第5話

 週刊誌のタイトルは刺激的なものばかりだった。

 女の子ばかりのアイドルグループだ。

 あっという間に広がったスキャンダルは、箝口令を敷かれたわけでもないのにコソコソ話の良い種になった。

 エリちゃんのいなち楽屋は静かなのに、妙にざわめいていた。


『TDFK小田切エリ、不倫!?』

『深夜に俳優の久保田と密会か?』

『年の差は12才!』


 広告で流れてくるタイトルだけで、これだ。

 たまにエゴサーチをしているから自然と自分のグループやメンバーのことは流れてきてしまう。

 うちはスマホ片手に眉をひそめた。


「うっわ、引くわ」

「皆、スキャンダル好きだよねぇ」


 画面から顔を上げる。

 ゆうながこちらを見て首を傾げたので、うちはスマホの画面をそちらに向けた。

 並ぶ文字列をすぐに理解したようで、苦笑いしつつ肩を竦めた。


「雑誌でこれだからね」


 うちはすぐに画面を操作する。

 雑誌の切り抜きやネットニュースでこの扱いだ。

 SNSやアイドルファンが集まる場所での情報はさらに酷い。

 それだけ人気があるということなのだろうけれど。

 上から下までざっとチェックする。


「エリちゃんには見せられないわ」

「……まったく、すっかりエリちゃん推しになって」


 エリちゃんの心配しか口にしないうちに、ゆうなが呆れたように息を吐いた。

 うちら端っこ組がいるのは、楽屋でも端の方だ。

 目立たないような位置にこっそりいる。

 それでもゆうなは少し顔を寄せて声を潜めた。


「どうなの? これ、ほんと?」


 ゆうなからの問いかけにうちは首をわずかに横に振った。

 この頃エリちゃんの腰巾着みたいなことしていたからか、うちにまでメンバー視線は飛んでくるのだ。

 下手なリアクションは誤解を生みかねない。


「でっち上げか、間違いだと思うよ。あの子、恋バナとかしたことないし」


 エリちゃんの心の声はずっと聞けるわけじゃない。

 何かふとした拍子に、きっと強い想いとかうちに向けられたこととかなんだろうけれど、漏れてくる。

 タイミングがわからない分、赤裸々で嘘がつけるものではない。

 その状態で接したエリちゃんから、恋愛の話は微塵も聞かなかった。


(むしろ、ほぼぷよかわとアイドルだもんなぁ)


 そんな中身を知っているのは自分だけだろう。

 小田切エリというアイドルは完璧すぎて、人間らしさを感じさせない。

 そこが受けていたのだが、今回のスキャンダルではそれが裏目に出ている。

 ゆうなもわかっているようで、頷いてくれた。


「だよねー。でも、結局、どっちでもいいんだろうね」

「良くないでしょ」


 すぐにツッコミをいれる。

 良くない。

 アイドルにスキャンダルはご法度だし、それが真実かは大切だ。


「良いんだよ。こういう話が出たってだけで、行動を変える人間がほとんどなんだから」

「ゆうな、たまにドライで怖いんだけど」


 楽屋に視線を走らせながら、ふっと鼻で笑う。

 その横顔に人を冷静に観察する本質を見た気がして、うちは少し身を引いた。

 全て一瞬のことでゆうなはすぐに笑顔になる。


「瀬名っちが、アイドルのくせにアイドルに夢見すぎなんじゃない?」


 親指で後ろ側をさす。

 ゆうなの肩越しに楽屋を見れば、談笑しているメンバー。

 その一人に目を細める。


「ほら、あれがアイドルのリアルだよ?」

「春田」


 彼女のカバンはいつもエリちゃんがいた位置とは逆方向に置かれていた。

 まるでエリちゃんを避けるようだ。


「いつも隣に座ってたくせにね」


 ゆうなの言葉に唇を結ぶ。

 意味はわかる。でも、感情が受け入れてくれない。


「小田っちがこのスキャンダルで足踏みするなら、次に引き立てられるのは春っちのはずだからね」


 そうなのだ。

 アイドル業界はスキャンダルで立ち止まるアイドルを待ってはくれない。

 センターから誰かが降ろされたら、誰かは昇る。

 そこに一番近いのが春田。そりゃ、虎視眈々と狙うか。


「うち、頑張る」


 何となく、嫌だった。

 春田がこのままセンターになるのも、エリちゃんの場所を取られるのも。

 アイドルなら、誰しも憧れるセンター、ゼロポジション。

 そこは気軽に立てる場所であっちやいけない。


「お、端っこ組から真ん中に行く決心が?」


 うちの言葉にゆうなは面白そうに眉を上げた。

 そんな大したものじゃない。

 あの輝かしい場所に立つの、やっぱりアイドルとして好きな子がいいだけ。


「エリちゃんの場所は守りたいから……真ん中は怖いけど」

「怖いんかい!」 


 ゆうなのツッコミに、うちは頬を膨らませた。


「そりゃそうでしょ! あんな視線を集めて、グループの責任を一身に背負うポジション嫌だわ」


 自分が嫌だからこそ、あそこでグループを引っ張っていくエリちゃんは、本当に尊敬できる。

 何を言われてもへこたれず、自分にできる努力をするなんて普通じゃないのだ。

 心の声が聞こえるようになるまで、うちも誤解していたのだけれど。

 ゆうなが口元を緩めて、へらっと笑った。


「瀬名っちは、締まらないなぁ」

「うちはうちの、端は端のやり方をするだけだよ」


 エリちゃんになれるわけじゃないけど。

 うちにはうちのアイドルのやり方がある。

 今できることをするだけ。


『エリちゃんのパフォーマンスが大好きだよ。記事なんて気にしないで、うちも頑張って支えるから』


 そう送ったメッセージ。

 まさかエリちゃんと連絡先を交換できるようになるとは思ってもいなかった。

 こういうことが起きると、交換してて良かったと思う。

 うちのメッセージに返信がくることはなかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る