第6話
センターはエリちゃんがいい。
そんなことを言ったとはいえ、うちにできることは限られている。
運が良かったのは、エリちゃんが出れなくなった番組にひとりでも滑り込めたこと。どの番組でも、とにかく印象に残ることを優先した。
元々アイドルとして可愛さを売っているわけではなかったので、スカイダイビング以来の情けないキャラでどんどん仕事が来た……ドッキリや体当たりレポートばっかだったけど。
「瀬名、この頃、評判いいな。プロデューサーとして鼻が高いよ」
「どうも、ありがとうございます」
久しぶりに呼び出された高橋プロデューサーの部屋。
相変わらず、残念美人な美緒ちゃんが椅子に座っていた。
格好がジャージなくせに椅子だけ高そうな革張りだから違和感が凄い。
ニヤニヤしながら告げられた言葉にうちは鼻の頭をかいた。
「それなのに不機嫌なのは、小田切のこと?」
すうっとプロデューサーの目が細れられる。
口元だけ笑顔だから怖い。
不機嫌、不機嫌か。確かにそうかもしれない。
それも次の楽曲が発表されたからだ。
「エリちゃんがセンターじゃないのは、納得いきません」
スキャンダル後、初めての楽曲。
そこでエリちゃんは二列目になった。三列目の端にいるうちが言えることじゃないんだけど、明らかに下げられている。
そのわりに歌パートは多くて、元のポジションはもっと前だったことは簡単に想像できる。
「あれだけのスキャンダルがあったんだから、大人しくして貰わないとね」
プロデューサーは笑顔のまま言った。
ボサボサの髪の毛の先をいじる。
それからこちらを見て子供のように笑った。
「『センター不在』……良い曲でしょ?」
「センターがいない楽曲なんて前代未聞すぎません?」
うちは素直に顔をしかめた。
発表されたときも、かなりざわついた。
内容としてはセンターを目指すアイドルの曲なのだけれど。メンバーがポジションゼロを見つめながら歌ったり、中々際どい歌詞だったり。
プロデューサーとしては、スキャンダル絡みで知名度を上げたかったのだろう。
「瀬名なら、わかるよね?」
美緒ちゃんの流し目。そういうのは気のある人にやって欲しい。
「うげ」と舌を出せば、また笑われた。
全く人が悪い。
「下手なセンターに立たれるよりはマシってだけです」
うちは自分の気持ちを素直に答えた。
センターは空いている。あそこに春田なんて選ばれたら、もっと食って掛かっていたかもしれない。
「ふふ、小田切のこと好きなんだねぇ」
「好きですよ」
からかうような言葉。
昔だったら照れたり誤魔化したりした。
うちの返事にプロデューサーは体を前に傾け机に肘を付けた。
「瀬名が本気なら協力してあげるよ?」
人の悪い笑みだ。
元々こういう流れを狙っていたのかもしれない。
「なんですか?」
「まずは、本気かどうかが、先かな」
組んだ両手の指先がカウントダウンのように動く。
本気か。
エリちゃんを好きなことが?
それとも、センターに戻したいと思っていることが?
それとも両方?
頭の中を色々な情報が巡ったが結局、答えは一つだけだった。
「エリちゃんが前みたいにアイドルしてくれるなら」
うちの望みはそれだけだ。
その答えだけで美緒ちゃんには十分だったらしい。
「これからの時代、アイドルにも多様性が必要だからね」
「怖いなぁ」
一体何をさせられるのか。
できる限り穏便に済めばいいのだけれど、今までの流れ的に難しいことはわかっていた。
「アイドルは怖いんだよ、知らなかった?」
んーと首を傾げるプロデューサー。
うちは力を振り絞って、へらりと笑ってみせた。
アイドルは怖い。だからこそ。
「知ってますよ……だから、面白いんでしょ」
プロデューサーは一瞬きょとんとした顔をしたあと、椅子を回転させ立ち上がった。
固まっていた体を伸ばすようにしてから、こちらを見て破顔する。
「瀬名は、プロデューサー向きだねぇ」
「それは素直に嬉しいです」
うちは肩をすくめて、笑顔を返した。
※
アンコールの声が聞こえる。
ラストの曲を歌いきって、こっちはやっと息が整ってきたくらい。
汗だけ拭いてアンコールに出なければ。
マイクを握る手に力を込めて顔を上げた。
「レイ!」
「お、エリちゃん。久しぶりのコンサートはどう?」
袖でタイミングを見計らっていたら、エリちゃんに声をかけられた。
少し痩せたけれど、それさえ美しさに変換しているあたり、やっぱりエリちゃんはアイドルに向いているのだろう。
「順調だよ。皆のおかげ」
「まぁまぁ、ガヤがうるさいのは人気がある証拠だから」
スキャンダル後、初めての大きな会場でのコンサートだ。
心配したようなヤシは飛んでいない。むしろ声援が大きいくらいだ。
エリちゃんは少しだけ眉間にシワを寄せて口を尖らせた。
「なんか、アンコールでありそうじゃない?」
「久しぶりに大きなコンサートだしね。高橋プロデューサーだったらあり得るね」
アンコールの熱がどんどん高まっている。
エリちゃんの鋭い指摘をうちは当たり障りなく返す。
「レイは何も聞いてないの?」
ほんともう、売れるアイドルはこういう所が鋭すぎて困る。
うちの衣装の裾を小さく引っ張る仕草が可愛くてズルい。
見てると負けそうだったので、ステージを見つめて深呼吸した。
「……うち? どうして?」
「それは」
『今日のレイはいつもよりキレキレだから』
あちゃ、知らず気合いが入っていたのか。
顔をしかめそうになるけれど、笑顔に切り替えてエリちゃんの背中を押した。
うちの前にエリちゃんが並ぶ。
「エリちゃんの復帰コンサートみたいなものなんだから、何が発表されても楽しまなきゃね!」
戸惑っていたエリちゃんも、アイドルの顔に切り替わる。
そう、うちらのグループは突然の発表は付き物。
大きなコンサートでは卒業発表やら、新しい企画やらが始まったりする。
その大抵が無茶振りだから、メンバーはドキドキしっぱなしなのだ。
「ほら、行こう」
エリちゃんに手を差し出す。
この頃、隣にいることか増えたからこれくらいはできるようになった。
「うん」
『卒業とかじゃないよね』
手を繋いでステージに飛び出す。
大きな歓声に包まれた。
エリちゃんには歓声なのに、うちにはヤジも飛んでくるのはどういうことなのか。
『おいてかないで』
「……ごめんね、エリちゃん」
聞こえた心の声に、うちはボソリと呟いた。
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