリちゃんから注がれる。

 メンバーたちが集まったステージで、うちは一歩前に出た。


「あー、皆さん、こんにちは。瀬名レイです」

「知ってるー!」

「何ー?」


 ステージからアリーナ、二階席と見つめた。

 広い、大きい。こんな場所で言うのか。

 今さら臆病風が吹いてくる。

 今ならまだなかった事にできる。そんな考えが頭を過る。


(情けないキャラのくせに、なんでこんなことをしてるのか?)


 昔のうちがボソボソ呟いてくる。

 だけど、うちは心配そうにこちらを見るエリちゃんを見た。

 スカイダイビングより怖いものに出会うとは思ってもみなかったけれど。


「今日は皆さんに聞いてもらいたいことがあって、お時間を貰いました」


 その怖いものより欲しいものがあるのも、知らなかった。


「なになに?」

「聞いてた?」

「知らない」


 戸惑うメンバーたちを前に、うちは予定通りに進める。

 ここまでくれば、当たって砕けろ。

 うちは巻き込まれる被害者の名前を呼んだ。


「エリちゃん」

「え?」

「小田切エリさん」

「は、はい」


 フルネームを呼んだことで、エリちゃんにも緊張が伝染した。

 いつでも冷静に見えるエリちゃんだから、とても新鮮。

 そして、真剣な雰囲気は会場全体へ伝わっていく。


「え、卒業じゃない?」

「エリちゃんも知らなそうじゃ」


 メンバーやファンのガヤはスルーした。

 どうせ徐々に静かになる。いや、しなきゃいけない。

 エリちゃんだけを見る。


「うち、エリちゃんのことが大好きです!」

「っ……うん、ありがとう?」


 うちからの突然の好きに、動揺しつつ、きちんとお礼を言える。

 こういうところに生まれの良さと、アイドルとしての適応力の高さを感じた。

 だけど、ごめん。もっと素のエリちゃんを見たいんだ。


「皆が知らないような可愛いとことか、子供っぽいとことか、一緒に活動して知れて」

「れ、れい?!」

『それは言っちゃダメなやつ!』


 慌てたエリちゃんが距離を詰めて、手をパタパタと動かす。

 こういう仕草さえ可愛い。

 うちは一度深呼吸してから、エリちゃんを見つめた。


「スカイダイビング、一緒に飛んでから、ほんと大好きになりました」


 あー、ダメだ。言葉が詰まりだす。

 緊張しすぎて何を言っていいのかも分からなくなってくる。

 周りはコンサートではありえないくらいの静かさで、衣装の衣擦れさえ聞こえるほどだった。


「だから」


 勢いよく頭を下げる。

 床と平行になるくらで、エリちゃんに向かって手を差し出した。


「うちと付き合って下さい!」

「へ?」

「え?」


「へ」がメンバーから、「え」がエリちゃん。

 こんなときでも可愛く首を傾げられるのだから才能だ。

 うちとエリちゃんの間で音がなくなった。


「告白だー!」

「なになに、アイドルってコンサートで告白できる時代なの?」


 メンバーからも会場からも大きなざわめきが上がる。

 いや、基本的にはアイドルはコンサートで告白できない……はず。

 うちのせいでできるようになるかもしれないけれと。

 現実逃避するように天井を見上げた。


『YES or No』


 コンサート用の大きな画面にこんな文字が踊る日が来るとは。

 自分で仕掛けた事とはいえ、ギャップが凄かった。


「わたしに、告白?」

『ど、どういこと?』


 元から大きいエリちゃんの目が、こぼれそうなほどに見開かれる。

 どうして良いか分からないと顔に書いてあった。

 うちができるのはひとつだけ。


「エリちゃん」

「っ、レイ」


 視線がぶつかる。

 そこにいたのはアイドルの小田切エリではない。

 いつもうちが見ているただの可愛らしいエリちゃんだった。

 これを皆の前で見せられた時点で、半分以上成功だろう。


「素直に答えてね」

「っ」


 こういう時に限って、エリちゃんの声は聞こえてこない。

 赤く染まった頬。右左と動く視線。

 正面からそれを見ているだけなのに、うちの心臓の音はどんどん大きくなった。


「お……お友達から、お願いします」

「ありがとー!」


 お友達で十分だ。

 拒否られなかっただけで嬉しい。

 アイドルなら、ここで抱きつくくらいするんだろうけど。

 うちはガッツポーズが精一杯だった。


『Congratulations!』


 パァンと派手な音ともに紙テープが発射される。

 地味なのか、派手なのか。

 どっちつかずな感じが、とても自分らしく感じた。

 と、この騒動の現況が顔を出す。


「良かったなぁ、瀬名」

「ほんと、良かったです」


 スクリーンに映し出される文字を見つめていた。

 くるくると華やかな文字が動き回る。

 これは、賭けに勝ったということでいいのか。

 肩の力が抜けていく。


「プロデューサー!」


 にょきっとステージに上がってきたプロデューサーに、メンバーがざわつく。

 サプライズは毎回あっても、プロデューサーが出てくるのは稀な方。

 スタッフから手渡されたマイクを持って、体育教師のように腰に手を当てた。


「あー、テステス。どうもー、プロデューサーの高橋です」

「美緒ちゃーん!」


 うちのプロデューサーは見た目が良いのもあってか人気がある。

 最初のころはじゃでもなかったし、メイクもしてた。

 徐々にダメ人間っぷりがあらわになって、今ではジャージ残念美人だ。

 呼びかけられた名前に手だけ振って返す姿は堂々としていた。


「今回、瀬名が小田切への愛を証明したいということでこの場を設けさせてもらいました」

「ど、どういうことですか?」


 会場を見て、画面を見て、プロデューサーを見て。

 さらにうちを見る。

 エリちゃんの視線は忙しなく動いた。

 プロデューサーがうちのことをちらりと見たので、視線だけ返した。

 今さら隠すような内容でもない。


「小田切の答えがYESだったら、小田切センターの曲を作る」

「ええー?!」


 会場が揺れる。

 そでしょ、そうでしょ。

 うちは内心、大きく頷く。

 センター回数は多いとはいえ、最初からエリちゃん用と発表されれば期待も高まる。


「NOだったら」


 エリちゃんがギュッとマイクを握ったまま聞いてきた。

 わずかな上目つかいが大変可愛らしい。

 プロデューサーがエリちゃんの質問ににっこりと笑った。


「瀬名は卒業して、プロデュース業へ転身」

「断られたら、流石に仕事できないし……」


 たははと頭を掻きながら苦笑する。

 エリちゃんが凄い勢いでこちらを見た。

 いや、卒業しないから、そんな視線で見ないで欲しい。


「この二人がラブラブする曲が見たいかー?」

「おおー!!」


 プロデューサーの煽りに、お客さんは上手いこと乗ってくれた。

 スキャンダルの火消しに百合営業はよくある手だ。

 うちの場合、本気だから営業なのかは微妙だけど。エリちゃんにしてみれば、営業だから間違いではない。

 それとも、期待していいのか。


「ということで、今後とも何卒応援のほどよろしくお願いします」


 挨拶を終えたプロデューサーが頭を下げるのにあわせて、うちも頭を下げる。

 他のメンバーは下げたり、下げなかったり。

 エリちゃんは呆然とマイクを胸の前に持っているだけだった。


「レイ」

「は、はい」


 ぽんと肩に手を置かれる。

 アンコール曲に行く前の僅かな時間。

 具体的に言えば、うちは上手側へ。エリちゃんはセンターへイントロ中に移動しなければならない。

 が、エリちゃんの顔を見て、うちは早々に諦めた。


「後で、ちょっとお話しようね?」

『前もって話してくれたら良かったのに!』


 にっこり笑っているのに、怖い。

 表では出なかったエリちゃんの素の部分に、会場のボルテージは上がるばかり。

 どうだ、エリちゃんは怒っていても可愛いんだぞ。

 と、現実逃避をしたところで何も変わりはしない。


「はい、すぐにでも」


 うちは顔を何度も上下させた。

 結局、最後は締まらないのが、うちのアイドル人生なのかもしれない。

 このあと、こってりエリちゃんに絞られて、それはゆうなに「早くも夫婦喧嘩?」とからかわれるまで続いた。

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